エタニティオンライン
機械技術と妄言
一番に口を開けたのは、余裕綽々な様子のモガミであった。
「あら、つい先程お会いしましたね。物騒なお顔をしていらっしゃいますが、私に何か御用?」
アキは指名された気がして、一歩前に出た。
「運営の緊急告知を見ただろ? 永遠どころか、この世界に残っていたら死ぬかもしれないんだ。それでも残りたいなら勝手にしてくれて構わない。でも他人を巻き込むのは一体どういう理由だよ」
「……あなたは私を見て、何か感じません?」
「感じる……?」
何かを暗に示しているのか? やたら豪華な着物に、か細い手足、厚い唇に妖艶な眼差し。それくらいの、単純なことしか感じ取れないな。
「私は美しいでしょう?」
背後のカトレアが「んぐっ」と声にならぬ声を漏らした。アキは肯定も否定もする気にはなれず、呆れ気味に返事した。
「はあ……?」
「あなたたちはお間抜けさんですのね。気付いていらっしゃらないのですか。この世界で私達の体は一切成長をしないのです」
アキは思わず自分の体をまじまじと見つめてしまった。毛も爪も伸びはしない。エタカプによってスキャンされた時点の容姿のままだった。
アキの様子を見て、モガミは好機と判断したのか早口気味に話を続けた。
「エタニティオンライン運営部には、精神転送技術の第一人者、西倉功の息子である西倉修という人物がいます。私は彼率いる運営部ならば、きっとこの素晴らしい世界に永遠に住める技術を作り出せるだろうと、常々考えていました。
意識と記憶という名の魂を、この世界に閉じ込めているのですよ? 私達は現在データベースに保存された意識のデータで物事を判断し、記憶のデータに上書きし続けているだけなのですよ。現実世界とエタニティオンラインの私達では、魂が二つあるということに他なりません。
ふふ、可能だと思いませんか。この世界で、永遠を過ごすことが」
真相を知っているだけにアキは言葉に詰まった。もしモガミが本当に西倉修の協力者ならば、ここまで懇切丁寧に説明などしないものだろうとアキは考えていた。
織笠の言う通りであるならこの事件は西倉の独断で、運営部の人間に関わりはない。その時点でモガミの発言とは食い違っていた。
明らかにおかしな場所に住んでいる織笠と、すべてのスキルをマスターし、封じられていたダークネスドラゴンをいとも容易く解放したマーベル。彼女らの言っていることの方が、ゲームの根幹に関連しているだけに信頼できる。
つまり、モガミは協力者ではない可能性が圧倒的に高い。
アキはその結論に至ったが、モガミの力説は続いた。
「私は永遠の美しさが欲しいのです。老いて、皺くちゃになって、この唯一無二の命を失うことが恐ろしい。この世界ならば、私の望みを全て叶えることができる。そう考え、フールギャザリングを創設したのですよ。
しかしこの世界で生きるにもルールがある。そう、食糧が必要でしょう? 私達は多くの人々が永遠に生きられるよう、大量の食糧を買い込み、そして今も生産し続けているのですよ。フールギャザリングの仲間達を使ってね」
いい加減にモガミに対して苛立ったのか、青筋を浮かべたカトレアがアキを押しのけて前へと三歩ほど出てきた。
「一言、いや幾言でも言うけれど良いかしら! 良いわね! あのねぇ、どの世界にも永遠なんてものは存在しないのよわかる? あなたがいくら綺麗でも、それも束の間、すぐにヨボヨボの婆様になるの。
現実を見なさいよ。諸行無常って言葉すら知らないのね。あらゆるものは生じ、滅するの。あなたは余程の脳筋クソババアに違いないわね! あら失礼。口が滑ったわ」
自分を美しいと自画自賛しただけでこのキレ具合。カトレアも端正な顔立ちの方だと思うんだけど、よっぽど気に食わなかったんだな……。
カトレアの猛烈な口撃に、モガミは口を上品に手で隠し、嘲笑いながらアキ達を見つめる。
「ではデータベースに私達の魂のデータをコピーした今、ログイン中に現実世界の私達が死んだ場合はどうなります? 今ここにいる私達は果たして現実世界の私達と同一人物なのかしら? 私達は今、魂を二つ持っていると同義なのです。
ここまで考えが至っているのなら、出来る気のしないほうがおかしいでしょう!」
アキはその言葉にどこか聞き覚えがあった。
そうだ、確かこれはエタオンに閉じ込められる日の機械技術の授業で、俺が宮下先生に質問したことと全く同じだ。
あの時、宮下先生は何も答えてくれはしなかった。うん? あの後、先生ともう一度話したような……。答えてくれたんだっけ?
