彼処に咲く桜のように

足立韋護

五月二十六日(二)

 学校へと到着し、昇降口に差し掛かった時には既に七時五十分を回っていた。朝のホームルームが始まるまで残り十分。急がずとも教室に入って一息ついた辺りで、ちょうどチャイムが鳴る頃合い。誠司にはそれがわかっていた。その時、背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。


「誠司君、おはようっ」


 ふっと振り向くと、そこにはいつもと変わりない自然な笑顔を向けてくる、さくらの姿があった。


「ああ。話に聞いていた通り、お前もギリギリで登校するんだな」


「朝くらい家でのんびりしたいからね」


「同意しか出来んな」


 二人はぽつぽつと適当に話しながら下駄箱を開けた。
 さくらは上履きを取り出し、ぺたんと地面に放ってから革靴と履き替える。横目で誠司を見ると、下駄箱を開けた状態で固まっていた。


「そういえば、昨日、どういうお話だったのかな?……誠司君?」


「……ない」


 誠司の真後ろからさくらが下駄箱を覗き込んだ。中は空になっていて、日頃外履きから落とされる様々な砂が残っているのみだった。
 初めて盗まれたようで、誠司は心底困った様子だった。


「あ、あの、きっと誠司君のことが好きな子が取っちゃったんだと思うよ!」


「そんなわけあるか。誰が好きこのんで俺の上履きを取りたがるんだ。恐らく、嫌がらせというやつだろ」


「そうだよね、やっぱり……」


 悲しげに眉を下げるさくらの肩に、誠司は優しく手を置いた。


「お前が悲しんでどうする。無ければ買えばいいし、今日のところは靴下でも過ごせばいい。面倒だが、気にはしない」


「誠司君は鋼のメンタルだね」


「茶化すな、行くぞ。チャイムが鳴る」


 ぺたんぺたんと黒い靴下のまま歩くと、思いの外に床は冷たく、おまけに汚れも目立ち、誠司は顔を少し歪ませた。


 今日のうちに犯人を見つけ出してやる。最近、俺を目の敵にしている奴らなら、数人の目星はついている。なら、そいつらの反応を見ればいいだけだ。


 そんな思惑を巡らせながら、三階にある自分達の教室へと入った。さくらが柔らかい笑顔を添えて、手を振ってくる。


「じゃあ誠司君、またね」


「ああ」


 この時、こちらを見た人間をさりげなく観察してみる。
 誠司のことを、咲の件で目の敵にしているであろう咲の仲間の藍田、青山。そして、さくらとのコンビニの件から何かと突っかかってくる御影。案の定、目星をつけていたこの三人は、誠司を見つめていた。どれも机のせいで、互いに足元の見えない程度の距離にある。しかし、その中で特に様子のおかしい人物はいない。
 誠司が勘違いだったか、と思案しながら席に座ろうとした時、ふと御影を横目で見ると、俯きながら口元が強張らせていた。


 御影、俺を見てから唇に力を込めたな。緊張? いや、違う。あれは……笑いを堪えてやがる。


 この時、誠司は直感した。恐らく上履きの件での犯人は御影言成であると。

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