エタニティオンライン
対峙
────尋常ではない孤独感だった。
鎧に身を包んだクオンと鉄格子越しに二人で座っていた。二人のはずだったが、アキは覆い被さるような孤独感に見舞われていた。この世界に残るであろう人間は、アキとクオン、そしていずれ降り立つ西倉と、そして織笠だった。
この四人で、この後、永遠にこの世界で暮らさなければならない。取り残される。この世界に、永遠に隔離される。
死んだとしても、ネットワーク上に意識は残り続ける。人間として、生物として死ぬことすら許されない。
それ故の、孤独感だった。
「あと一日くらいで始まるよ、アキ」
クオンはまるで、劇の開演を待ちわびる子供のように、目を輝かせていた。アキの孤独感が杞憂だと勘違いしてしまうほどに。
「クオン、そんなに現実世界が嫌なのか」
「嫌だよ。きっと私だけじゃない。現実世界で毎日何かに追われてる人たちはみんな、理想郷に移り住みたいと思ってるよ」
現実世界への嫌悪感は、確かに俺も抱いてる部分があった。だけど、みんなそれぞれに良さも悪さもあって、受け入れてる。
クオンの育った環境、今までいた環境は、現実世界を絶望するには十分だった。俺ともいずれ離ればなれになる。だから現実世界に戻りたくないんだ。この世界に執着するんだ。
もし、そのロジックを破綻させることができれば、説得することができるかもしれない。諦めかけていたけど、やってみるしかない。
きっとこれは、最後のチャンスだ。
「もし、たとえば、現実世界に一緒に帰ってくれるなら、俺はクオンと結婚しても良いと思ってる」
「……えっ?」
目を真ん丸くしたクオンが、鉄格子越しにこちらを凝視してきた。
「わざわざこの世界である必要はないと思うんだ。この世界だと、ほら、子供も作れないだろ? 自分の子供の顔くらい見たいんだ」
「んー却下」
即答だった。
「アキは絶対に逃げるよ。自分の好きな人を殺した相手、こんな短い時間で本当に好きになれるわけがないもん。だからこの世界でゆっくりゆっくり、愛を育む時間が必要になるのに、的外れも良いとこだよ」
驚くほど冷静だった。決して盲目的になっているわけではなく、自身の行いを俯瞰で眺めているような、それほどの冷静さがクオンにはあった。アキはいよいよ説得を諦め、明日を待つことにした。
「ごめん」
アキの口からこぼれ出た言葉に、自分で何を言っているのかわからなくなった。しかし少しずつ、鮮明にその意味がわかってきた。
「大勢の人を巻き込ませて、人を殺させてしまって、気持ちに気付けなくて」
「……そんなこと言わないで。私が勝手にしたことだよ」
「それでも、ごめん」
二人の間にしばしの沈黙が流れた。
「……この世界からは出せないけど、この牢屋からは出してあげるよ」
クオンは眉尻下げながら笑みを見せた。その手からは、この牢屋のものと思しき鍵がぶら下がっていた。
せめてもの気遣いなのか、それともただ触れていたいだけなのか。それは定かではなかったが、アキにとってはどちらでも良かった。エタニティオンラインから出られないのなら、結局この世界自体が牢屋も同然だからだ。
「わかった、頼むよ」
頷いたクオンが立ち上がったところで、廊下からいくつかの足音が聞こえてきた。喧しく鳴り響くそれは、遠くの扉を片っ端から開け放っているようであった。
「────まだいるなんてね」
冷たく呟いたクオンは鍵を鎧の腰部にぶら下げると、デバッグモードの兜を装着した。
やがてこの部屋に到達した本人達は、勢いよく扉を開け放ち、その姿を見せた。
「みんな……!?」
既にログアウトしていたものと思っていた精鋭隊の姿がそこにはあった。テンマ、青龍、白虎、カトレアが順にアキを視認しつつ部屋へと入ってくる。
「ここにいちゃダメだ! 早くログアウトをして────」
「黙っていろッ!」
テンマはアキを一喝して黙らせた。
「我々がお前を助ける。そして共に帰る!」
アキは下唇を噛み締めた。鮮明だった視界が途端に揺らいでいく。
クオンが腰に手を当て、首を横に振った。
「あれだけ無力さを示されても、まだここに立つ勇気は認めるよ。お見事! でもね、あなた達は私には勝てない」
「勝てなくても、やらなければならない勝負というものがあるのよ。人にはね」
