彼処に咲く桜のように
八月十八日(四)
「ナスビっち、生徒会長が好きだったのは大人だったっしょ? だったら、それに合わせて大人っぽい服選べば?」
「おお、ヤンキーのくせに名案だぜ! よしなら、あそこの大人っぺー店入ろう!」
高級感漂う洋品店で、太一と咲がひたすら大人びた洋服の値段に目を眩ませている間、共用通路にいる誠司にさくらがいつも通りの笑みで声をかけてきた。夏休みであるからか、通路や店内には若い客も多かったが、さくらの高くも落ち着いた声は誠司の耳にしっかりと届いた。
「誠司君は買わないの?」
「ああ、美容室ので数千円飛んだからな、金に余裕はあるが無駄遣いは出来ない」
「そうなんだ。あっ、そうだ。お誕生日って、いつ? その時に私からお洋服プレゼントしてあげたいな」
「誕生日……九月二十、八日だった気がする。曖昧だな」
「もし九月二十八日なら誕生花は、紫苑とか葉鶏頭とか、あとはベゴニアとかだよ。紫苑ってすごく綺麗なんだ」
「前にも言った気がするが、本当によく覚えているな」
「うん、さくらって名前だから、そういう花の名前に興味出るのかもね。でも意外と誕生花って曖昧なんだよ? 紹介してる本やウェブサイトによっては、日付が違うことだってあるんだから」
「そんな曖昧なものに意味があるのか?」
二人は、店内で真剣に服を選んでいる太一と咲を目で追いながら、話を続ける。
「意味があるのかって言われたら、わからないね。でも、一つ一つの花に歴史があって物語があって……それって素敵だと思うよ」
今ならそういうことが、素敵だという感覚も、わからなくはない。
誠司は以前より首にかけていた白く小さな花、イヌホオズキのネックレスを手に取った。それを見たさくらは口を大きく開き、満面の笑みでイヌホオズキの埋め込まれた透明の石を指で撫でた。
「これ! 身につけてくれてるんだ!」
「ああ、人生で初めて貰ったプレゼントだ。それくらい、大切にしてやらなくてはな」
「ふふ、実は~」
ふやっとにやけたさくらは、身につけていた洒落た茶色の鞄から、パッケージに入ったままのアリウムのネックレスを取り出した。顔の横に並べ、柔らかい笑みを添えてきた。
「私も、いつも持っているんです。身につけたいんだけど、金属をずっと肌につけてると赤くなっちゃうから、こうやって持ち歩いてるんだよ。でも嬉しいなあ、二人でプレゼントし合ったものを、こうやって見せ合えるなんて!」
「……なあ、さくら」
突然話を変えた誠司を、さくらはきょとんとしながら見上げた。輝いている瞳があまりに眩しいせいか、これから言おうとしている言葉のせいか、さくらと目を合わせられない。視線が左右に忙しく泳ぐ。
「もし、俺、俺が、その……」
「うん、なに?」
────本当の恋人になろうと言ったら、どうする?
「誠司ぃ! さくらちゃーん! なーにしてんだ、一緒に選んでくれよ!」
「あっ、すぐ行くねー! 誠司君、何か言いかけてたけど」
高鳴る心臓から、手足に、顔に、脳に、とめどなく血液の洪水が流れ込んで行く。この心音がばれてしまわないか、それが心配でたまらなかった。試しに、平静を装ってみる。
「いや、な、何を言おうとしたのか忘れた。今度思い出したら、また言う」
「……たまにあるよね、何話そうとしたかど忘れしちゃうの。思い出したら、また言ってね?」
「ああ」
この緊張が、俺を確信させた。俺はやはり、さくらのことがとんでもなく好きになっていたようだ。心が苦しいのに、何故か心地良い。その感覚が頭の中に染み付いたようだ。
「おお、ヤンキーのくせに名案だぜ! よしなら、あそこの大人っぺー店入ろう!」
高級感漂う洋品店で、太一と咲がひたすら大人びた洋服の値段に目を眩ませている間、共用通路にいる誠司にさくらがいつも通りの笑みで声をかけてきた。夏休みであるからか、通路や店内には若い客も多かったが、さくらの高くも落ち着いた声は誠司の耳にしっかりと届いた。
「誠司君は買わないの?」
「ああ、美容室ので数千円飛んだからな、金に余裕はあるが無駄遣いは出来ない」
「そうなんだ。あっ、そうだ。お誕生日って、いつ? その時に私からお洋服プレゼントしてあげたいな」
「誕生日……九月二十、八日だった気がする。曖昧だな」
「もし九月二十八日なら誕生花は、紫苑とか葉鶏頭とか、あとはベゴニアとかだよ。紫苑ってすごく綺麗なんだ」
「前にも言った気がするが、本当によく覚えているな」
「うん、さくらって名前だから、そういう花の名前に興味出るのかもね。でも意外と誕生花って曖昧なんだよ? 紹介してる本やウェブサイトによっては、日付が違うことだってあるんだから」
「そんな曖昧なものに意味があるのか?」
二人は、店内で真剣に服を選んでいる太一と咲を目で追いながら、話を続ける。
「意味があるのかって言われたら、わからないね。でも、一つ一つの花に歴史があって物語があって……それって素敵だと思うよ」
今ならそういうことが、素敵だという感覚も、わからなくはない。
誠司は以前より首にかけていた白く小さな花、イヌホオズキのネックレスを手に取った。それを見たさくらは口を大きく開き、満面の笑みでイヌホオズキの埋め込まれた透明の石を指で撫でた。
「これ! 身につけてくれてるんだ!」
「ああ、人生で初めて貰ったプレゼントだ。それくらい、大切にしてやらなくてはな」
「ふふ、実は~」
ふやっとにやけたさくらは、身につけていた洒落た茶色の鞄から、パッケージに入ったままのアリウムのネックレスを取り出した。顔の横に並べ、柔らかい笑みを添えてきた。
「私も、いつも持っているんです。身につけたいんだけど、金属をずっと肌につけてると赤くなっちゃうから、こうやって持ち歩いてるんだよ。でも嬉しいなあ、二人でプレゼントし合ったものを、こうやって見せ合えるなんて!」
「……なあ、さくら」
突然話を変えた誠司を、さくらはきょとんとしながら見上げた。輝いている瞳があまりに眩しいせいか、これから言おうとしている言葉のせいか、さくらと目を合わせられない。視線が左右に忙しく泳ぐ。
「もし、俺、俺が、その……」
「うん、なに?」
────本当の恋人になろうと言ったら、どうする?
「誠司ぃ! さくらちゃーん! なーにしてんだ、一緒に選んでくれよ!」
「あっ、すぐ行くねー! 誠司君、何か言いかけてたけど」
高鳴る心臓から、手足に、顔に、脳に、とめどなく血液の洪水が流れ込んで行く。この心音がばれてしまわないか、それが心配でたまらなかった。試しに、平静を装ってみる。
「いや、な、何を言おうとしたのか忘れた。今度思い出したら、また言う」
「……たまにあるよね、何話そうとしたかど忘れしちゃうの。思い出したら、また言ってね?」
「ああ」
この緊張が、俺を確信させた。俺はやはり、さくらのことがとんでもなく好きになっていたようだ。心が苦しいのに、何故か心地良い。その感覚が頭の中に染み付いたようだ。
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