彼処に咲く桜のように

足立韋護

六月三十日

 その翌日、朝のホームルームで、担任の田場が面倒臭そうにプリントを配布していた。誠司は配られたプリントを眺めると、そこには『体育祭の開催の案内』と書かれてあった。


「昨日の職員会議でな、七月十日に体育祭をやることが決定した」


 小学校や中学校であれば、クラス中は沸いていたに違いない。しかし既に乾ききった高校生達にとって、体育祭とは炎天下の拷問に他ならないのだった。ぐったりとうなだれる生徒や、暗雲すら吐き出しそうなため息をつく生徒が続出する。


「そうあからさまに落ち込むなよ。まあ例年通り、変な出し物はなく、基本的な競技しかやらない。そこでだが、体育祭実行委員を決めて欲しい。出来ればこの時間以内でな」


 体育祭実行委員か。めんどくさそうな役割だな。どうせ雑用に駆り出されるのだろう。ここは引き下がって────


「はいっ! やります!」


 聞き覚えのある声が教室の反対側から響いてきた。案の定、手を真上へと挙げているのはさくらであった。ざわつく生徒達だったが、体育祭実行委員を押し付ける相手が出来たと、敢えて何も言わなかった。


「私と誠司君も、立候補したいと思います!」


「なっ……!」


 思わず席を立ってしまった誠司は、クラス中の視線を浴びた。教卓に立つ田場がそそくさと二人の名前をメモし始める。


「何を勝手に書き込んでる!」


「秋元ぉ、人生タイミングが大事な。今お前はちょうど良いタイミングにいる。だから、な?」


「誠司君、誰かを幸せにする練習だよ」


「ぐっ……」


「じゃ体育祭実行委員は、秋元と大月ってことで、よろしく頼むぞー。また集まる時は連絡するわ」


 わずか数秒で決まってしまった体育祭実行委員だったが、さくらにそう言われてしまってはぐうの音も出ない。誠司は渋々従うことにした。ホームルーム後に、咲が突然誠司のところへと飛んで来た。


「ちょ、秋元! いつの間に仲直りしたの!」


「つい昨日」


「……なぁにぃ? 大月コラァァ! 抜け駆けしてんなよオメェ!」


「わわ! ごめんね、ごめんね!」


 さくらを責め立てる咲であったが、どうやら本気で怒っているわけではなさそうだった。そんな光景を見つめる誠司は、心のどこかで安堵した。太一、咲、葵、そして自身が望んでいた日常に戻ったのだと。
 その時、教室の扉が弱々しく開いた。現れたのは、御影言成。目は伏せた状態で、あまりにも元気がない様子だ。さくらの心配事は的中していた。どこか生気のない彼は、とぼとぼと自分の席につくと、適当に取り出した教科書を開き、取り憑かれたようにひたすらノートへと書き写している。


「不気味だな……」


 そう呟いた誠司は、机へと突っ伏し、次の授業を待つことにした。

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