エタニティオンライン
噎びの夕暮れ
眼前にある刃から血が滴り落ちる。アキはすっかり体が硬直してしまい、動けない。
「悪人風情がぁ!」
ラインハルトの怒号に反応するように、ユウは両手と体に剣が刺さったままでよろりと立ち上がり、ラインハルトを勢いよく蹴り飛ばした。それと同時に、ユウの体からラインハルトが握りしめていたアスカロンが引き抜かれる。
「……うっ、ユウ、どうして」
「僕は、元から狂っていたみたいだ。それを無意識に隠して、隠して……でも結局、ミスガルドさんを初めて刺したあの瞬間から、僕はもう君の知る宗方悠ではなくなってしまった。人の上に立つ快楽、人を殺める興奮、憎い人を弄べる愉悦を忘れられないんだ。そう、大事なことは忘れていたのにね……。
思い出したんだ、アキへの恩返しがまだだってこと。だからせめて最後は普通の人らしく、宗方悠らしく、その恩義に報いたい」
「さ、最後……? 何言ってるんだよ」
「アキ、もう、時間がないんだ」
「何の話だって……!」
「────君は、殺させない」
ユウは真正面からアスカロンを構えたラインハルトの動きをじっくり見つめる。ラインハルトが刺突の体勢に入ったところで、その軌道を見切り、刺突を側転で避けながら地面に落ちていた大太刀を手に取る。
それと同時に大太刀は、ユウの手と胴体から滴る血を啜り始めた。
「テンマさん、ごめんなさい。決闘は出来そうにありません! 優先すべき戦いが出来ました!」
「ふん、つれない奴だ」
ラインハルトはしつこく刺突を繰り返すが、ユウは一つ一つを丁寧に弾いて様子を窺う。
アキはその隙に回復薬を取り出して素早く飲み干す。腹部の傷が徐々に癒え始める。
「……君はリーチを活かした典型的な刺突型かな。それじゃまだ僕には勝てない」
「黙れ妖刀使いがぁ!」
ラインハルトは懐から杖を取り出し、左手に持った。片手による連撃を止めずに、素早くスペルメニューからスペルを選び出した。
「『フレアボム』」
「刺突スペル連携型……! 初めてだ!」
ラインハルトが持つ杖先の空間に小さな魔法陣が描かれた。ユウは敢えて大きく一歩踏み出し、その大太刀で横一線に切り裂く。
首を狙ったその一撃は明らかにラインハルトの意表を突いたものだったが、首を跳ね飛ばすまでには至らない。首を半分まで切られ、鮮血を吹き出したラインハルトだったが、それでも攻撃を止めることはない。
魔法陣から放たれた真紅の光球はユウの元へと浮遊していく。ユウはそれを見つけ、鼻で笑い、大太刀で光球を真っ二つに切り裂いた。
ラインハルトは思わず唖然とする。
「妖刀『羅刹天』。他プレイヤーを斬りつけることが条件で妖刀に成る。
使用者のHP最大値を貪り続ける代わり、攻撃ヒット時にダメージの何パーセントかを吸収。それにステータスの著しい増加と魔封じの効果を得られる。わかったかい?」
「黙れぇぇえ!」
ラインハルトは髪の毛を掻き毟り、がむしゃらに突進してくる。ユウは姿勢を低くし、左足を大きく後ろに下げ、居合いの体勢に入った。
ラインハルトから放たれる顔面を狙った刺突を、首を曲げて躱す。アスカロンにユウの眼鏡が触れ、壊れた。眼鏡は地に向かって落下を始める。
眼鏡が地面に落ちる前に、目にも留まらぬ速度で羅刹天は引き抜かれ、ラインハルトの胴体を二つに切り離した。ユウの横顔に血飛沫が付着する。
「初めから君に勝ち目はない」
「あ……あ、ユリ、カ……ぼく……」
地面に落ちたラインハルトの体が光り輝き、塵となって消えていった。
「一つの武器に固執せず、多角的な戦術をする。楽しかったよ、君との戦いは。ただ、基本的に突くことしか頭にない。君には経験が足りなかったんだ」
ようやく傷が回復したアキは、光る塵を眺めているユウへと歩み寄った。ユウの体にあった傷は修復している。
「ラインハルト……」
「彼もまた、エタニティオンラインによって人生を狂わされた人間というわけだね」
「ありがとう、ユウ。助かった」
「僕の方がアキに何度も助けられていたよ。おかげで最後は普通の人らしく、終わることができそうだ」
