エタニティオンライン

足立韋護

竜狩りの秘宝

────今からちょうど一年前。


 当時、プレイヤー間で評価が急上昇していたクランがあった。名は『蒼龍月華』。
 分け隔てなく誰とも打ち解けていたクランリーダーのハイン、そのハインを支える気の良い古参幹部達、個性的ではあるものの粒揃いのクランメンバー達。蒼龍月華を構成する者の中で不足となるメンバーはいなかった。それ故にメンバー同士の仲も良く、時折現実で集まり飲み会を開くほどだった。
 当然中には恋人関係になるメンバーもいたが、クランはそれすら許した。リーダーであるハインもまた、クランメンバーの一人と交際していたためである。


 一周年記念イベント『竜狩りの秘宝』が開催されるということで、蒼龍月華はクランの規模を拡大し、実力あるメンバーを募った。
 当然人気クランであるため申請は殺到し、すぐに満員となった。その中にはアキの姿もあった。ハインは先着順で次々に採用していき、早々に申請していたアキは二つ返事で採用が決まった。


 元々仲間の輪が堅固だったクランメンバーは、大量に採用された新たなメンバーとすぐには打ち解けられずにいた。
 そもそも一つのイベントのために加入してきたメンバー達を、元々の仲間達と同じ目で見ることはできない。
 言わば互いに利用しあう為の、一時的な関係なのだ。クランにとっての新参者であるアキ達は姿や名前すら覚えてもらえなかった。


「ユウ、蒼龍月華に入れたよ。でもやっぱり噂通り内輪グループっぽい。クランリーダーと幹部達が取り持ってくれてるから、なんとかなってはいるけどな」


「冷遇されるだろうね。既に完成された輪を広げる必要性を感じていないんだよ。それでも、互いの利害が一致しているなら良いんじゃない?」


「ま、そうだな。そういやユウは良いクラン見つけられたか?」


「僕はアキと違って良い武器を持っていないし、レベルだって低いから、なんとかイベントを達成できそうな中堅クランに入れさせてもらったよ」


「でも早い者順だったぞ?」


「ええー良いなぁー。僕もそっち行けば良かった」


「はてさて、どうなるかな。今回のイベントは難易度高いって噂あるし、このクランでやってけるかどうか……」


 『竜狩りの秘宝』はエタニティオンライン史上最高難易度のイベントであった。
 蒼龍月華は入念な準備を重ね、特別に用意されたダンジョン『黒闇こくあん迷宮』へと幾度も足を運んだ。
 迷宮はクランごとに割り振られる。ダンジョンに入った時点でクランを判定され、自分のクランメンバーのいる迷宮へと入ることができる。
 自動生成によって迷宮が作られていくため、下層へ行くためのルートは自分達で探さねばならない。それに加えどのモンスターも強力で、歯応えのある相手を選りすぐられていたことも、高難易度の原因の一つだった。


 床、壁、天井の全てが石で作られ、縦五メートル、横七メートルの巨大迷宮は、単一な作りで参加者たちの精神を必要以上に疲弊させた。迷宮は地下二十階層まであり、一階層ごとに設けられているワープ装置を起動することで、次回からの挑戦をそのワープ装置から始めることができた。


 地下十五階層になる頃には全員完全にコツを掴み、自然と何人かに分散して次の階層への階段を探すようになっていた。


「今よ、テンマ!」


「ああ!」


 艶のある黒髪を振り乱したカトレアが、サキュバスに火炎スペル使い怯ませた。まだ髪の短かったテンマがカトレアの指示に従い、サキュバスへと斬りかかる。サキュバスには肩から腰にかけて斜めに光る切り傷ができていた。そこから眩い粒子が漏れ出している。当時はこれが出血表現の代替表現であった。
 サキュバスは地面に平伏し、行動不能となっていた。


「サキュバスの経験値は惜しいが、ダークネスドラゴンへ辿り着き、更に倒すとなるとここで遊んでいる暇はないな」


「メッセージを見る限り、ハンス達の通路は外れだったようね。ならこちらの確率が高い。先を急ぎましょう。目的は迷宮の最下部最奥なのだから」


 真剣な会話に、おちゃらけた様子の男がテンマへと話しかけた。男も蒼龍月華の古参メンバーのようでテンマやカトレアとも親しげだ。


「なーなーテンマちゃーん。いい加減オフ会来てくれよぉ。私服姿のテンマちゃん見てみたいんだよぉ」


「私は今回もパスだ。そういう席は苦手でな」


 その八人のグループの中にはアキも含まれていた。アキのようなイベントのためだけに入ってきたプレイヤーは、このグループ内だけで三人。元々いたメンバー達とはやはり若干の距離があった。
 今回もアキ達への相談なしに先へ進むことになった。アキ以外が歩いていったところで、サキュバスが体勢を立て直していた。


「後ろから狙い撃ちなんてごめんだ。『屈服の鎖』」


 アキの放った鎖によってサキュバスはその場に倒れこみ、やがては塵と化した。その跡からは輝く光の玉が現れ、アキの体内へと吸い込まれていく。


「おおっ、ラッキー! あ、うわ、置いて行かれる!」




────数日かけて辿り着いた最下層、その最奥部。迷宮の奥には巨大空間があった。地下都市のようなその場所には石で造られたいくつもの建物が並び、天井の隙間からは地上から差し込んでいるであろう太陽光が所々差し込んでいる。


 クランリーダーであるハインが皆に向き直り、その精悍な顔を少し和らげる。約五十名ものメンバーがハインへと注目した。


「この先に目的の竜が潜んでいるはずだ。ここまで来られたのもみんなのおかげだよ。本当にありがとう。俺、この戦いが終わったら今の恋人のご両親に挨拶に行こうと思うんだ!
 実際震えるほど怖いけど、結婚を前提に付き合ってるからには、挨拶はしないといけない」


 ハインの視線の先には、耳を赤くしたカトレアの姿があった。
 古参メンバー達はハインと誰が付き合っているかを知っていたため小躍りしていたが、クランに入ったばかりのアキ達からしてみれば茶番にしか見えなかった。


 かくして、ダークネスドラゴンとの壮絶な戦いが幕を開けた。

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