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足立韋護

黒竜乱舞

 アキが見下ろす地面に出現した歪みは小さい。そこから、漆黒の鱗を持つ爬虫類を彷彿とさせる四本指の手が、歪みから勢いよく飛び出した。その手の大きさだけでもアキの身長ほどはあった。
 土埃が周囲に舞い、その場の誰もがアキとその巨大な手に注目した。
 窮屈そうにもう片方の手が歪みから飛び出し、歪みの両端を持って、黒い電気を放ちながら無理やりその歪みを拡げていく。


「な、なんだよ、あれ……!」


「お、俺に聞くなぁ!」


 まるで地震のような唸り声が歪みの向こうから聞こえてくる。やがて荒々しく並ぶ鱗、ひどく鋭い刃のような歯、灰色の瞳を持つ巨大な顔面が歪みから出てきた。鼻先には刀のようにしなり、剣のように重厚な角が生えていた。
 そしてとうとう、刺々しく禍々しい羽根と尾を持ったドラゴン、ダークネスドラゴンが歪みから強引に這い出てきた。その体躯の高さは十メートルは優に超え、鼻先から尾先までの全長は二十メートル以上はある。
 ダークネスドラゴンが再び絶叫すると、大気が震え、身体中にビリビリと振動が走る。


 仮面の男達は武器を落とし、後退りしながらダークネスドラゴンを見上げている。


「ダークネスドラゴン、炎の剣を持っている男以外、仮面を付けているプレイヤーを好きに殺して良いぞ」


 アキはダークネスドラゴンの手に触れると、巨大な手はアキの頬を撫でて応えた。
 既にアースイーターを弱らせきっていたエンバードラゴンが、バゴルに攻撃させまいとダークネスドラゴンの前に立ち塞がる。その大きさの差は歴然で、あれだけ強大に思えたエンバードラゴンが子供のように見えた。


 エンバードラゴンがダークネスドラゴンの首筋に噛みついたが、苦しむ様子はない。その代わり首を大きくしならせ、やがて叱りつけるようにエンバードラゴンへと咆哮を轟かせた。
 ダークネスドラゴンはエンバードラゴンの首筋を噛みつき返し、首の力だけで持ち上げて見せる。それから地面へと叩き落とし、四本指を拳にして何度も振り下ろした。


「バ、バゴルさん、これじゃ話が違う……!」


「俺の、ドラゴンが」


 口を開き、呆然としているバゴルを見て仮面の男は狼狽することをやめ、立ち尽くした。その時初めて、自分達がとんでもないものを相手にしている現状を悟った。
 そうしているうちに、エンバードラゴンは圧倒的な力によってねじ伏せられ、遂には力尽き、光る塵となって消えていった。


「さ、散開しつつ撤退ぃい! 標的を分散させろぉ!」


 バゴルの指揮が期待できないと判断した仮面の一味は指示を出し合い、散り散りになっていく。
 黒く輝く翼で空へと羽ばたいたダークネスドラゴンの口からは黒紫の炎が漏れ出している。一度大きく息を吸ってから、黒く揺らめく火炎の球を口から吐き出した。それを上空から散っていくプレイヤー達に的確に命中させていく。地面に触れた火炎球は爆発して消失した。
 それでも逃れようとするプレイヤーには、滑空して近づき爪で切り裂いていく。逃げることなく、腰を抜かしてその場に残っていたプレイヤー達をブラッディタイタンとロックサイクロプスが情け容赦なく叩き潰した。


「バゴル、とか言ったな」


 アキは茫然自失のバゴルへと近づいていく。


「幻の竜使いの名で悪事を働いた罪は重い」


「お前が、本当に……?」


「ダークネスドラゴンは特別な措置がなされていて最近まで使えなかった。いや、使わなくて良かったんだ。あんな話は風化すれば良かった。もう……遅いけどな。
 仮面の一味はこれで全てか? お前がリーダーか?」


「……はっ、さて何の話だか」


「アースイーター、こいつをツルで捕縛してくれ」


 傷だらけのアースイーターはその長く太いツルを伸ばしてバゴルの体に巻きつける。


「締め付けて」


 ツルはバゴルの体をギチギチと音が鳴るまで締めつけた。バゴルの悲痛な叫び声が響き渡る。


「もっと」


 今度は手足にもツルを巻きつけ、肉に食い込むほど締めつけた。


「もっと」


「がぁぁっ……! わ、わかった、話す! 話す!」


「仮面の一味はこれで全員なのか、お前がリーダーなのか、そう聞いてるんだ」


「そうだ、その通りだよ……! 俺がリーダーで、ここには全部隊を集結させた! か、身体中の血管が破裂しそうだ! 早く解放してくれ!」


 アキは微塵も躊躇することなくアースイーターへと指示を出した。


「アースイーター、こいつは食べても良いぞ。不味いだろうけど」


「ま、待て、待てぇえ!」


 締め付けたまま、アースイーターはバゴルを一口で飲み込んだ。その頃には戦場でまともに立っていたプレイヤーはアキ一人のみだった。


「……血管なんか、ないんだよ」


 そう呟くアキの背後に、プレイヤーを殲滅し終えたダークネスドラゴンが舞い降りてくる。鋭利な爪と口の端に血が付着していた。


「終わったか」


 アキの問いに答えるようにして、ダークネスドラゴンは顔をすり寄せてくる。


「そうか、ありがとう。『ダークネスドラゴン』返還」


 ダークネスドラゴンは、現れた歪みへ沈んでいくようにして消えていった。
 アキは遠くから見守っている四人のもとへ、自ら歩いて行けなかった。例の事件に巻き込まれた被害者であるテンマ、カトレアと視線が交わったその瞬間、自責の念が溢れ出てきた。


 今更笑顔を向けて話なんて、できるわけがない。いくら恨み言を重ねられても文句は言えない。俺は謝罪も弁解もせずに事実から逃げ、ディザイアへと潜んでいたのだから……。

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