アキが『最後』について問いただそうとした時、背後からテンマが歩いてきた。アキとユウは振り返り、身軽なテンマを見つめる。
「私との決闘はまだ終わっていないぞ。アドルフや仲間達の仇を取らなくては」
「……ごめんなさい。やっぱりあなたとの決闘、出来そうにありません」
「どういうことだ?」
「もう時間が、ないんです」
ユウは宙空に指を這わせ、何かを見つめている。メニュー画面だろうか。訝しげに見つめるアキとテンマの様子を見て、ユウは視線を落とした。その先には妖刀が艶やかに煌めいている。
「この刀は様々な恩恵をもたらす代わり、僕のHPの上限をほんの僅かずつ、確実に削っていく」
「つまりそれって────」
「そう、こいつはもうすぐ僕のHPを吸い尽くす。ご丁寧にもこいつの説明文に書かれていたよ。ペナルティタイムは存在せず、一度死亡確定することで強制所有権を破棄する権利を獲得できる」
「その様子では、たとえ物理的に手放していたとしても効果は持続するわけなのだな」
ユウの表情は歪んでいた。目の前にゆっくりと迫ってくる死に、心を嬲られているようだった。
「じきに、僕のHPはなくなる。丁度良いのか悪いのか……。でも、誰かに見送ってもらえるだけマシかな」
「本当に、何も手立てはないのか!」
「暁影、頼みがあるんだ」
「悠……?」
「家族に、よろしく言っておいてほしい」
「待て! まだそんなこと言うべき時じゃない!」
ユウは妖刀を地面に置いた。その頬には涙が伝っている。涙と頬に付着した血が混じる。アキは、本当に時間がないのだと悟った。
「アキとクオンと三人で、クエスト回したかったよ……またフラメルさんのお店で、一緒にココアを飲みたかった。ああ……まだ、死にたく、なかった……」
突然ユウの表情が固まった。まばたき、呼吸が止まり、膝から崩れ落ちる。アキはそれを抱きとめた。翡翠色に光り始めたユウの体から、温度と重さが消えていく。
街は夕暮れに包まれている。静寂の中、アキの咽び泣く声だけが響き渡っていた。
「悪人風情がぁ!」
ラインハルトの怒号に反応するように、ユウは両手と体に剣が刺さったままでよろりと立ち上がり、ラインハルトを勢いよく蹴り飛ばした。それと同時に、ユウの体からラインハルトが握りしめていたアスカロンが引き抜かれる。
「……うっ、ユウ、どうして」
「僕は、元から狂っていたみたいだ。それを無意識に隠して、隠して……でも結局、ミスガルドさんを初めて刺したあの瞬間から、僕はもう君の知る宗方悠ではなくなってしまった。人の上に立つ快楽、人を殺める興奮、憎い人を弄べる愉悦を忘れられないんだ。そう、大事なことは忘れていたのにね……。
思い出したんだ、アキへの恩返しがまだだってこと。だからせめて最後は普通の人らしく、宗方悠らしく、その恩義に報いたい」
「さ、最後……? 何言ってるんだよ」
「アキ、もう、時間がないんだ」
「何の話だって……!」
「────君は、殺させない」
ユウは真正面からアスカロンを構えたラインハルトの動きをじっくり見つめる。ラインハルトが刺突の体勢に入ったところで、その軌道を見切り、刺突を側転で避けながら地面に落ちていた大太刀を手に取る。
それと同時に大太刀は、ユウの手と胴体から滴る血を啜り始めた。
「テンマさん、ごめんなさい。決闘は出来そうにありません! 優先すべき戦いが出来ました!」
「ふん、つれない奴だ」
ラインハルトはしつこく刺突を繰り返すが、ユウは一つ一つを丁寧に弾いて様子を窺う。
アキはその隙に回復薬を取り出して素早く飲み干す。腹部の傷が徐々に癒え始める。
「……君はリーチを活かした典型的な刺突型かな。それじゃまだ僕には勝てない」
「黙れ妖刀使いがぁ!」
ラインハルトは懐から杖を取り出し、左手に持った。片手による連撃を止めずに、素早くスペルメニューからスペルを選び出した。
「『フレアボム』」
「刺突スペル連携型……! 初めてだ!」
ラインハルトが持つ杖先の空間に小さな魔法陣が描かれた。ユウは敢えて大きく一歩踏み出し、その大太刀で横一線に切り裂く。
