エタニティオンライン
開花
エタニティオンラインにクオンとしてログインし、すぐさま真田君を探し回った。
まさか現実世界で「どの街でプレイしてるの?」とは聞けない。彼はあくまで生徒と先生のコミュニケーションとして話しかけてくれている。それを壊したくはない。
休日二日ほどを使い、初期に配置される街であるディザイア中を探すと、予想外に容易く見つかった。
兄の言っていた通り、私以外のプレイヤーは現実世界と同じ顔をしているようだ。
真田君は高級そうな装備を身につけ、知らない人達を連れて意気揚々とメインストリートを歩いていた。
「あっ……」
右も左もわからなかった初期装備の私は、真田君が雲の上の存在に見え、とても声などかけられなかった。そんな雰囲気ですらなかった。
真田君に頼られるくらい強くなろう。パートナーにしてもらえば、ずっと一緒にいられる。そう考えた。
それからは、暇さえあればエタニティオンラインへとログインし、強くなるため修行の日々を続けた。
長く、そして濃密に続けることのできた理由は、真田君への愛情はもちろんだが、恐らくそれだけではなかった。
兄が作ったエタニティオンラインという世界に興味があったのだ。そしてゲーム自体の面白さも、モチベーションを保つことのできた要因の一つだろう。
ゲームを始めて一年ほど経った頃だろうか。人より遥かに、演算、処理能力の高い私が、効率を求め続けるとこうなるのだと知る良い機会にもなった。
たった一年で、クオンというキャラクターを完全に作り上げた。一級品とも言えるステータス、武具。なるべく久野琴音に類似した性格や所作を会得したのだ。
顔が整っているこのクオンのおかげで、男性プレイヤーからいつでもサポートしてもらうことができたのも、一因かもしれない。
これでやっと話しかけることができる。そう考え始めた頃、兄からとある話をされた。
「俺の手伝いをしてくれないか」
兄から頭を下げられたのは初めてだった。共に厳しい教育に耐えながら生きてきた兄のためなら、なんでも協力してあげたいと思った。
しかしその内容は、ひどく歪な、愛の形だった。
「……妹として、素直に言うね。やめたほうがいい、と思うよ。確かにエタニティオンラインは素敵な世界だけど、その論理だと、もう『現実世界』には帰ってこられない。
それに……迷惑のかかる人が多すぎる。欲望を優先するあまり、破滅的な思考に陥ってるよ」
「随分饒舌に話せるようになったな。あの男子生徒と会話している成果か?」
「は、話をそらさないで」
「さすがに教師か……。確かに、これは間違った方法であり、利己的手段だとも思っている。
……若子は、デザイナーの仕事で使う、あるメガネを知っているか。SMPなどの仮想の映像を非表示にし、本来のモノの姿を目にできる。俺はいつかの日、あのメガネ越しにこの世界を見たとき、絶望した」
「絶望?」
「どこにも真実など、なかった」
「それは……そういうものだから、仕方がないよ。草木の代わり、内装の代わり、色んな代替物が出来ちゃったんだから」
「本当にそれで良しと思っているのか? 機械に満ち溢れ、動植物や虫は衰退してゆく。とうとう人類にまで機械化の手が及んでしまった。この世界は一体どうなる?
人類は神になどなれない。今、我々人類は、絶対に踏み込んではならないステージにまで到達してしまったのだ」
兄の言うことは至極正論だった。ただ、それとこれでは話が別だ。
「それが、お兄ちゃんのやろうとしていることと何の関係があるの?」
「そんな腐敗した世界を捨て、新たな世界で永遠に生きる。時間にも空間にも、何にも邪魔されることなく、愛する人間といられるのだ」
愛する人間────その言葉を聞いた私の頭の中に、何かが芽生えた気がした。
現実世界を思い返してみた。
この年齢まで、おおよそ幸せと呼べる経験はない。目指していた学校の教師となっても、生徒には冷めた目で見られ、同僚や先輩には仕事を満足に教えてもらえない、どちらかといえば不幸せな日々。
唯一の希望である真田君も、あと一年と数ヶ月すれば卒業してしまう。卒業するまでに、彼の心を射止める? 久野さんがいる限り、不可能だ。
真田君が卒業してからは? わからない。考えるのも恐ろしくて仕方がない。
エタニティオンラインなら、
真田君と、
ずっといられる。
「……わかった、協力する。その代わり条件が一つ」
そもそも、私を冷たくあしらったこの世界の人間を庇う理由などないのかもしれない。
「なんとなく、わかってはいるさ」
私達が綿密な計画を立てている間、エタニティオンラインで真田暁影ことアキと、コンタクトを取ることができた。クオンという皮を被り、久野琴音をロールプレイしている限り、明るく会話することができた。
学校が終わる時間帯は同じ、会わないわけはない。時間を共有するうちにアキの頼れる仲間として、隣に立つことができていた。
兄がセキュリティホールを作り出し、私が外部からそれを突く。そして、アキ以外のプレイヤーをログアウトさせ、残ったプレイヤーは抹殺する。
そんな単純かつ大胆な計画は、こうして実行へと移されたのだった。
