彼処に咲く桜のように
七月十日(四)
一時は騒然としていた会場だったが、結果発表と閉会式は滞りなく行われ、全校生徒は教室へと椅子を戻しに帰っていく。
「────応急処置はしておきましたから、あとは下校時刻までゆっくり休んでください。念のため、家に帰ったら病院にも行っておいてください」
「はい、ありがとうございます」
葵の顔色は未だに青白かったが、表情はぐっと良くなっていた。先程までさくらのいたベッドに、次は葵が横になっており、誠司の座っていたイスに太一が座っていた。太一は、頭をぽりぽりとかきながらベッドに横になっている葵を見下ろした。
「悪くならなくて良かったぜまったく……」
「いやぁ……はは、世話かけたね……」
二人の間に妙な空気が流れる。担当医は何かの書類をまとめながら、二人の会話に耳を傾けていた。
「……さっき、葵って言ってくれたね」
「は、恥ずかしいこと掘り返すなよなぁー。咄嗟に出ちまったんだ」
「……うん。助けてくれたお礼にひとつ、話をしてあげよう」
「話?」
「突然だけれど、那須は、自分のことなんて呼んでるんだい?」
太一は一旦天井をぐるっと見回し、特に考え込むこともなく答えた。
「俺、かな?」
「普通は何かしらあるものなんだろうね。けれど、君の知る生徒会長にはそれがないんだ」
太一は眉にシワを寄せた。それに返事するようにして、葵は話を続ける。
「私、わたくし、あたし、ウチ、俺、僕……様々考えたさ。でも、この『夏目』という名前が強すぎて、どれもこれも弱い」
「話が見えねぇな。一体どういうことなんだよ」
「君も知る通り、夏目家は戸井駅周辺の土地の大半を所有している地主。家だってここいらで一番大きい。親戚、友人、教師、生徒、家族……彼らは決して『葵』に興味を示さない。いずれ莫大な金に関与するであろう、夏目家の一人娘にしか興味がないんだ。その瞳に写っているのはいつも、『夏目』という名前だけなのさ」
「なるほどそういうことかよ……」
「だから、さくらちゃん、秋元、倉嶋、そして那須。相手を一人の人間として、ちゃんと見てくれる。そんな君達の関係が、羨ましくってたまらないんだよ」
自嘲するようにして、俯き気味に声を絞り出した葵の手は、ベッドのシーツをくしゃくしゃになるまで握っていた。
太一は膝に手を当て、思いきりイスから立ち上がった。それを葵が見上げ、担当医が横目でうかがう。
「よし、わーかった! 今から生徒会長はやめて、葵って呼ぶ! その代わり、葵も俺のこと太一って呼べ!」
「え?」
「今までもこれからも、葵は俺達の友達なんだ。当たり前だろ!」
少しの間、葵はぼうっと太一を見上げているだけだった。しかし、込み上げてくるようにして笑い始めた。それが落ち着いたと思えば、いつものように嫌味の含んだ笑みが戻っていた。
「情報通のくせに直情的。理解力はあるのに解決力はからっきし。太一、君は本当に面白いなあ」
「へっ、言ってろ」
「でもそれに、葵は救われた。ありがとう」
「な、なんだよ突然……。小っ恥ずかしいじゃねぇか……」
それから葵は気を失うようにして眠った。その寝顔は、嫌味っ気も何もない、安らかな笑みを浮かべていた。太一はそれを見て、自分のしたことは正しかったとわかった。
さくらに指摘されてから、こういった人の行く末に関わることは極力避けてきた。どうしたら相手のためになるのか、太一はそれを少しだけ学んだ。
「────応急処置はしておきましたから、あとは下校時刻までゆっくり休んでください。念のため、家に帰ったら病院にも行っておいてください」
「はい、ありがとうございます」
葵の顔色は未だに青白かったが、表情はぐっと良くなっていた。先程までさくらのいたベッドに、次は葵が横になっており、誠司の座っていたイスに太一が座っていた。太一は、頭をぽりぽりとかきながらベッドに横になっている葵を見下ろした。
「悪くならなくて良かったぜまったく……」
「いやぁ……はは、世話かけたね……」
二人の間に妙な空気が流れる。担当医は何かの書類をまとめながら、二人の会話に耳を傾けていた。
「……さっき、葵って言ってくれたね」
「は、恥ずかしいこと掘り返すなよなぁー。咄嗟に出ちまったんだ」
「……うん。助けてくれたお礼にひとつ、話をしてあげよう」
「話?」
「突然だけれど、那須は、自分のことなんて呼んでるんだい?」
太一は一旦天井をぐるっと見回し、特に考え込むこともなく答えた。
「俺、かな?」
「普通は何かしらあるものなんだろうね。けれど、君の知る生徒会長にはそれがないんだ」
太一は眉にシワを寄せた。それに返事するようにして、葵は話を続ける。
「私、わたくし、あたし、ウチ、俺、僕……様々考えたさ。でも、この『夏目』という名前が強すぎて、どれもこれも弱い」
「話が見えねぇな。一体どういうことなんだよ」
「君も知る通り、夏目家は戸井駅周辺の土地の大半を所有している地主。家だってここいらで一番大きい。親戚、友人、教師、生徒、家族……彼らは決して『葵』に興味を示さない。いずれ莫大な金に関与するであろう、夏目家の一人娘にしか興味がないんだ。その瞳に写っているのはいつも、『夏目』という名前だけなのさ」
「なるほどそういうことかよ……」
「だから、さくらちゃん、秋元、倉嶋、そして那須。相手を一人の人間として、ちゃんと見てくれる。そんな君達の関係が、羨ましくってたまらないんだよ」
自嘲するようにして、俯き気味に声を絞り出した葵の手は、ベッドのシーツをくしゃくしゃになるまで握っていた。
太一は膝に手を当て、思いきりイスから立ち上がった。それを葵が見上げ、担当医が横目でうかがう。
「よし、わーかった! 今から生徒会長はやめて、葵って呼ぶ! その代わり、葵も俺のこと太一って呼べ!」
「え?」
「今までもこれからも、葵は俺達の友達なんだ。当たり前だろ!」
少しの間、葵はぼうっと太一を見上げているだけだった。しかし、込み上げてくるようにして笑い始めた。それが落ち着いたと思えば、いつものように嫌味の含んだ笑みが戻っていた。
「情報通のくせに直情的。理解力はあるのに解決力はからっきし。太一、君は本当に面白いなあ」
「へっ、言ってろ」
「でもそれに、葵は救われた。ありがとう」
「な、なんだよ突然……。小っ恥ずかしいじゃねぇか……」
それから葵は気を失うようにして眠った。その寝顔は、嫌味っ気も何もない、安らかな笑みを浮かべていた。太一はそれを見て、自分のしたことは正しかったとわかった。
さくらに指摘されてから、こういった人の行く末に関わることは極力避けてきた。どうしたら相手のためになるのか、太一はそれを少しだけ学んだ。
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