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足立韋護

光り輝く塵の向こうに

 クオンはサダオとフラメルを一瞥するも、無視するようにしてテンマへと視線を戻した。


「けっ、戦力外なんてのはハナから知れてんだよ。でもな、やっぱ、誰かの力になりてぇんだ」


「命を賭して戦って下さった皆さんの、力に」


「二人とも……」


 アキには、檻の外に立つ仲間達の姿がとても大きく見えた。眼前の死に直面してもなお、真っ直ぐに前を見据えている。
 やがてクオンの視界の外にいる二人は互いに視線を合わせ、牢獄へと突貫した。


「ま、待てお前達!」


 テンマが目を見開いて叫ぶものの、駆け出す二人の目には迷いはなかった。他の精鋭隊も目を見合わせて、二人のあとに続く。クオンは強く舌打ちすると、ワームホールを二人の眼前に向けて開いた。しかしそこから伸びる手は、テンマの羅刹天に阻まれた。


「テンマさん!」


「行けェ!」


 先頭を走るフラメルが鍵穴の前に到着すると、震える手を抑えながらぎこちなく鍵を回していく。まもなくして部屋中に開錠音が鳴り響いた。


 フラメルの顔から笑みが溢れ、ふと眼前に目をやると目と鼻の先には、漆黒の手が迫っていた。全身にざわつく感覚がした。触れられる。映像がゆったりと進み、じわりと死が迫ってきた。
 衝撃は意外にも左肩から腕にかけて走った。視界が揺らぎ、状況も飲み込めないまま振り向くと、サダオが俯きながらこちらに突進していた。
 少しばかり上向けた顔は、穏やかで、しかし苦味のある、そんな表情だった。やがて無情にも、漆黒の手はその頭を鷲掴みにした。弾けるようにして、サダオは輝く塵となった。


「サ、サダオ、さん……わ、私……」


 混乱状態のフラメルの前に、檻から出たアキが庇うようにして立った。静かに涙を流しつつ、歯を食いしばって、水神鞭を手に取った。


「アキ! 我々はこいつを倒────」


 テンマは、アキの放つ殺気に口を噤んだ。言わずとも、やる気なのだと悟った。


「使役モンスター『全喚起』」


 アキの放った特別な言葉は、持てる総てを解き放つ言葉だった。


 呼び出された歴戦のモンスター達は、場の空気を察知し、すぐさま臨戦態勢に入った。天井が高く広い部屋だったためか、通常空間と異なるためか、巨大なモンスター達も喚起することができた。
 アキは手を前に出し、力強く呟いた。


「突撃」


「アキ、無駄な足掻きだよ」


 真っ先に向かっていくバーンウルフとプチゴーレムは瞬く間に塵と化した。それに続いてエンジェルやサキュバス、プチエンジェル、ゴブリンロードなどが次々と突撃していくも、それは容易に打ち砕かれ、塵になっていく。
 アキは様子を伺うテンマに視線を向け、しばらくアイコンタクトを取った。テンマはその意図をしばらくして読み取ることができた。


 やがて大型のアースイーター、ロックサイクロプス、そしてダークネスドラゴンがクオンを八つ裂きに行くものの、アースイーターはツルがクオンの兜に触れた途端塵となり、ロックサイクロプスのタックルにも微動だにせず、ダークネスドラゴンの踏み潰しにも耐えて見せた。
 モンスター達が全員弾け散り、視界が溢れんばかりの塵で埋め尽くされた時、アキが水神鞭を振りかぶった。


「不意打ち……ってどこ狙ってるのアキー?」


 しかし、アキには確かな手応えがあった。両手で水神鞭の柄を握りしめると、強大な力で体ごと引っ張られた。
 仲間達の塵を貫いていき、視界の奥に僅かな黒い影を見つけた。


「クオン……!!」


「な、アキッ!? バッ、来ないでぇ!」


 アキは水神鞭を手放し、慣性に任せた速度で斜め上方からクオンへと飛びかかる。


「か、で、か、『デバッグモード解除』!」


 アキはそのまま鎧の消えたクオンへとしがみつき、押し倒した。


「ア、アキ、死んじゃうところだったよ!」


「もうおしまいにしよう、クオン」


 アキはクオンの眼前に手のひらを向けた。


「え……?」


「『絶対服従の糸』」


 その無数の糸はクオンの体を薄く、そして柔らかく包み込んだ。


「無駄だよアキ。『デバッグモード起動』」


 ほんの一瞬、黒鎧がチラついたが、その鎧の出現に呼応するようにして、糸一本一本が白黒と明滅した。そしてデバッグモードが起動することはなかった。


「え、どうして。『デバッグモード起動』」


 何度繰り返そうともデバッグモードになることはなく、アキはそんなクオンを肩に担いだ。その頃には視界いっぱいの塵は消え去っていた。


「帰ろう」


────アキは部屋を出る時、首を少し横に向けたが、部屋の中を見ることなく、前へと歩み出した。


「何をしたの、アキ」


 肩に担がれるクオンは力なく問いかけてきた。


「ずいぶん前にマーベルがくれた。デバッグモードですら封じ込める力を。さっき、ようやく思い出したんだ」


「そっか……」


 隣では放心状態のフラメルをテンマがおぶっていた。


「フラメルよ、傷心のところ申し訳ないが聞かせてくれないか。この高さの建物に、お前達はどうやって入ったのだ」


「……サダオさんと二人で、どう登ろうか話し合っていた時……ドラゴンがやって来たんです。マーベルさんと、見知らぬ男性が乗っていました。その方に乗るよう誘われて、それで来ることができました」


「見知らぬ、男性……か」


「まーもー良いじゃん細かいことはさー。精鋭隊は全員無事だし、ボクからすればこの上ないエンディングだけどね」


「青龍、口を慎みなさいな。オルフェやサダオさんが犠牲になっているのよ」


「へいへい」


 カトレアは「それに」と、アキをキッと睨みつけた。


「その女は数多の人達を手にかけ、私達をも殺そうとした殺人鬼。アキも馴れ馴れしく会話なんてしないでほしいわね」


「気をつけるよ」


 皆が建物から出ると、見知らぬ男が一人、辺りの風景を眺めていた。髪を風になびかせながら、男はこちらに振り向いた。テレビ画面に映るものより、少しばかり柔らかい空気感であった。


「……そういうことか。全部、全部理解したよ」


「青年、俺が分かるようだな」


 クオンはアキの背中側に頭があったため、その声を聞いて初めて動揺を見せた。ジタバタと暴れ出すが、アキはクオンを下ろすことはなかった。


「初めましてのはずだけど、なんだかそんな気はしないな」


「そうか、お前が若子の────なるほど。間違いなく初対面だ、自己紹介させてもらおう」


 男は真正面に向き直り、精鋭隊一行へと視線を配った。


「俺は西倉修。このゲームの開発者の一人にして、今回の事件の首謀者だ」

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