まさか現実世界で「どの街でプレイしてるの?」とは聞けない。彼はあくまで生徒と先生のコミュニケーションとして話しかけてくれている。それを壊したくはない。
休日二日ほどを使い、初期に配置される街であるディザイア中を探すと、予想外に容易く見つかった。
兄の言っていた通り、私以外のプレイヤーは現実世界と同じ顔をしているようだ。
真田君は高級そうな装備を身につけ、知らない人達を連れて意気揚々とメインストリートを歩いていた。
「あっ……」
右も左もわからなかった初期装備の私は、真田君が雲の上の存在に見え、とても声などかけられなかった。そんな雰囲気ですらなかった。
真田君に頼られるくらい強くなろう。パートナーにしてもらえば、ずっと一緒にいられる。そう考えた。
それからは、暇さえあればエタニティオンラインへとログインし、強くなるため修行の日々を続けた。
長く、そして濃密に続けることのできた理由は、真田君への愛情はもちろんだが、恐らくそれだけではなかった。
兄が作ったエタニティオンラインという世界に興味があったのだ。そしてゲーム自体の面白さも、モチベーションを保つことのできた要因の一つだろう。
ゲームを始めて一年ほど経った頃だろうか。人より遥かに、演算、処理能力の高い私が、効率を求め続けるとこうなるのだと知る良い機会にもなった。
たった一年で、クオンというキャラクターを完全に作り上げた。一級品とも言えるステータス、武具。なるべく久野琴音に類似した性格や所作を会得したのだ。
顔が整っているこのクオンのおかげで、男性プレイヤーからいつでもサポートしてもらうことができたのも、一因かもしれない。
これでやっと話しかけることができる。そう考え始めた頃、兄からとある話をされた。
「俺の手伝いをしてくれないか」
兄から頭を下げられたのは初めてだった。共に厳しい教育に耐えながら生きてきた兄のためなら、なんでも協力してあげたいと思った。
しかしその内容は、ひどく歪な、愛の形だった。
「……妹として、素直に言うね。やめたほうがいい、と思うよ。確かにエタニティオンラインは素敵な世界だけど、その論理だと、もう『現実世界』には帰ってこられない。
それに……迷惑のかかる人が多すぎる。欲望を優先するあまり、破滅的な思考に陥ってるよ」
「随分饒舌に話せるようになったな。あの男子生徒と会話している成果か?」
「は、話をそらさないで」
「さすがに教師か……。確かに、これは間違った方法であり、利己的手段だとも思っている。
……若子は、デザイナーの仕事で使う、あるメガネを知っているか。SMPなどの仮想の映像を非表示にし、本来のモノの姿を目にできる。俺はいつかの日、あのメガネ越しにこの世界を見たとき、絶望した」
「絶望?」
「どこにも真実など、なかった」
「それは……そういうものだから、仕方がないよ。草木の代わり、内装の代わり、色んな代替物が出来ちゃったんだから」
「本当にそれで良しと思っているのか? 機械に満ち溢れ、動植物や虫は衰退してゆく。とうとう人類にまで機械化の手が及んでしまった。この世界は一体どうなる?
人類は神になどなれない。今、我々人類は、絶対に踏み込んではならないステージにまで到達してしまったのだ」
兄の言うことは至極正論だった。ただ、それとこれでは話が別だ。
「それが、お兄ちゃんのやろうとしていることと何の関係があるの?」
「そんな腐敗した世界を捨て、新たな世界で永遠に生きる。時間にも空間にも、何にも邪魔されることなく、愛する人間といられるのだ」
愛する人間────その言葉を聞いた私の頭の中に、何かが芽生えた気がした。
現実世界を思い返してみた。
この年齢まで、おおよそ幸せと呼べる経験はない。目指していた学校の教師となっても、生徒には冷めた目で見られ、同僚や先輩には仕事を満足に教えてもらえない、どちらかといえば不幸せな日々。
唯一の希望である真田君も、あと一年と数ヶ月すれば卒業してしまう。卒業するまでに、彼の心を射止める? 久野さんがいる限り、不可能だ。
真田君が卒業してからは? わからない。考えるのも恐ろしくて仕方がない。
エタニティオンラインなら、
真田君と、
ずっといられる。
「……わかった、協力する。その代わり条件が一つ」
そもそも、私を冷たくあしらったこの世界の人間を庇う理由などないのかもしれない。
「なんとなく、わかってはいるさ」
私達が綿密な計画を立てている間、エタニティオンラインで真田暁影ことアキと、コンタクトを取ることができた。クオンという皮を被り、久野琴音をロールプレイしている限り、明るく会話することができた。
学校が終わる時間帯は同じ、会わないわけはない。時間を共有するうちにアキの頼れる仲間として、隣に立つことができていた。
兄がセキュリティホールを作り出し、私が外部からそれを突く。そして、アキ以外のプレイヤーをログアウトさせ、残ったプレイヤーは抹殺する。
そんな単純かつ大胆な計画は、こうして実行へと移されたのだった。
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