彼処に咲く桜のように

足立韋護

五月二十五日(五)

 帰り道、誠司は暇を持て余していた。バイトはないものの、かと言って家に直帰するのも心持ち良くない。そんな折、校門の前を二人の生徒が歩いている後ろ姿が見えた。


 太一と……誰だ?


 その後ろ姿は紛れもなく那須太一本人であった。それは歩き方や背格好から容易に判別できたものの、その隣の女子生徒が誰であるかわからなかった。
 肩にすら届いていない黒髪ショートカットのおかげで活発な女子生徒のように見えた。スカートも膝から少し上と平均的で、歩き方はやや乱暴。後ろからなので、どういった顔をしているのかまでは見ることができない。太一が軽く見下ろしている辺り、さくらと同じような身長だろうか。


 最近が最近なだけに、気になってしまうな。特に、太一の相手となると、どんな女だ……?


 二人の帰る方向は、誠司と同じ戸井駅方面だった。


「尾行じゃない……。帰り道が同じだっただけだ……」


 六メートル後方を歩く誠司。前の二人は楽しげに会話しているようだった。六メートル離れていても、薄っすらと声は聞こえてくる。


「よっ、生徒会長!」


「今は臨時なだけだよ! あまりからかうなって」


 生徒会長……? そういえば二月だったかに決まったんだったか? いや、確かそのあとすぐに引っ越して、誰かが臨時で生徒会長になったはずだ。そうか、生徒会の太一なら生徒会長とも知り合いになれるわけか。
 それにしても、仲が良さそうだ。


「臨時でも会長は会長!」


「本当は他の先輩に任せるはずだったのに、爺ちゃんの関係でさぁ……」


「ここらの土地を牛耳ってるんだっけか?」


「言い方悪すぎだろー!」


 地主……金持ちか。俺や太一とはかけ離れた存在。きっと学校を出れば立派に海外進出とかをするんだろう。もう連絡も取り合わなくなるような相手だ。
 そういえば、さくらの家はどうなんだろうか。金持ちなのか貧乏なのか。それとも一般的な家庭なのか。今度聞いてみたい気もする。


 坂を下った辺りから、周囲には閑静な住宅街が見えてきた。下校生徒がぱらぱらと帰る中、二人の声は少なくとも六メートル範囲に響き渡るほど大きかった。


「そういえば那須。君はあの秋元君と友達らしいね?」


「んぉ? 知ってたのか」


 突然自らの話をされたので、たまらず鞄から小説を取り出し、顔を隠すようにページを開いた。


「秋元君、悪名高いらしいけれど。どうなんだい、実際」


「まあ確かに、あいつはすーぐ悪態はつくわ、人を睨むわで、嫌われちまうのはわかるな」


 捻くれ者で悪かったな……。


「────けど、ここだけは譲れないっていう、こう芯みたいなもんが、体のど真ん中を通ってるんだよ」


「芯、か。近頃の若者は、芯がふにゃふにゃだからなあ。秋元君は、よほど、真面目な奴なんだろうね」


「そう。真面目すぎんだよ。あいつはさ」


 誠司はふっと小説を降ろし、パタリと閉じた。しばらく目を泳がしてから、駅までの道を遠回りしようと、そっと横道へと逸れて入って行った。
 太一がふと後ろへ振り向くが、そこには見知った顔はいなかった。

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