「ま、アキには恩があるし、情もある。ボクはこれを返さずにはいられないタチでね」
「……良いと思ったことをする。それだけだ」
テンマ以外の三人は、真正面からクオンと向き合った。
「分からず屋が、多いみたいだね……」
テンマはじろりとクオンを眺めながら皮肉交じりに笑った。
「お前とアキはまさに玄武さながらの関係だったわけだ。亀に纏わりつく蛇。まさにお前のことだ、クオン」
「うるさい! 邪魔はさせないよ。アキと私はこの世界で、生きるんだよ……!」
クオンはワームホールを二つ開き、それぞれに手を突っ込んだ。
「耳をすませろ! 聞き逃すなッ!」
カトレアの頭上と白虎の足元にワームホールが開き、黒い手甲が見えた。それぞれ手が伸びてくる前に反応し、その攻撃の回避に成功した。
「な……!?」
テンマは、クオンが呆気にとられている間にワームホールを開き、その腰にぶら下がる鍵の紐を斬り、その鍵を素早く奪い取った。手早く別のワームホールを開き、鉄格子の鍵穴へと差し込んだところでクオンがテンマへと走り出した。止むを得ず鍵を鍵穴に差したまま、伸びてくる手の回避に専念することにした。
「誰でもいい! あの鍵を回せ!」
青龍が駆け出そうとしたところで、眼前にワームホールが出現し、行く手を阻んだ。クオンは器用にも左手でテンマを追撃しつつ、右手で鍵穴を守っていた。
「クソ、クソ、クソ! 当たれぇ!」
羅刹天とバルムンクで攻撃を防がれ続けるクオンの焦りの声が、部屋中に響き渡る。しかし、テンマにも同じく焦りがあった。一撃必殺の猛攻を抑え込み続けられる保証はない。いつ、誰がこの手に触れるかもわからない状況であった。だが、クオンの的確な妨害のせいで、三人がかりですら解鍵に手こずっていた。
「アキ! 自分で開けられないの!?」
「中からは手が届かない!」
場が膠着状態に陥ろうとしたまさにそのとき、半開きとなっていた部屋の扉が開かれた。
「アキ坊! 話はすべて聞かせてもらった!」
「アキさん、それに皆さん!」
「サ、サダオさんにフラメルさん……!?」
鎧に身を包んだクオンと鉄格子越しに二人で座っていた。二人のはずだったが、アキは覆い被さるような孤独感に見舞われていた。この世界に残るであろう人間は、アキとクオン、そしていずれ降り立つ西倉と、そして織笠だった。
この四人で、この後、永遠にこの世界で暮らさなければならない。取り残される。この世界に、永遠に隔離される。
死んだとしても、ネットワーク上に意識は残り続ける。人間として、生物として死ぬことすら許されない。
それ故の、孤独感だった。
「あと一日くらいで始まるよ、アキ」
クオンはまるで、劇の開演を待ちわびる子供のように、目を輝かせていた。アキの孤独感が杞憂だと勘違いしてしまうほどに。
「クオン、そんなに現実世界が嫌なのか」
「嫌だよ。きっと私だけじゃない。現実世界で毎日何かに追われてる人たちはみんな、理想郷に移り住みたいと思ってるよ」
現実世界への嫌悪感は、確かに俺も抱いてる部分があった。だけど、みんなそれぞれに良さも悪さもあって、受け入れてる。
クオンの育った環境、今までいた環境は、現実世界を絶望するには十分だった。俺ともいずれ離ればなれになる。だから現実世界に戻りたくないんだ。この世界に執着するんだ。
もし、そのロジックを破綻させることができれば、説得することができるかもしれない。諦めかけていたけど、やってみるしかない。
きっとこれは、最後のチャンスだ。
「もし、たとえば、現実世界に一緒に帰ってくれるなら、俺はクオンと結婚しても良いと思ってる」
「……えっ?」
目を真ん丸くしたクオンが、鉄格子越しにこちらを凝視してきた。
「わざわざこの世界である必要はないと思うんだ。この世界だと、ほら、子供も作れないだろ? 自分の子供の顔くらい見たいんだ」
「んー却下」
即答だった。
「アキは絶対に逃げるよ。自分の好きな人を殺した相手、こんな短い時間で本当に好きになれるわけがないもん。だからこの世界でゆっくりゆっくり、愛を育む時間が必要になるのに、的外れも良いとこだよ」
