エタニティオンライン
人と人
サダオの工房から外へ出ると、少し日は傾いていたものの、いまだに清々しいまでの青空が広がっていた。
アキは満足げにため息をついて、それから再び歩き出した。
「これからどこ行くー?」
「ついて来ればわかるよ」
穏やかな笑みを見せたアキを見て、クオンは首を傾げた。
アキの目的地は、やけに細い路地にあった。入り組んだ構造の路地を、迷うことなく進んでたどり着く。
「ここって……?」
「ベルの家。前にオータムストアにいなかったから、帰ったんだと思って。まあ、戻った挨拶をね」
アキはそう言いつつ、ドアを数回ノックした。
木製のドアが痛みのある音を上げて開いた。
「あ、あ────」
ドアから顔を出した女性は口に手を当て、黒く長い髪を揺らしながら数歩退いていった。
「ベル、長い間店を放置してしまって、申し訳なかった。色々とカタがついたからディザイアに戻ったんだ。だから、その挨拶に来た」
「今までどこ行ってたんですかっ!!」
床にへたり込んだベルは涙を流しながら怒声を放った。目尻を吊り上げ、アキを睨みつける。
対するアキは大して驚くこともなく、平然とベルの前に立った。
「ごめん」
そう言ってから手を差し伸べる。ベルはその手とアキの顔を幾度か睨めつけてから、乱暴にその手を取った。
ハミルは出掛けているようで、ベルしかいない家に二人は少しだけ居座ることにした。
今までの道程をベルに説明してから、ベルの淹れた茶を口につけた。
「随分とまた、波乱の冒険をなさっていたんですね……。事情はよくわかりました。では聞きますが、これからどうするおつもりですか? お店は諦めていますが、アキさんはこれから何をするんです?」
店を再開させないことを悟られている、とアキはバツが悪そうに笑いながら答えた。
「この街のプレイヤーを出来る限り救ってから、俺もこの世界からいなくなる。それだけだ」
ベルはゆっくりゆっくりと、俯いた。髪で顔が見えない。
かすれるような声でアキへ聞いた。
「もう、会えませんか……?」
「ああ。会えないよ」
一瞬だけ肩をすくませ、何も言わなくなった。
「今日は、別れの挨拶に来たんだ」
「はい……」
「もし次会えたとしたら、それは何かに失敗したときだと思う。だからその時は、慰めてくれ」
「……もしそうであるなら、私は、あなたと会えないことを喜びましょう」
アキは席を立った。俯いたベルの頭にそっと手を置く。
「ありがとう」
アキは踵を返して玄関へと歩いて行った。
一度も振り返ることもなく、クオンを連れて路地へと出た。
「良かったの?」
「ケジメだよ。よし、次だ」
次いでアキが足を運んだ先は、オータムセキュリティであった。
店の窓から中を覗くも、誰もいない様子だった。
「そういえばさ、ディザイアに戻ったとき来てなかったもんね」
「フールギャザリングのことで頭がいっぱいだったからな」
店のドアを開けてみるが、やはり店内には誰もいない。
「ミールちゃん? だっけ。あの銀髪の子。帰っちゃったかな」
「いや────」
アキは二階に上がり、部屋のドアを開けた。
その部屋は整頓されており、机の上には最低限の食糧と、本が数冊置いてあった。
窓際のイスに腰掛けて読書していた少女が顔を上げる。その眼は、見開いていた。
「アキさん……!」
「ミール、ずっとここに?」
「……うん」
ミールは本を閉じてベッドに放ると、アキへと歩み寄ってきたかと思えば、その勢いのまま静かに体を抱きしめてきた。
「苦労させたな」
ミールはアキの服に顔をすり付けるようにして首を横に振った。
ミールをベッドに座らせ、アキはその横に腰掛けた。クオンは気を遣ってイスに座って見守っている。
そしてベルに話したように、これまでの道程を短く話した。その間、ミールは表情も変えずに時折頷くだけであった。
「俺はこれから、大きな局面に立たされるかもしれない。それが終われば、もうこの世界からはいなくなる。だからミールとはもう、会えないんだ」
「……ずっと?」
「もしかしたら、すぐまた会えるかもしれない。でもその時は、何かを失敗したときだ。絶対にあってはならないことなんだ。だから、会えなくならないといけない。ずっと」
口数が少なく、表情の読み取りにくいミールは、ぼうっとアキを見上げている。
「ごめんな」
「……こんな、私でも働かせてくれて嬉しかった」
ミールがアキの前で初めて饒舌に話し始めた。
「……こんな私のためにわざわざ会いに来て、別れを告げてくれた」
「ミール……」
「アキさんは良い人。アキさんが頑張るなら私はずっと応援してる。だからもう、帰ってこないでね。きっと大丈夫」
いつの間にかミールの瞳には、溢れそうなまでの涙が溜まっていた。口を歪ませて、力一杯に歯を食いしばって、アキを見上げていた。
「絶対に帰ってこないよ。ありがとう、ミール」
ミールの頭を撫でてから、アキは部屋を出た。
隣に立つクオンが肩を震わせている。
「うぐぐ、うぐ、泣かせるねぇ~~!」
鼻水を垂らして泣いていた。アキが袖を差し出すと、袖で涙を拭った。
オータムセキュリティの店内を一度も振り返ることなく、アキは店の外へ出た。
いつの間にか空の色は夕暮れ時の、美麗な橙色に変わっていた。
アキがステータス画面で時間を確認すると、十七時を回っていた。
