彼処に咲く桜のように

足立韋護

五月二十六日(四)

 それからは、何事もなかったかのように授業は進んでいき、やがて戸井高校は緩やかな昼休みを迎えていた。誠司の席からは、温暖で晴れやかな雲ひとつ浮かんでいない空が望めた。いつものように、パンを買い揃えた誠司とさくら、そして自家製の弁当を持参した太一がいた。机を対面に付け、椅子を二つ用意して、三人で雑談しつつ昼食を食べ進めている。直射日光が窓から誠司のくすんだ瞳へと差し込んだ。


「さっきから気になってたんだけどよ誠司。なんで上履きないんだ? それに先生を挑発したって聞いたしよ」


「ああ、実のところ盗まれたんだ」


 いつもより若干大きな声で話を進める。これにも誠司の思惑があった。そんなこととは露知らず、太一は口角を下げ、おどけたような表情をした。さくらは購買戦争にて、見事に勝ち取ったクリームパンを満足げに頬張っている。


「まったく……いつかは、そんな嫌がらせもされるんじゃねっかなーとは思ってたぜ。んで、どうすんだ?」


「必ず犯人を見つけ出す! 今日の放課後、改めて教室と下駄箱を探してから、地道に証拠集めといくさ」


「おっ、いつになくやる気だな! それなら俺も手伝わないわけにはいかねぇな。色々探りを入れてみるわ!」


 こうなった太一ほど頼もしいものはない。俺の知らぬ間に築き上げていた、怪しげな情報網を駆使して、どこからともなく必要性の高い情報を選りすぐってくるのだから、まったく隅に置けない。


「私も手伝うよ。彼女だもんね」


「わかった。ひとまず、また放課後だ」


 話を切り上げようとした誠司の背後から、妙な圧迫感と鳥肌の立つような感覚が襲いかかってきた。振り向くと、視界いっぱいに巨大な胸が映った。その上から咲が誠司を見下ろしている。座る誠司が、立つ咲を真正面から見ようとすると、身長の具合からどうしても胸が眼前に来てしまう。


「ウチも手伝ったげる。犯人探し」


「いや、気持ちだけ受け取っておく」


「良いじゃん良いじゃん。秋元の上履き盗むなんて許せないし!」


 唸りながら、さくらと太一を見つめると、明らかに見て見ぬ振りをして、顔をそらした。厄介な相手は任せた、といった返答であると理解した。咲の奥に座る藍田と青山は、既に呆れ果てている。


「はあ、わかった。お前も放課後、空けておけよ」


「もっちろんよ! ついでにメシも一緒に食お────」


「調子に乗るなよアバズレめ」


「今の断られ方、シビれるぅ……! じゃ、放課後っ」






 とうに下校のチャイムが鳴り終え、校舎内の生徒は疎らになっていた。そんな、夕日が教室を赤く染めている放課後。誠司、さくら、太一、咲の四人が教室に残っていた。
 誠司の思惑通り、御影はホームルーム終了とともにそそくさと帰り支度を済ませて、教室から出て行っていた。


「まずは俺の掴んだ情報から聞いてくれよ、お三方。実は昨日の放課後、このクラスのとある生徒が、裏庭の花壇の辺りをウロウロしてたのを、用務員のおっちゃんが見てたんだと。その時は変わった様子もないからって、おっちゃんがそいつに、至って普通に挨拶したら、血相変えて逃げて行ったそうだ」


「で、でよ、そのウロついてた野郎はどいつなんだよ」


 緊迫した面持ちで、咲は太一へと前のめりに問う。半笑いになりつつも、太一は誠司を見つめた。


「誠司、お前はもうわかってんだろ?」


「ええっ! 誠司君はもう知ってたの?」


 まさか既に気がついているとは。


「大方、だがな。これからそれを確認しに行く。裏庭の見える場所までは、なるべく声を抑えて行くぞ」


 頭を抱えているさくらと犯人を想像する咲を連れ、裏庭の見える体育館裏にまでやってきた。偶然にも、この体育館裏は昨日、誠司が咲に詰め寄られた場所と同じであった。

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