彼処に咲く桜のように

足立韋護

八月十八日

 翌日の昼過ぎ、さくらと咲を太一の家へと招集した。家は相変わらず薄暗く、ひと気がない。以前勉強にも活用した六畳ほどの太一の部屋に、誠司と緊張気味の太一、そして少し困惑しているワンピース姿のさくらとジーパンにティーシャツ姿の咲が座っている。今日は誠司が珍しく進行を務めた。


「突然集まってもらって悪かったな」


「暇だったから、私は平気だよ」


「ウチ秋元にだったら毎日招集かけられても良いかな! ところで、今日は珍しく生徒会長いないじゃん。どかしたの?」


「その話なんだが、太一から話がある。少し聞いてやってくれ。今日の本題はそれなんだ」


 誠司の隣で正座していた太一は、頬を赤く染めながら二人の女子を交互に見つめた。


「俺、俺さ、葵が好きになったんだ!」


「え、え! すごぉい! どうして、なんでっ?」


「あぁー、なんとなくわかっちゃいたけど、やっぱねー」


 ここまで正反対の反応はなかなか見られるものではないな。


「それで、あの、女子の皆様方に協力をしていただきたいのですが……お願いしゃす!」


 太一はカーペットの床に勢い良く土下座した。いつも豪快な男がこじんまりとしているところを見た二人は、一度目を合わせ、そして土下座している太一へと声をかけてきた。


「も、もちろん、出来ることは協力するよ! がんばろ!」


「んー、まあ、秋元のマブダチだし、最近なんだかんだ世話になってるし。ウチ、身内には優しいからね。手伝ってやんよ」


 今にも泣きそうな子犬のような目で、太一は二人を見上げた。ペコペコと頭を下げながら、台所へと走って行った。やがて持ってきたトレーには山盛りのポテトチップスと、オレンジジュースが乗せられていた。精一杯のもてなしとして用意していたようだ。


「というわけで、今日はその作戦会議だが、早速何か案はあるか?」


「んー、まずどう動くかはさ、相手の趣味にもよるじゃん。それがわからない限り、作戦立てられなくない?」


「その好きなタイプがわからなくて困っているんだ。どうするか……」


 開始早々行き詰まりかけたそのとき、さくらがそっと手を挙げた。


「あの、戸井高校にいる葵ちゃんの中学時代の剣道部のお友達なら、私知ってるよ?」


「名案……だが、それだと学校が始まらなければ連絡も取れんな」


「まあまあ、そんな焦ることじゃないし! 学校始まってからでも、俺は、全然、大丈夫だぜ!」


「ちょい待ち秋元、剣道部だったら夏休み、学校来て練習してんじゃね? あいつらマゾ多いし、きっと夏休みもやってるっしょ!」


 剣道部の連中もお前にだけは言われたくないと思うが……。だが悪くない案だな。


「さくら、顔はわかるんだな?」


「ちゃんとお話ししたことあるから、顔も名前もわかるよ」


「よしなら、早速今から行こう」


 気持ちの整理がついていない太一は、半ば焦りながら誠司と女子二人を交互に見た。


「ま、まじかよ……話早くねえか」


 隣の駅、戸井駅に下車した四人。強い日射がアスファルトを温め、じりじりと気温を高めていく。それぞれ自動販売機で飲み物を購入してから、戸井高校の校門前へと坂を登って歩いてきた。樹木独特の匂いが漂う中、四人は部活動のために開放されている校門を抜けた。


「剣道部……武道場か」


「校庭の横だね、行ってみよう!」


 校舎の横に位置している校庭では、野球部がかけ声を発しながら精力的に活動している。その校庭の校舎側に、古い日本家屋のような建物が孤立しており、その入り口には『武道場』と草書体で書かれた木彫り看板が掲げられていた。扉の前までやって来ると、中から剣道部の奇声にも聞こえる叫び声が響き渡ってきた。


「ホントにここにいるのか……?」


「た、多分……剣道部のはずだから」


 部外者を拒絶する空気だったが、意を決して誠司とさくらが中へと入っていく。顔を強張らせる太一と咲もそれに続いた。



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