アキが考え事を始めてしまい、モガミの自論を真に受けたと勘違いしたカトレアが声を荒げた。
「アキ! こんな女の言葉を信用してどうするの!
モガミ、永遠を過ごすと言っても、その魂のデータが何らかの理由によって消失した場合や停電になった場合、機械が故障した場合はどうなるの? それでは永遠ではないじゃない。現実世界へ依存している限り、永遠など存在しないのよ。
それでもその妄言を振りかざすつもりなら、あなただけでこの世界に残ってちょうだい。無関係の人達は今すぐに解放なさい。そうすれば見逃してあげるわ」
「食糧の生産に彼らは欠かせません。それに、美しさはより多くの者に見られてこそ輝くものです。彼らは私とともに永遠の生活を送っていただきます。
ああ言えばこう言うだけのあなた方にこれ以上説明しても無駄なようですので、お話はここまで」
綺麗事をいくら並べ立てたところで、結局は自分の欲を満たすため。もう時間は残されていない。手段は選んでいられないな。
「……そうか。残念だよ」
アキがそう呟きながら水神鞭を取り出すと、クオン、カトレア、青龍が一斉に武器を取り出した。
対するフールギャザリングの面々もそれぞれに武器を構え始める。
前衛職であろう重武装の男が四人、後衛職とみられる白い法衣の女が一人。そこまではすぐに判明したものの、姿の多くを隠されているためにモガミの職業は判断できなかった。
「あら、つい先程お会いしましたね。物騒なお顔をしていらっしゃいますが、私に何か御用?」
アキは指名された気がして、一歩前に出た。
「運営の緊急告知を見ただろ? 永遠どころか、この世界に残っていたら死ぬかもしれないんだ。それでも残りたいなら勝手にしてくれて構わない。でも他人を巻き込むのは一体どういう理由だよ」
「……あなたは私を見て、何か感じません?」
「感じる……?」
何かを暗に示しているのか? やたら豪華な着物に、か細い手足、厚い唇に妖艶な眼差し。それくらいの、単純なことしか感じ取れないな。
「私は美しいでしょう?」
背後のカトレアが「んぐっ」と声にならぬ声を漏らした。アキは肯定も否定もする気にはなれず、呆れ気味に返事した。
「はあ……?」
「あなたたちはお間抜けさんですのね。気付いていらっしゃらないのですか。この世界で私達の体は一切成長をしないのです」
アキは思わず自分の体をまじまじと見つめてしまった。毛も爪も伸びはしない。エタカプによってスキャンされた時点の容姿のままだった。
アキの様子を見て、モガミは好機と判断したのか早口気味に話を続けた。
「エタニティオンライン運営部には、精神転送技術の第一人者、西倉功の息子である西倉修という人物がいます。私は彼率いる運営部ならば、きっとこの素晴らしい世界に永遠に住める技術を作り出せるだろうと、常々考えていました。
意識と記憶という名の魂を、この世界に閉じ込めているのですよ? 私達は現在データベースに保存された意識のデータで物事を判断し、記憶のデータに上書きし続けているだけなのですよ。現実世界とエタニティオンラインの私達では、魂が二つあるということに他なりません。
ふふ、可能だと思いませんか。この世界で、永遠を過ごすことが」
真相を知っているだけにアキは言葉に詰まった。もしモガミが本当に西倉修の協力者ならば、ここまで懇切丁寧に説明などしないものだろうとアキは考えていた。
織笠の言う通りであるならこの事件は西倉の独断で、運営部の人間に関わりはない。その時点でモガミの発言とは食い違っていた。
明らかにおかしな場所に住んでいる織笠と、すべてのスキルをマスターし、封じられていたダークネスドラゴンをいとも容易く解放したマーベル。彼女らの言っていることの方が、ゲームの根幹に関連しているだけに信頼できる。