驚くほど冷静だった。決して盲目的になっているわけではなく、自身の行いを俯瞰で眺めているような、それほどの冷静さがクオンにはあった。アキはいよいよ説得を諦め、明日を待つことにした。
「ごめん」
アキの口からこぼれ出た言葉に、自分で何を言っているのかわからなくなった。しかし少しずつ、鮮明にその意味がわかってきた。
「大勢の人を巻き込ませて、人を殺させてしまって、気持ちに気付けなくて」
「……そんなこと言わないで。私が勝手にしたことだよ」
「それでも、ごめん」
二人の間にしばしの沈黙が流れた。
「……この世界からは出せないけど、この牢屋からは出してあげるよ」
クオンは眉尻下げながら笑みを見せた。その手からは、この牢屋のものと思しき鍵がぶら下がっていた。
せめてもの気遣いなのか、それともただ触れていたいだけなのか。それは定かではなかったが、アキにとってはどちらでも良かった。エタニティオンラインから出られないのなら、結局この世界自体が牢屋も同然だからだ。
「わかった、頼むよ」
頷いたクオンが立ち上がったところで、廊下からいくつかの足音が聞こえてきた。喧しく鳴り響くそれは、遠くの扉を片っ端から開け放っているようであった。
「────まだいるなんてね」
冷たく呟いたクオンは鍵を鎧の腰部にぶら下げると、デバッグモードの兜を装着した。
やがてこの部屋に到達した本人達は、勢いよく扉を開け放ち、その姿を見せた。
「みんな……!?」
既にログアウトしていたものと思っていた精鋭隊の姿がそこにはあった。テンマ、青龍、白虎、カトレアが順にアキを視認しつつ部屋へと入ってくる。
「ここにいちゃダメだ! 早くログアウトをして────」
「黙っていろッ!」
テンマはアキを一喝して黙らせた。
「我々がお前を助ける。そして共に帰る!」
アキは下唇を噛み締めた。鮮明だった視界が途端に揺らいでいく。
クオンが腰に手を当て、首を横に振った。
「あれだけ無力さを示されても、まだここに立つ勇気は認めるよ。お見事! でもね、あなた達は私には勝てない」
「勝てなくても、やらなければならない勝負というものがあるのよ。人にはね」
「ま、アキには恩があるし、情もある。ボクはこれを返さずにはいられないタチでね」
「……良いと思ったことをする。それだけだ」
テンマ以外の三人は、真正面からクオンと向き合った。
「分からず屋が、多いみたいだね……」
テンマはじろりとクオンを眺めながら皮肉交じりに笑った。
「お前とアキはまさに玄武さながらの関係だったわけだ。亀に纏わりつく蛇。まさにお前のことだ、クオン」
「うるさい! 邪魔はさせないよ。アキと私はこの世界で、生きるんだよ……!」
クオンはワームホールを二つ開き、それぞれに手を突っ込んだ。
「耳をすませろ! 聞き逃すなッ!」
カトレアの頭上と白虎の足元にワームホールが開き、黒い手甲が見えた。それぞれ手が伸びてくる前に反応し、その攻撃の回避に成功した。
「な……!?」
テンマは、クオンが呆気にとられている間にワームホールを開き、その腰にぶら下がる鍵の紐を斬り、その鍵を素早く奪い取った。手早く別のワームホールを開き、鉄格子の鍵穴へと差し込んだところでクオンがテンマへと走り出した。止むを得ず鍵を鍵穴に差したまま、伸びてくる手の回避に専念することにした。
「誰でもいい! あの鍵を回せ!」
青龍が駆け出そうとしたところで、眼前にワームホールが出現し、行く手を阻んだ。クオンは器用にも左手でテンマを追撃しつつ、右手で鍵穴を守っていた。
「クソ、クソ、クソ! 当たれぇ!」
羅刹天とバルムンクで攻撃を防がれ続けるクオンの焦りの声が、部屋中に響き渡る。しかし、テンマにも同じく焦りがあった。一撃必殺の猛攻を抑え込み続けられる保証はない。いつ、誰がこの手に触れるかもわからない状況であった。だが、クオンの的確な妨害のせいで、三人がかりですら解鍵に手こずっていた。
「アキ! 自分で開けられないの!?」
「中からは手が届かない!」
場が膠着状態に陥ろうとしたまさにそのとき、半開きとなっていた部屋の扉が開かれた。
「アキ坊! 話はすべて聞かせてもらった!」
「アキさん、それに皆さん!」
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