エタニティオンライン
フールノーマッド
信者らの向こう側にクオンの姿が見えた。その武人の如き猛攻で相対した相手を圧倒している。
信者らの動きは思っていた以上に鈍く、戦闘も単調なものであった。
このままいけば、勝てる……!
アキの背筋が勝利に震えた時、二度手を叩く音が聞こえてきた。
音の鳴るほうへ顔を向けると、半円形に展開された陣形の、その中心部に一人の女性が佇んでいた。
「争いはそこまで。私の話をお聞きなさい」
「モガミ!」
カトレアがそう叫びながら、どこから現れたかもわからないモガミを睨みつけた。
まるで事態を予知していたかのように、信者らの動きが止まる。
モガミは不敵に笑い、指を鳴らした。
アキ達から見れば半円の逆側、地理的に見れば時雨の渓谷の奥側から、数人のプレイヤーが信者らに両手首を縄で縛られた状態で連れられてきた。
「アキ、あれは……!」
白虎の声の指差す方を凝視すると、数人のプレイヤーの中に見覚えのある人物を一人見つけた。
「オルフェ!」
狐のお面を被った金髪頭と、着物を着込んでいるその奇異な姿は、オルフェで間違いなかった。
アキの存在に気づいていないのか、オルフェは俯き気味に立ち尽くしている。その前に立つモガミは、仰々しく両手を真横に広げた。
「精鋭隊の皆さん。ここまでわざわざご足労おかけ致しました。しかしもう、そんな偽善行為もお終い。出来るなら、あなた方にも我々の仲間になって欲しかったのですが、あなた方の力は危険です。
大人しくディザイアへ戻り、そしてログアウトホールから現実へとお帰りなさい。でなければ、あまり美しい方法ではありませんが、この方々を死亡確定にさせていただきます」
卑劣な手段だ。けどこれは俺たちに対しても抜群に効く手段。
同じ土俵で戦ってしまえば、力の差で負けるのは歴然。なら土俵をひっくり返す他ないんだ。
ここにいる人質は見せしめ。偶然か作戦か、その中にオルフェが混ざってる。
最悪の事態だ。これを防ぐためにトライデントアタックを仕掛けたのに、まんまと思い通りになってしまった。
下手に動けば人質の命が危ない。なら、人質のそばにいる信者から叩くべきか。テンマなら出来そうだけど、転移までの間に手を出されたら────
突如、その場に強風が吹き荒れた。小さな嵐は特にモガミ達と人質のいる場所を執拗に行き来していた。そのうちに嵐は強さを増し、人質を残して信者とモガミを崖の壁に強く叩きつけられた。
「……この風は一体」
「風のスペル……!? モンスターしか使えないはずだけれど、どういうことかしら」
その時、上空にワームホールに似た黒い円形の歪みが視界を覆い尽くすほど次々に出現した。
その一つ一つから、ぬるりと火球が姿を現し、数え切れないほどの火球が上空から降りかかってきた。
信者の一人が「は、犯人がログインしたんだぁぁ!」と叫んだ。それを皮切りに、信者は我先にと脱兎の如くその場から逃げ出した。
しかし、精鋭隊はその場から動くことはなかった。動く必要がなかったのだ。
「あの距離なら、ちょうど私達の頭上辺りで消滅するわね」
「……そもそも遅い火球なら、十分に避けられる。だが、これはテンマではないな。一体誰が……」
一目でそれが威嚇目的であることがわかっていた。
信者達の逃走により、戦場であったその場所は、一瞬のうちにして川の流れる平穏な渓谷の姿へと戻った。
結果的にアキ達は窮地を脱したが、どうにも釈然としなかった。
西倉じゃない。彼の言う通りならばまだログインはしていないはず。協力者も目立つ行為は好まない。そもそも彼らがこんな無意味な真似をするとは、俺には思えなかった。
現段階で、こんな芸当ができ、俺の手助けをしてくれる可能性のある人物は一人しか思いつかない。
「マーベル……なのか」
なけなしの信仰心で場に残った信者三人が、意識が混濁しているモガミへと近づいていく。しかし、その行く手をテンマが遮った。
「この女に、フールギャザリングに、もうお前達を率いる力など残ってはいない。周りを見てみろ。仲間は皆逃げた。幻想を振り払え、現実を見るのだ。もうこの世界に、お前達の居場所はない」
信者らは何かを喪失したように、力なく膝から崩れ落ちた。頬を濡らし、ぼうっと空を見上げている。
大量の火球もワームホールも、夢幻であったかのようにすっかり消え失せ、澄み渡る青空だけが残っていた。
テンマは振り返り、モガミの前に立った。胸倉を掴みあげて正面からモガミを見つめた。
「モガミ、結局お前は一度も戦闘には参加しなかったな……。せっかくだ。その貧弱なステータスを見せてもらうぞ!」
額に青筋を浮かべているテンマは、視線を横に移した途端に目を見開いた。「お前……!」とモガミへと視線を戻した。
「……美しさしか取り柄のない女は、愚かなことに強さまで求めた。あなたに、憧れて」
「しかし、どうして……!」
「私にはセンスがない。到達できない夢だとわかってしまった。美しさしか残らなかった。だからせめて、美しいままでいたかった。
それすら叶わないのなら、いっそ美しいまま────」
モガミは腰に隠し持っていた刃の長いナイフを取り出した。テンマは咄嗟に突き放した。
しかし、ナイフが向かった先はテンマではなく、主の心臓であった。
「これで……永遠に……」
川のせせらぎが包む中、晴れやかな空に、輝く塵が舞い上がった。
信者らの動きは思っていた以上に鈍く、戦闘も単調なものであった。
このままいけば、勝てる……!