つまり、モガミは協力者ではない可能性が圧倒的に高い。
アキはその結論に至ったが、モガミの力説は続いた。
「私は永遠の美しさが欲しいのです。老いて、皺くちゃになって、この唯一無二の命を失うことが恐ろしい。この世界ならば、私の望みを全て叶えることができる。そう考え、フールギャザリングを創設したのですよ。
しかしこの世界で生きるにもルールがある。そう、食糧が必要でしょう? 私達は多くの人々が永遠に生きられるよう、大量の食糧を買い込み、そして今も生産し続けているのですよ。フールギャザリングの仲間達を使ってね」
いい加減にモガミに対して苛立ったのか、青筋を浮かべたカトレアがアキを押しのけて前へと三歩ほど出てきた。
「一言、いや幾言でも言うけれど良いかしら! 良いわね! あのねぇ、どの世界にも永遠なんてものは存在しないのよわかる? あなたがいくら綺麗でも、それも束の間、すぐにヨボヨボの婆様になるの。
現実を見なさいよ。諸行無常って言葉すら知らないのね。あらゆるものは生じ、滅するの。あなたは余程の脳筋クソババアに違いないわね! あら失礼。口が滑ったわ」
自分を美しいと自画自賛しただけでこのキレ具合。カトレアも端正な顔立ちの方だと思うんだけど、よっぽど気に食わなかったんだな……。
カトレアの猛烈な口撃に、モガミは口を上品に手で隠し、嘲笑いながらアキ達を見つめる。
「ではデータベースに私達の魂のデータをコピーした今、ログイン中に現実世界の私達が死んだ場合はどうなります? 今ここにいる私達は果たして現実世界の私達と同一人物なのかしら? 私達は今、魂を二つ持っていると同義なのです。
ここまで考えが至っているのなら、出来る気のしないほうがおかしいでしょう!」
アキはその言葉にどこか聞き覚えがあった。
そうだ、確かこれはエタオンに閉じ込められる日の機械技術の授業で、俺が宮下先生に質問したことと全く同じだ。
あの時、宮下先生は何も答えてくれはしなかった。うん? あの後、先生ともう一度話したような……。答えてくれたんだっけ?
アキが考え事を始めてしまい、モガミの自論を真に受けたと勘違いしたカトレアが声を荒げた。
「アキ! こんな女の言葉を信用してどうするの!
モガミ、永遠を過ごすと言っても、その魂のデータが何らかの理由によって消失した場合や停電になった場合、機械が故障した場合はどうなるの? それでは永遠ではないじゃない。現実世界へ依存している限り、永遠など存在しないのよ。
それでもその妄言を振りかざすつもりなら、あなただけでこの世界に残ってちょうだい。無関係の人達は今すぐに解放なさい。そうすれば見逃してあげるわ」
「食糧の生産に彼らは欠かせません。それに、美しさはより多くの者に見られてこそ輝くものです。彼らは私とともに永遠の生活を送っていただきます。
ああ言えばこう言うだけのあなた方にこれ以上説明しても無駄なようですので、お話はここまで」
綺麗事をいくら並べ立てたところで、結局は自分の欲を満たすため。もう時間は残されていない。手段は選んでいられないな。
「……そうか。残念だよ」
アキがそう呟きながら水神鞭を取り出すと、クオン、カトレア、青龍が一斉に武器を取り出した。
対するフールギャザリングの面々もそれぞれに武器を構え始める。
前衛職であろう重武装の男が四人、後衛職とみられる白い法衣の女が一人。そこまではすぐに判明したものの、姿の多くを隠されているためにモガミの職業は判断できなかった。
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