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足立韋護

帰還

 『港へ続く道』を逆走する形で『鬱屈の湿地帯』へと進み、かつてアースイーターと死闘を繰り広げた人食いの湖沼をも抜け、すっかり夕暮れに包まれた頃に、アキ達はようやく『燦然たる街道』へと戻ってくることができた。


「ディザイアだ! なっつかしー!」


 クオンの指差す先には堅牢な石壁に囲まれた家々が建ち並んでいた。
 恐らくディザイアに着けば、テンマ、カトレア、青龍の三人とはしばらく顔を合わせなくなる。アキはその前に、青龍に聞きたいことがあった。


「青龍、一つだけ良いか?」


「ん?」


「どうしてあの時、俺が有利になるように話を進めてくれたんだ?」


「あの時?」


「俺が幻の竜使いだと知って、カトレアさんに杖を向けられた時だよ」


 青龍は半笑いしつつ、隣を歩くアキの背中を叩いた。


「ボクの思ったことが正論だと確信したからに決まってんじゃん。あんまり買い被るなよ!」


「そうなのか。とりあえず、あの時はありがとう」


 青龍は端整な顔で笑った。小動物のようでどこか男らしさも含まれているその笑顔に、どれだけの女性が魅了されたのだろう、とアキはつい下品なことを考えてしまった。
 この世界でも現実世界でも、きっと充実していたことだろう。アキは羨望の思いを胸に、ぼうっと赤みがかっていく空を見上げた。


 一行は難なくディザイアの門へ着くが、プレイヤーは見つけられなかった。やはりディザイアの状況も、アビスやヴァルカンと大して変わりがないことがわかった。事情を知らないNPCだけが街を闊歩していた。
 先頭を歩いていたテンマがさっと振り向く。


「ここで暫し別れだ。健闘を祈る」


 そう言い残し、テンマは歪みの中へ歩いて行った。


「相変わらず身勝手だこと……。まあ良いわ。それじゃ私も、お先に失礼するわね」


「そんじゃボクも。また会えたらね、玄武のお二人さん!」


 呆れていたカトレアと双剣を弄ぶ青龍が思いの外あっさりと街角へ姿を消していった。
 どうか無事で。アキはそう願いながら三人を見送った。


「フラメルさん元気かなー!」


「元気じゃないと困るよ。フラメラーズホテルへ急ごう」


 メインストリートとして、大勢のプレイヤーが行き交っていた道も、今やだだっ広いだけの道になっていた。人が全くいないにもかかわらず、店先のNPCは呑気にアキ達へ声をかけてくる。


「いらっしゃーい! うちの魚は美味いよー!」


 多くの人々がいなくなり、店の商売が明らかに成り立たなくとも、店主は笑いながら客引きをしている。


 この世界は所詮ゲームであり娯楽。こんな世界で永遠を過ごそうっていうのか。西倉修。


 メインストリート沿いに見慣れたフラメラーズホテルの建物が見え、その入り口の前に久しい顔を見つけた。向こうもアキとクオンを見つけたらしく、両手で口を覆った。


「フラメルさん、ただいま」


 アキが静かにそう声をかけると、フラメルの瞳からは涙が溢れ出た。アキとクオンが歩み寄っていく。


「そんな、泣かなくても」


「そうだよー。涙脆いんだから!」


 フラメルは何度も涙を拭い、ようやく笑顔を見せた。


「失礼しました……。おかえりなさい。お二人とも!」


 フラメルは二人を両腕で抱きしめた。優しく温かみのある抱擁だった。アキとクオンが視線を合わせて照れ笑いを浮かべた。
 その時、メインストリートの奥、時計台方面から人の叫び声に似た何かが聞こえてきた。それを聞いたフラメルは焦ったような表情で、アキとクオンをフラメラーズホテルへと押し入れた。


「さっきの声は?」


 アキがそう訊くと、フラメルは眉に小皺を寄せながらカフェのカウンターに手を差し出す。


「ひとまず、席に座ってください。事情を説明します」


 アキはディザイアで何らかの異常事態が起こっていることを悟った。

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