アキの背筋が勝利に震えた時、二度手を叩く音が聞こえてきた。
音の鳴るほうへ顔を向けると、半円形に展開された陣形の、その中心部に一人の女性が佇んでいた。
「争いはそこまで。私の話をお聞きなさい」
「モガミ!」
カトレアがそう叫びながら、どこから現れたかもわからないモガミを睨みつけた。
まるで事態を予知していたかのように、信者らの動きが止まる。
モガミは不敵に笑い、指を鳴らした。
アキ達から見れば半円の逆側、地理的に見れば時雨の渓谷の奥側から、数人のプレイヤーが信者らに両手首を縄で縛られた状態で連れられてきた。
「アキ、あれは……!」
白虎の声の指差す方を凝視すると、数人のプレイヤーの中に見覚えのある人物を一人見つけた。
「オルフェ!」
狐のお面を被った金髪頭と、着物を着込んでいるその奇異な姿は、オルフェで間違いなかった。
アキの存在に気づいていないのか、オルフェは俯き気味に立ち尽くしている。その前に立つモガミは、仰々しく両手を真横に広げた。
「精鋭隊の皆さん。ここまでわざわざご足労おかけ致しました。しかしもう、そんな偽善行為もお終い。出来るなら、あなた方にも我々の仲間になって欲しかったのですが、あなた方の力は危険です。
大人しくディザイアへ戻り、そしてログアウトホールから現実へとお帰りなさい。でなければ、あまり美しい方法ではありませんが、この方々を死亡確定にさせていただきます」
卑劣な手段だ。けどこれは俺たちに対しても抜群に効く手段。
同じ土俵で戦ってしまえば、力の差で負けるのは歴然。なら土俵をひっくり返す他ないんだ。
ここにいる人質は見せしめ。偶然か作戦か、その中にオルフェが混ざってる。
最悪の事態だ。これを防ぐためにトライデントアタックを仕掛けたのに、まんまと思い通りになってしまった。
下手に動けば人質の命が危ない。なら、人質のそばにいる信者から叩くべきか。テンマなら出来そうだけど、転移までの間に手を出されたら────
突如、その場に強風が吹き荒れた。小さな嵐は特にモガミ達と人質のいる場所を執拗に行き来していた。そのうちに嵐は強さを増し、人質を残して信者とモガミを崖の壁に強く叩きつけられた。
「……この風は一体」
「風のスペル……!? モンスターしか使えないはずだけれど、どういうことかしら」
その時、上空にワームホールに似た黒い円形の歪みが視界を覆い尽くすほど次々に出現した。
その一つ一つから、ぬるりと火球が姿を現し、数え切れないほどの火球が上空から降りかかってきた。
信者の一人が「は、犯人がログインしたんだぁぁ!」と叫んだ。それを皮切りに、信者は我先にと脱兎の如くその場から逃げ出した。
しかし、精鋭隊はその場から動くことはなかった。動く必要がなかったのだ。
「あの距離なら、ちょうど私達の頭上辺りで消滅するわね」
「……そもそも遅い火球なら、十分に避けられる。だが、これはテンマではないな。一体誰が……」
一目でそれが威嚇目的であることがわかっていた。
信者達の逃走により、戦場であったその場所は、一瞬のうちにして川の流れる平穏な渓谷の姿へと戻った。
結果的にアキ達は窮地を脱したが、どうにも釈然としなかった。
西倉じゃない。彼の言う通りならばまだログインはしていないはず。協力者も目立つ行為は好まない。そもそも彼らがこんな無意味な真似をするとは、俺には思えなかった。
現段階で、こんな芸当ができ、俺の手助けをしてくれる可能性のある人物は一人しか思いつかない。
「マーベル……なのか」
なけなしの信仰心で場に残った信者三人が、意識が混濁しているモガミへと近づいていく。しかし、その行く手をテンマが遮った。
「この女に、フールギャザリングに、もうお前達を率いる力など残ってはいない。周りを見てみろ。仲間は皆逃げた。幻想を振り払え、現実を見るのだ。もうこの世界に、お前達の居場所はない」
信者らは何かを喪失したように、力なく膝から崩れ落ちた。頬を濡らし、ぼうっと空を見上げている。
大量の火球もワームホールも、夢幻であったかのようにすっかり消え失せ、澄み渡る青空だけが残っていた。
テンマは振り返り、モガミの前に立った。胸倉を掴みあげて正面からモガミを見つめた。
「モガミ、結局お前は一度も戦闘には参加しなかったな……。せっかくだ。その貧弱なステータスを見せてもらうぞ!」
額に青筋を浮かべているテンマは、視線を横に移した途端に目を見開いた。「お前……!」とモガミへと視線を戻した。
「……美しさしか取り柄のない女は、愚かなことに強さまで求めた。あなたに、憧れて」
「しかし、どうして……!」
「私にはセンスがない。到達できない夢だとわかってしまった。美しさしか残らなかった。だからせめて、美しいままでいたかった。
それすら叶わないのなら、いっそ美しいまま────」
モガミは腰に隠し持っていた刃の長いナイフを取り出した。テンマは咄嗟に突き放した。
しかし、ナイフが向かった先はテンマではなく、主の心臓であった。
「これで……永遠に……」
川のせせらぎが包む中、晴れやかな空に、輝く塵が舞い上がった。
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