エタニティオンライン
残された者と可能性
────エタニティオンライン内部。
織笠が匿われていた家屋、その部屋の中で修は立ち尽くしていた。テーブルの上には、書き置きされた手紙がそっと置かれてあった。紙一面に敷き詰められたその達筆で読みやすい字は、丁寧に一字ずつ綴ったであろうことがわかる。
『かつて西倉修であった人へ。
私が誰か、という問いにもう答える必要はないと考えています。彼らに出会ってから、私の中で一つの疑問が生まれました。この世界で、彼らは脱出するという明確な目標がありました。脱出できたなら、その先にある無限に広がる世界へ帰っていく。色々な可能性の中で生きていくのです。
私は恐らく、この世界で最大の禁忌を犯してしまった。それは、“存在を考えること”。現実世界の私は、既に火葬され消失しています。ではこの世界にいる私は誰か。
答えは、何者でもない。そこに存在する意味などなく、なんの役割も果たさない。生者でも亡霊でもない。頭の良い、今のあなたになら、わかるはず。気が、狂いそうになるこの気持ちが。
私は、私のあるべき姿へ戻ることにしました。この苦しみから解放されるため、そして、あなたへのお仕置きとして。また会えたなら、可能性に満ち溢れた世界で』
独り言のような書き置き。それは明らかに織笠文本人の筆跡であり、その内容からも何者からの手紙か、修にはわかった。その手紙をそっと折り畳み、ふらふらと部屋の外へと歩き出していく。
景色の向こうには広大な山脈が広がっていた。その全てに手が届き、五感で感じることができる。
「それでも、不完全なのか」
「この世界はただご飯を食べ、生き続けるだけ。牢獄と変わりがないって、お姉ちゃんは言ってた」
修の横で、マーベルが同じ景色を眺めている。
「俺のエゴ、それはわかっていた。ただ、文には────俺は甘えていたのかもしれないな」
修は崖に腰かけた。その表情は柔らかさと憂いの含んだようなものだった。
「これからどうするの?」
「可能性がないなら……作るまでだ」
修は宙空で何往復か手をスライドさせると、やがて腹の前辺りで両手の指を上下に動かし始めた。
「万が一のために持ち込んでいたものが役立つとはな」
しばらくすると遠方に見えていた山脈がぐにゃりと変形し始めた。周囲の険しい山々は次第になだらかになっていき、人が踏み入れることのできる程度のものとなった。
やがて修の周りの地面から生えるようにして、一人また一人と、人が姿を出し始めた。
「私は、な、なにこれ」
「俺、死んだんじゃ……?」
修はそれを横目で一瞥し、目に見えぬ作業を進めていく。
────気がつけば、修の周りには大勢の人々集まっていた。腰かけていた崖からは崖下へ続く階段が連なり、その先の平地となった場所にはディザイアの街並みが広がっていた。
「まだ十分の一もサルベージできていないか……時間はいくらでもあるか」
姿を現した男の一人が修の肩を掴んだ。
「お、おい、あんたなんか知ってるんだろ! 教えてくれ、まだエタニティオンラインなのか! 俺は生きて出られるのか!」
「お前達には少しばかり手伝ってもらう。その後に、選択肢をやろう」
それだけ言い残すと修はマーベルと共にワームホールの中に消えた。
辿り着いた先は、山頂にほど近い場所にある山小屋であった。ディザイアが遠くに見える位置にある。
修は十数秒の間、静かに瞳を閉じた。
「文の気持ちを踏みにじることを、しているのだろう。笑ってほしいだけなんだ。可能性のある世界を作れば、きっとまた……」
修は空を見上げ、大きく息を吸ってから小屋の中へと入っていった。
─────生と死が明白な世界と、それらが曖昧になった世界。
そこから得たものと失ったもの、そして失ってから得るもの、皆はそれを携え、各々の道へと前進し続ける。たとえそれが永遠に近しい業であったとしても。
終わり
