彼処に咲く桜のように

足立韋護

八月一日(三)

 静かな、相手が咲とは思えないほどの穏やかな時間が流れ、やがて咲はりんご飴を食べきった。満足げに残った割り箸を眺め、近くにあった祭り用の簡易ゴミ箱に投げ捨てた。
 風が吹き始め、ザワザワと木々を揺らしている。


「────さて、食べ終えたな。さくら達のところへ行くぞ」


「……ねえ。やっぱり、大月じゃなくちゃ、ダメなの?」


 咲は俯いていた。長く黒い髪のせいで表情は見えない。誠司はふと、以前咲が放った一言を思い出した。


『変でも良いんだよ、初恋なんだよ! ……どうしようもなく好きなんだから、しょうがないだろ!』


 どうして、俺なんかが良いんだ、と言おうと思ったが、俺を好きな奴に、それを言ってしまったら、途方もなく失礼な気がする。誠意は誠意で応えたい。だが、俺には彼女がいる。彼女がさくらである理由……。それは、なんだ。


「タイミングの問題? ウチより大月と話すのが早かったから?」


 違う。


「それとも、弱々しい女の子のほうが守りたくなる?」


 それも、違う。


「ウチより可愛いから? ウチより清楚だから?」


 どれもこれも、違う。






『だって、似てるから』


 付き合うことになったときに、さくらに言われた言葉が、咄嗟に思い浮かんだ。






「俺は、さくらのことが好きだ。それは、きっと俺があいつと似ていて、共感できるからなんだ」


「似てる? 共感? それだけ?」


「ややこしく見えて、根っこのほうは意外に単純なのかもしれない、こういうのは」


「そんなんで……そんなんで諦められるわけないじゃん!」


 声を震わせた咲は俯きながら立ち上がり、さくら達の行った方向とは逆へと歩き出した。


「どこへ行く気だ」


「帰る!」


 誠司はすばやく立ち上がり、咲の腕を掴もうと手を伸ばした。


「待て、せめてあいつらに断りのひとつでも入れてから────」


「え、わっ」


 腕を引っ張った勢いで、咲の履いた下駄から足が滑り出て体勢が崩れた。咲は瞬時に振り向いて誠司へと掴みかかり、誠司は膝を曲げ重心を低くし、なんとか咲の体重を支えた。
 抱きしめ合う形になってしまった二人は、互いの無事を確信し、照れることも忘れてため息を吐いた。そのとき、視界の端────誠司らがこのベンチのある空間に入ってきた辺り────に、誰かが立っているのが見えた。露店の明るさで、表情はわからなかったが、シルエットだけで誠司は誰だか判別できた。その人は後退りながら、明らかに狼狽している。


「え、え……誠司君……なんで」


 誠司は、一瞬のうちにさくらが重大な勘違いをしていることに気がついた。

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