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足立韋護

虎軍奮闘

────『時雨の渓谷』には霧雨が降り注いでいた。
 飛び跳ねたように切り立っている崖と崖の間には小川が流れ、それは時折吹き荒ぶ突風によって波立っていた。突如、渓谷中に鉄を叩いたような鈍い音が響き渡った。


 白虎は棍による打撃によって突き飛ばされていた。受け身をとりつつ片膝をついている。


「ぐっ……!」


「どうしたんだ。君の実力はそんなものだったのか?」


 周囲の暗さと霧雨によって視界が悪く、五メートル先ですらまともに見られない状態だった。近くを流れる小川と足元に生える短い雑草でしか距離感が測ることができなかった。
 白虎の視界の先には黒衣の信者達と共にシンとカグネが仁王立ちしていた。シンの手には棍のレア武器『打天』が握られている。


 数の圧倒的不利を確信した白虎は、この場をしのぐための手立てを模索するため、ひとまずシンへと声をかけた。


「シン、お前は……」


「私は言ったはずだよ。ヴァルカンの人々をログアウトさせられたならそれで満足だと。それが責務であると。ヴァルカンの人口は今やゼロ。では責務から解放された私は誰に縛られるべきなのだろうね。
 天馬騎士団? フールギャザリング? 精鋭隊? 否、私の舵は私が取る」


「なぜ裏切った」


「私は今まで自らのロールプレイを遂行するためだけに天馬騎士団へと加担してきた。だがそれもままならなくなってね。
 まあ、責務も終えたことだしログアウトホールから帰ろうかとしていた矢先、商売を通じて顔見知りだったモガミから連絡が来たんだ。


 非常に面白い話を聞かせてもらえた。不老だなんて、すごくそそられた。童心が揺さぶられるじゃないか。
 ……ところが、数分後にテンマからも連絡があった。『人々を救い出すための作戦の援軍に来て欲しい』とね。無味無臭だ。こんなつまらないことがあってたまるか」


「……人助けがつまらないだと?」


「その通り。人助けをして何か報酬が得られるのか? なぜ見ず知らずの人間を私がわざわざ救わねばならない。馬鹿馬鹿しいボランティアだ。テンマは自身が王にでもなったつもりなのだろう。身勝手で傲慢、至極不愉快。
 そこでどちらの選択肢を選ぶか、迫られた私は永遠を過ごせる可能性に賭けてみたくなった。それだけのことだよ。
 さて、そろそろモガミが帰ってくる頃だ。その前に片付けてしまおう」


 白虎は兜の奥で顔をしかめた。トライデントアタックの詳細を知っているはずのシンが、なぜモガミが当然のように無事に帰ってくると考えているのか理解できなかった。
 白虎はハッと目を見開き、拳を握りしめた。この絶望的な状況を著しく改善する僅かな可能性が見えてきていた。


「シン、なぜお前はモガミが無事だと思っている?」


「……なに?」


 シンが訝しげに白虎を見つめ、周囲の信者達がざわめき始めた。
 白虎は好感触を得た。まさかとは思ったが、シンはトライデントアタックの詳細を知らない。この作戦を『モガミ不在の間に行う、ただのプレイヤー救出作戦』だと勘違いしていたのだった。


 白虎は心の中でテンマへ感謝すると同時に、モガミへと対峙しているはずのアキ達へ、これから行うことについて謝罪してから立ち上がった。


「モガミならば今頃、精鋭隊のメンバーに拉致されているだろう」


「……それが真実であったとして、何か問題があるのかな?」


 白虎にはわかっていた。恐らくシンならば強がってでも余裕のある態度を示すだろうと。しかし信者達の中で、シンのような反応を示す者は数える程もいない。
 モガミという指導者によって、人海戦術による身の安全と食糧の供給が約束されていた。それらが瓦解していくとなれば平静でいられるわけがなかった。


 白虎はシンの虚勢を無視し、信者達へと呼びかけた。


「お前達の主を探さなくて良いのか! ログアウトされてしまうかもしれんぞ!」


 ざわめきが最高潮に達した時、シンが棍を振り上げた。


「真実である可能性がどこにある! 保身のための嘘である可能性を考えるんだ!」


 白虎からすればシンの言うことはまさしく正論であった。しかし、シンは信者達からモガミを蔑ろにしたと背中に批判を受けていた。
 信者達はやがてそれぞれに指示を出し合い、『時雨の渓谷』から次々に離れていった。
 そもそもフールギャザリングに入信していない時点で、信者達からの信頼はないに等しかった。


 数を利用した圧倒的有利には、優秀な指導者の不在という欠点が存在していたのだった。


「シン、まだこちらの有利は変わりません」


「わかっているよ、カグネ」


 数人の信者とシンとカグネだけがその場に残っていた。
 勝率を高めるための、戦力の分散を図った白虎の作戦は見事に当たった。だがそれでも白虎が一人でいる限り、数の差は等しくなることはない。


 白虎は「……これが限度か」と、背中に担いでいた大槌を両手に取りスキルメニューを表示した。
 そして大槌を振り上げながら、深い霧雨の中へと飛び込んでいった。

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