『作戦決行まで残り、十九時間』
アキは満足げにため息をついて、それから再び歩き出した。
「これからどこ行くー?」
「ついて来ればわかるよ」
穏やかな笑みを見せたアキを見て、クオンは首を傾げた。
アキの目的地は、やけに細い路地にあった。入り組んだ構造の路地を、迷うことなく進んでたどり着く。
「ここって……?」
「ベルの家。前にオータムストアにいなかったから、帰ったんだと思って。まあ、戻った挨拶をね」
アキはそう言いつつ、ドアを数回ノックした。
木製のドアが痛みのある音を上げて開いた。
「あ、あ────」
ドアから顔を出した女性は口に手を当て、黒く長い髪を揺らしながら数歩退いていった。
「ベル、長い間店を放置してしまって、申し訳なかった。色々とカタがついたからディザイアに戻ったんだ。だから、その挨拶に来た」
「今までどこ行ってたんですかっ!!」
床にへたり込んだベルは涙を流しながら怒声を放った。目尻を吊り上げ、アキを睨みつける。
対するアキは大して驚くこともなく、平然とベルの前に立った。
「ごめん」
そう言ってから手を差し伸べる。ベルはその手とアキの顔を幾度か睨めつけてから、乱暴にその手を取った。
ハミルは出掛けているようで、ベルしかいない家に二人は少しだけ居座ることにした。
今までの道程をベルに説明してから、ベルの淹れた茶を口につけた。
「随分とまた、波乱の冒険をなさっていたんですね……。事情はよくわかりました。では聞きますが、これからどうするおつもりですか? お店は諦めていますが、アキさんはこれから何をするんです?」
店を再開させないことを悟られている、とアキはバツが悪そうに笑いながら答えた。
「この街のプレイヤーを出来る限り救ってから、俺もこの世界からいなくなる。それだけだ」
ベルはゆっくりゆっくりと、俯いた。髪で顔が見えない。
かすれるような声でアキへ聞いた。
「もう、会えませんか……?」
「ああ。会えないよ」
一瞬だけ肩をすくませ、何も言わなくなった。
「今日は、別れの挨拶に来たんだ」
「はい……」
「もし次会えたとしたら、それは何かに失敗したときだと思う。だからその時は、慰めてくれ」
「……もしそうであるなら、私は、あなたと会えないことを喜びましょう」
アキは席を立った。俯いたベルの頭にそっと手を置く。
「ありがとう」
アキは踵を返して玄関へと歩いて行った。
一度も振り返ることもなく、クオンを連れて路地へと出た。
「良かったの?」
「ケジメだよ。よし、次だ」
次いでアキが足を運んだ先は、オータムセキュリティであった。
店の窓から中を覗くも、誰もいない様子だった。
「そういえばさ、ディザイアに戻ったとき来てなかったもんね」
「フールギャザリングのことで頭がいっぱいだったからな」
店のドアを開けてみるが、やはり店内には誰もいない。
「ミールちゃん? だっけ。あの銀髪の子。帰っちゃったかな」
「いや────」
アキは二階に上がり、部屋のドアを開けた。
その部屋は整頓されており、机の上には最低限の食糧と、本が数冊置いてあった。
窓際のイスに腰掛けて読書していた少女が顔を上げる。その眼は、見開いていた。
「アキさん……!」
「ミール、ずっとここに?」
「……うん」
ミールは本を閉じてベッドに放ると、アキへと歩み寄ってきたかと思えば、その勢いのまま静かに体を抱きしめてきた。
「苦労させたな」
ミールはアキの服に顔をすり付けるようにして首を横に振った。
ミールをベッドに座らせ、アキはその横に腰掛けた。クオンは気を遣ってイスに座って見守っている。
そしてベルに話したように、これまでの道程を短く話した。その間、ミールは表情も変えずに時折頷くだけであった。
「俺はこれから、大きな局面に立たされるかもしれない。それが終われば、もうこの世界からはいなくなる。だからミールとはもう、会えないんだ」
「……ずっと?」
「もしかしたら、すぐまた会えるかもしれない。でもその時は、何かを失敗したときだ。絶対にあってはならないことなんだ。だから、会えなくならないといけない。ずっと」
口数が少なく、表情の読み取りにくいミールは、ぼうっとアキを見上げている。
「ごめんな」
「……こんな、私でも働かせてくれて嬉しかった」
ミールがアキの前で初めて饒舌に話し始めた。
「……こんな私のためにわざわざ会いに来て、別れを告げてくれた」
「ミール……」
「アキさんは良い人。アキさんが頑張るなら私はずっと応援してる。だからもう、帰ってこないでね。きっと大丈夫」
いつの間にかミールの瞳には、溢れそうなまでの涙が溜まっていた。口を歪ませて、力一杯に歯を食いしばって、アキを見上げていた。
「絶対に帰ってこないよ。ありがとう、ミール」
ミールの頭を撫でてから、アキは部屋を出た。
隣に立つクオンが肩を震わせている。
「うぐぐ、うぐ、泣かせるねぇ~~!」
鼻水を垂らして泣いていた。アキが袖を差し出すと、袖で涙を拭った。
オータムセキュリティの店内を一度も振り返ることなく、アキは店の外へ出た。
いつの間にか空の色は夕暮れ時の、美麗な橙色に変わっていた。
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