首を狙ったその一撃は明らかにラインハルトの意表を突いたものだったが、首を跳ね飛ばすまでには至らない。首を半分まで切られ、鮮血を吹き出したラインハルトだったが、それでも攻撃を止めることはない。
魔法陣から放たれた真紅の光球はユウの元へと浮遊していく。ユウはそれを見つけ、鼻で笑い、大太刀で光球を真っ二つに切り裂いた。
ラインハルトは思わず唖然とする。
「妖刀『羅刹天』。他プレイヤーを斬りつけることが条件で妖刀に成る。
使用者のHP最大値を貪り続ける代わり、攻撃ヒット時にダメージの何パーセントかを吸収。それにステータスの著しい増加と魔封じの効果を得られる。わかったかい?」
「黙れぇぇえ!」
ラインハルトは髪の毛を掻き毟り、がむしゃらに突進してくる。ユウは姿勢を低くし、左足を大きく後ろに下げ、居合いの体勢に入った。
ラインハルトから放たれる顔面を狙った刺突を、首を曲げて躱す。アスカロンにユウの眼鏡が触れ、壊れた。眼鏡は地に向かって落下を始める。
眼鏡が地面に落ちる前に、目にも留まらぬ速度で羅刹天は引き抜かれ、ラインハルトの胴体を二つに切り離した。ユウの横顔に血飛沫が付着する。
「初めから君に勝ち目はない」
「あ……あ、ユリ、カ……ぼく……」
地面に落ちたラインハルトの体が光り輝き、塵となって消えていった。
「一つの武器に固執せず、多角的な戦術をする。楽しかったよ、君との戦いは。ただ、基本的に突くことしか頭にない。君には経験が足りなかったんだ」
ようやく傷が回復したアキは、光る塵を眺めているユウへと歩み寄った。ユウの体にあった傷は修復している。
「ラインハルト……」
「彼もまた、エタニティオンラインによって人生を狂わされた人間というわけだね」
「ありがとう、ユウ。助かった」
「僕の方がアキに何度も助けられていたよ。おかげで最後は普通の人らしく、終わることができそうだ」
アキが『最後』について問いただそうとした時、背後からテンマが歩いてきた。アキとユウは振り返り、身軽なテンマを見つめる。
「私との決闘はまだ終わっていないぞ。アドルフや仲間達の仇を取らなくては」
「……ごめんなさい。やっぱりあなたとの決闘、出来そうにありません」
「どういうことだ?」
「もう時間が、ないんです」
ユウは宙空に指を這わせ、何かを見つめている。メニュー画面だろうか。訝しげに見つめるアキとテンマの様子を見て、ユウは視線を落とした。その先には妖刀が艶やかに煌めいている。
「この刀は様々な恩恵をもたらす代わり、僕のHPの上限をほんの僅かずつ、確実に削っていく」
「つまりそれって────」
「そう、こいつはもうすぐ僕のHPを吸い尽くす。ご丁寧にもこいつの説明文に書かれていたよ。ペナルティタイムは存在せず、一度死亡確定することで強制所有権を破棄する権利を獲得できる」
「その様子では、たとえ物理的に手放していたとしても効果は持続するわけなのだな」
ユウの表情は歪んでいた。目の前にゆっくりと迫ってくる死に、心を嬲られているようだった。
「じきに、僕のHPはなくなる。丁度良いのか悪いのか……。でも、誰かに見送ってもらえるだけマシかな」
「本当に、何も手立てはないのか!」
「暁影、頼みがあるんだ」
「悠……?」
「家族に、よろしく言っておいてほしい」
「待て! まだそんなこと言うべき時じゃない!」
ユウは妖刀を地面に置いた。その頬には涙が伝っている。涙と頬に付着した血が混じる。アキは、本当に時間がないのだと悟った。
「アキとクオンと三人で、クエスト回したかったよ……またフラメルさんのお店で、一緒にココアを飲みたかった。ああ……まだ、死にたく、なかった……」
突然ユウの表情が固まった。まばたき、呼吸が止まり、膝から崩れ落ちる。アキはそれを抱きとめた。翡翠色に光り始めたユウの体から、温度と重さが消えていく。
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