織笠が匿われていた家屋、その部屋の中で修は立ち尽くしていた。テーブルの上には、書き置きされた手紙がそっと置かれてあった。紙一面に敷き詰められたその達筆で読みやすい字は、丁寧に一字ずつ綴ったであろうことがわかる。
『かつて西倉修であった人へ。
私が誰か、という問いにもう答える必要はないと考えています。彼らに出会ってから、私の中で一つの疑問が生まれました。この世界で、彼らは脱出するという明確な目標がありました。脱出できたなら、その先にある無限に広がる世界へ帰っていく。色々な可能性の中で生きていくのです。
私は恐らく、この世界で最大の禁忌を犯してしまった。それは、“存在を考えること”。現実世界の私は、既に火葬され消失しています。ではこの世界にいる私は誰か。
答えは、何者でもない。そこに存在する意味などなく、なんの役割も果たさない。生者でも亡霊でもない。頭の良い、今のあなたになら、わかるはず。気が、狂いそうになるこの気持ちが。
私は、私のあるべき姿へ戻ることにしました。この苦しみから解放されるため、そして、あなたへのお仕置きとして。また会えたなら、可能性に満ち溢れた世界で』
独り言のような書き置き。それは明らかに織笠文本人の筆跡であり、その内容からも何者からの手紙か、修にはわかった。その手紙をそっと折り畳み、ふらふらと部屋の外へと歩き出していく。
景色の向こうには広大な山脈が広がっていた。その全てに手が届き、五感で感じることができる。
「それでも、不完全なのか」
「この世界はただご飯を食べ、生き続けるだけ。牢獄と変わりがないって、お姉ちゃんは言ってた」
修の横で、マーベルが同じ景色を眺めている。
「俺のエゴ、それはわかっていた。ただ、文には────俺は甘えていたのかもしれないな」
修は崖に腰かけた。その表情は柔らかさと憂いの含んだようなものだった。
「これからどうするの?」
「可能性がないなら……作るまでだ」
修は宙空で何往復か手をスライドさせると、やがて腹の前辺りで両手の指を上下に動かし始めた。
「万が一のために持ち込んでいたものが役立つとはな」
しばらくすると遠方に見えていた山脈がぐにゃりと変形し始めた。周囲の険しい山々は次第になだらかになっていき、人が踏み入れることのできる程度のものとなった。
やがて修の周りの地面から生えるようにして、一人また一人と、人が姿を出し始めた。
「私は、な、なにこれ」
「俺、死んだんじゃ……?」
修はそれを横目で一瞥し、目に見えぬ作業を進めていく。
────気がつけば、修の周りには大勢の人々集まっていた。腰かけていた崖からは崖下へ続く階段が連なり、その先の平地となった場所にはディザイアの街並みが広がっていた。
「まだ十分の一もサルベージできていないか……時間はいくらでもあるか」
姿を現した男の一人が修の肩を掴んだ。
「お、おい、あんたなんか知ってるんだろ! 教えてくれ、まだエタニティオンラインなのか! 俺は生きて出られるのか!」
「お前達には少しばかり手伝ってもらう。その後に、選択肢をやろう」
それだけ言い残すと修はマーベルと共にワームホールの中に消えた。
辿り着いた先は、山頂にほど近い場所にある山小屋であった。ディザイアが遠くに見える位置にある。
修は十数秒の間、静かに瞳を閉じた。
「文の気持ちを踏みにじることを、しているのだろう。笑ってほしいだけなんだ。可能性のある世界を作れば、きっとまた……」
修は空を見上げ、大きく息を吸ってから小屋の中へと入っていった。
─────生と死が明白な世界と、それらが曖昧になった世界。
そこから得たものと失ったもの、そして失ってから得るもの、皆はそれを携え、各々の道へと前進し続ける。たとえそれが永遠に近しい業であったとしても。
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