エタニティオンライン

足立韋護

空虚なため息

「『作戦通り』戦闘態勢には入れ! アキを取り戻すことを優先しろ!」


「……アキが攻撃されるのは想定外だった」


 髪を掴まれたアキは頭頂部から多量に血を流し、意識も朦朧としているようだった。
 クオンはいじけたようにして頬を膨らませた。


「作戦通り、かぁ。やっぱりバレちゃってたんだね」


「奴の話に耳を貸すな! もはや、敵である他にない!」


「怖いなーもー。でもね、私もここで終わるわけにはいかないんだ。
 『デバッグモード起動』」


 アキに触れている手を除いた体の部位に、頭の先から足の先までを覆い尽くす黒い鎧が、レザーアーマーに上書きされるようにして装着された。
 正気を取り戻したカトレアが、即座にファイアボルトを放った。しかし燃え盛る炎は鎧に弾かれるようにして鎮火した。
 テンマのワームホール越しの斬撃、青龍の流れるような連撃、白虎の重い打撃。その全てを食らわせても刃は通らず、クオンは微動だにしなかった。


「仲間だったよしみで忠告しておくね。この鎧には一切の攻撃が通じない。それともう一つ、この鎧に触れたプレイヤーやモンスターは、その時点で死亡確定するよ。覚えておいてね」


 死亡確定。この言葉によって、皆の戦意が一瞬削がれた。足が鉛のように重くなってしまった。
 その間に鎧を着たクオンが指を一振りすると、テンマとマーベルしか扱えないはずのワームホールが開かれた。
 アキをその中に放ると、テンマらに向かって呑気に手を振ってからアキに続いてワームホールへと入っていった。


 ワームホールの閉じたその場には、誘惑するように開き続けるログアウトホールと静寂しか残らなかった。




────アキの意識は朦朧としていた。


 ぼうっと、テンマから聞いた最後の仮説が頭をよぎった。
 メッセージによって受信したそれには、当時のアキにとって信じ難い文章が並べられていた。
 その長文は丁寧に、アキを諭すように論理立てられていた。


『私の仮説が正しければ西倉修の協力者は、クオンだ。


 いくつか仮説を立てていたのだがその一つに、協力者が精鋭隊メンバーに関わりのある可能性が高いという仮説があった。その証拠がログアウトホールの開閉だ。
 初めてアビスに我々が到着する直前、ログアウトホールが消失していた。偶然であり得る話なのか。その後、時を置いてヴァルカンにて三都市すべてにログアウトホールが開いたと報告があった。


 私は仮説を裏付けるためヴァルカンで試してやろうと考えた。私とアキがログアウトするフリをしたとき、見事に妨害された。仮説が一つ進んだのだ。
 あの時点でログアウトできる者は既にしており、残っていた者は何らかの目的のある者、運の悪い者、そしてログアウトを恐れる者だ。
 そこで、精鋭隊メンバーいずれかのログアウトを妨害しているのでは? という仮説を立てた』


 アキはそこまで思い出して、ようやく意識が冴えてきた。周囲は純白の城壁のようなレンガの壁に囲まれている。遠くに小さな窓と木製の扉が見える。誰もいない。静かな場所だ。
 温かい。心地の良いソファに座らされていた。目の前の暖炉の中で炭が小さく崩れている。


 まだ意識がはっきりとしないな……。もう少し、思い出してみるか。


『その仮説を立証するために、再び訪れるアビスでログアウトホールの閉じるタイミングを確かめねばならなかったが、我々が着いた頃には既に閉じていた。
 まるでこちらの動向がすべて分かっているかのように。ここまできてようやく、この仮説にまで辿り着いた。
 精鋭隊、その関わりある者の中に協力者が紛れ込んでいる可能性がある。


 そこでよく思い出してみたのだ。ログアウトホールが開閉する直前、怪しい行動をしていた人物……。
 もしログイン中に操作ができるのであれば絞り込むのは難しい。しかしそうでなければ……時限式の開閉が可能ならある程度偽装もできるが、完全に姿を消さねばならない時が必ずあるはず。
 それが違和感なく実現できる人物は、放浪癖のあるクオンしかいなかった。


 そこまで考えが至れば、あとは点と点を線で繋げるだけだ。


 一度目のアビスや二度目のアビスのように『アキ』の行き先が確定すると、あらかじめ閉じる動作を行う。
 しかし『アキ』が崖から落下して死んだとされた途端、何かを諦めたように全てのログアウトホールが開いた。


 そんな中、アキの生存を知ったクオンはログアウトをする時間がなかった。その時間稼ぎのために適当なプレイヤーをログアウトホールの守護者に仕立て上げたのだ』


 ああ、いまだに信じられない。
 でも確かに、俺の髪を掴んで話していたのは、クオンだった。
 目的は、動機は、なんなんだ……。


『クオンの目的が、何かの復讐か、それともいきすぎた愛情表現か。それはわからん。
 だがこれだけはわかった。奴にとってアキ以外はどうでも良い。


 とにかく、アキをひたすらログアウトさせたくないのだ』


 アキは天井にため息を吐きながら、額を手で覆った。

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