彼処に咲く桜のように

足立韋護

七月十日(三)

 体育祭も終盤に差し掛かった頃、保健室から外に出た誠司とさくらは、そのひどい蒸し暑さに顔を歪めつつ、四方を骨組みで囲まれた白い屋根のテントにある体育祭実行委員席に戻った。校庭では騎馬戦の準備をしており、その中には葵の姿もあった。同じテントにいた太一が二人の横の空いた席に座ってくる。


「どーこほっつき歩いてたんだよ、この暑い中」


「さくらを休ませるために、保健室にな」


 そう言った誠司は、さくらの膝に貼り付けられたガーゼを指差した。さくらが試しに足を曲げ伸ばしして、ガーゼにシワを寄せたり伸ばしたりしている。


「あの根性、さっすがさくらちゃんだよな!」


「ふふ、そんなことないよ。葵ちゃんのほうが、よっぽどすごいよ」


 生徒の中には吹き出す汗を拭うことすら諦め、椅子に座りながら呆然と空を眺めている者もいた。それほどまでに今日の真夏日は皆を苦しめていた。しかしこの騎馬戦とその後の結果発表で、ようやく今年のクラス対抗の体育祭は幕を閉じる。
 生徒会長であることからか、今日の葵は人一倍働いていた。三学年の生徒達に熱中症の生徒はいないか細かく気を配り、かつそれに加えて、審判やスターターなどの進行役も買って出ていた。


「人を小馬鹿にするような笑い方以外は、好感を持てるのだがな」


「それ実は、本人も気にしてるんだぜ。ってか少し、生徒会長顔青白くないか……?」


「そうか? よく見えないな」


 そう話していると、校庭中にピストルの破裂音が鳴り響いた。どうやら騎馬戦が始まったようだ。騎馬戦に限っては、男女別ではあるものの学年関係なく三学年が入り混じって頭にかぶった帽子を取りあう。
 葵の乗る騎馬は移動速度が極端に早く、それは騎馬の連携と葵の軽い体重だからこそ実現できるものだった。瞬く間に帽子のない騎馬が量産され、取っては取られの戦いを繰り広げている。
 やがて、その場に残ったのは三年の柔道部の女子と葵の騎馬だけとなった。葵は肩で息をし、時折、まぶたをぎゅっと瞑ってから開ける動作を繰り返していた。


「やっぱりあいつ様子おかしい。俺ちょっと行ってくる!」


「今はまずいだろ」


 砂煙の吹き荒ぶ中、両者しばし睨み合いが続き、三年生の女子が叫んだことを皮切りに、二つの騎馬が激しくぶつかり合った。二人の女子生徒はさながら馬に騎乗した武将のように、その両手を巧みに使い、攻防を繰り広げた。
 葵の咄嗟に突き出した左手を、相手の右手が掴みかかってきた。葵はそれを見計らい、右手で相手の掴みかかってきた右手首を手前に引っ張った。その隙に突き出していた左手で相手の赤い帽子を掴み取った。会場中に今日一番の歓声が沸き起こる。
 葵は、それに応えるようにして勝ち取った帽子を高々と掲げていたが、次の瞬間、糸が切れたように騎馬上で倒れた。予想外の動きに対処出来なかった騎馬の生徒達は、重心を上手く捉えられずに、葵を騎馬上から落としかけた。


「葵ぃぃ!」


 スライディングで葵の下にちょうどやってきた太一が、タイミング良く葵を腕の中に抱くことに成功した。既に葵の意識はおぼろげだった。


「那須……」


「無茶しやがって! 自分が熱中症になってどうすんだ!」


 その後、葵の容態を確認するため、担当医が保健室へと運び込んでいった。太一はそれに付き添って行ってしまい、誠司とさくらはただそれを呆然と見守るだけだった。

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