彼処に咲く桜のように

足立韋護

五月二十六日(七)

 沈んだ顔をしているさくらは、御影の前から退いた。さくらがここまで嫌悪を露わにするのは、一ヶ月以上を共に過ごしていた誠司や太一からしても前例のない事態だった。
 あろうことか、好きな本人からの嫌悪を断言されてしまった御影は、瞳を見開きながら、その場に硬直している。


 こいつ、さくらのことが好きだったのか? どちらにせよ、たかだか上履きであそこまで言う必要はないと思うが……。


 御影の目の前で手を振って見せたが、何も反応はない。誠司は諦めて放っておくことにした。横から太一が、肩に手を置いてきた。。


「もう良いのかよ誠司」


「呆然としている相手を追い打ちするほど、俺は落ちぶれちゃいない」


 誠司は、肩に置かれた手を鬱陶しそうに振り払った。


「ふふん、那須の言っていた通り、秋元君は随分と真面目そうだね」


「茶化すな。ほら、もう用事は済んだんだ。座り込んでいる奴らは放っておいて帰るぞ」


 秋元が土だらけの上履きを手に待ちながら、校舎の中へ鞄を取りに入って行った。いまだに泣き喚いている咲と青山、そして上の空な御影をその場に放置し、さくら、太一、葵は誠司の後を追いかけた。
 暗い顔をしていたさくらだったが、教室へ着くまでの間、葵と話をしようと努めていた。


「えと、なつ、夏目しゃん、さん」


「葵で良いよ、さくらちゃん」


 途端に明るい表情へと変わったさくらは、葵の隣へと駆け寄って並んだ。葵もさくらを快く受け入れ、話し始めた。その間も誠司の心には、わずかばかりに何か引っかかるものがあった。


 さくらは御影に、何故あそこまで言ったんだ。もともと御影のことが気に入らなかった? 俺に被害が及んだからか? どれもピンとこない。あのセリフはどう考えても本心には思えんからな。とにかく相手を傷つけることに特化したような厳しいものだ。……仕方ない。あとで聞いてみるか。彼氏として、な。




────校舎から出るとき、誠司とさくらの二人になっていた。太一は、葵に生徒会の仕事が残っているからと首根っこを引っ張って行かれた。


「良かった、って言っていいのかわからないけど。解決したね」


「ああ」


 二人は駅までの道中、いつも以上に会話がなくなっていた。互いの息遣いと足音だけが、鼓膜を鳴らす。誠司達の横を、バスケットボール部のランニングをしている生徒達が走り抜けていく。


「さくら」


「うん?」


 誠司は改まって、さくらへと向き直った。真正面から向かい合うことに多少ためらいもあった誠司だが、先程引っかかっていたことが、まるで喉に刺さった魚の小骨のように、どうしても気になって仕方がなかった。


「ど、どうしたの、急に」


「さっき、御影へ必要以上に責めていたよな」


 向けてきていた笑顔が、徐々に消えていった。やがて迷いに満ちた表情に変わり、何かを言おうか言うまいか迷っているようだ。


「生憎これは俺のわがままだ。気になったことを、気になったままにしておきたくはない。何か理由があるのか」


「……さっきのは、私らしく、ないかな?」


「その通りだ。だから気になった」


 しばらく俯いていたさくらは、ゆっくりと校舎の真横にある獣道へと入って行った。


「ついて来てほしいんだ」


 さくらは、それだけ呟いた。

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