エタニティオンライン

足立韋護

生きるべき世界へと

 狂っている、という西倉修の意見もあながち間違いじゃない。俺はゲーム世界とはいえ、多くの人の死を目の当たりにして、人を殺めてしまっていて、それでいて自分を保っている。
 普通であればきっと、街で引きこもっていた人々や、すぐさまログアウトした人々のようにするだろう。それをせず、立ち向かった。怯えることも怖いこともあった。でも、まだこうして立てる。笑える。だからこそ通常じゃない、異常なんだ。


 何かに夢中なとき、傷の痛みなんて気にならない。多分俺は、必死だったんだと思う。ただただ、誰かを助けられるならそれで良かったんだ。よく考えてみれば、「それだけ?」と言われても何も言い返せない。
 父親の事故が原因だとそう信じたいけど、そのもっと奥底には、実はこれだけの刺激を求めていたのかもしれない。いつか青龍に言われた通り、楽しんでいたのかもしれない。そうでもないと、助けたいって理由だけじゃ自分すら納得できない。自分がわからない。


「西倉修の言っていたことが気がかりなのか」


 真後ろでアキの代わりにクオンを担いでいたテンマが話しかけてきた。風でうまく後ろを向けない。そんな風なのに声がよく聞こえるのはゲームだからだろう。


「どうして?」


「何もないところをジッと見つめていた」


「よく見てる。まあ、図星だよ」


 アキは力なく笑った。


「確かに、我々は異常だ。だがお前の言った通り、そうでないと救えない命もあった。打開できなかった状況もあった。そう思え。私はそうしてる。自分は正しかったのだと」


「あっさりしてるなぁ。見習わせてもらうよ」


「……あまり気負うなよ?」


 そんな会話をしているうちに、ドラゴンはあっという間にディザイアへと舞い降りた。
 広場には漆黒の穴がぱっくりと口を開いて待ち受けていた。ドラゴンから降りた集団は、マーベルを先頭にしてログアウトホールへと近づいていく。


「ささ! みんな入っちゃってね!」


 アキは少し口を開きかけたが、すぐにつぐんだ。


 会わないこと、それが成功の証だったか。ベル、ミール、今までありがとう。


 アキが静かに、かつての仲間に別れを告げている横で、青龍が片眉を上げながら軽く手を挙げた。


「マーベル、ちょっとお願いしたいことあんだけど」


「どうしたの?」


「家にこもってるプレイヤー達に今の状況、伝えてくんない?」


「えー、めんどくさい」


「よく考えなよ。ご主人様の仕事をあらかじめ減らせるんだよ。喜ぶ顔が見たくないの? ね!」


 青龍はとっておきのスマイルを久々に見せた。憎らしさの欠片もない、隙のない笑顔を前にマーベルは呆れたように了承した。


「青龍、ずいぶんと珍しいことをしたものだな?」


「うるさいよ。寝覚めを良くしようとしただけ」


「ふふ、帰ったら飯でも奢ってやろう」


 柄にもないことすんじゃなかった、とぼやく青龍の横で、白虎とカトレアは顔を合わせて、小さく笑いあった。
 それを眺めたアキはテンマに、クオンを渡すよう手招きした。アキの腕に抱かれたクオンは、いつになくやつれた顔で見上げてきた。


「クオン、エタニティオンラインは、本当はこうやってみんなが笑顔になるゲームだったんだよ。」


「アキ……」


「きっとやり直せるさ。困ったときはまた、助けに行くから」


 アキが笑いかけると、クオンはハッとしてから、次第に顔をくしゃくしゃにして涙を浮かべた。


「よし、みんな帰ろう!」


 アキの掛け声に、皆が頷いた。それぞれため息や思いの丈をこぼしながら、ログアウトホールへと入っていく。
 全てはここから始まり、ここで終わった。言いようのない高揚感と、多くを失った虚無感を抱きながら、生きるべき世界へと帰還した。


────現実世界、暁影の部屋。


 暁影はひどく重い体を持ち上げるようにして上体を起こした。体には若干粘り気のある無色の液体がまとわりついていた。記憶よりも細い手足、血色の悪い肌が目に入る。カプセルの中の、保存液で生かされていたことを改めて思い知った。ボヤける視界に時計が目に入った。


「十二、時……?」


「アキカゲ、お久しぶりです。警察と救急に連絡しておきました。そのままで待機して下さい。」


「ジャクソン……。母さんに言われたのか……」


 人型のアシストロボット、ジャクソンが暁影の目の前に歩み寄ってきた。暁影の視界が霞み始め、まぶたが重くなり、やがて意識を失った。

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