エタニティオンライン
恩義
ユウは面白がるようにテンマへ目を見張った。そして自らもスキルメニューからスキルを選び出す。
「約束は守らないと。『パワーブースト』『リジェネレーション』」
全身が燃え盛るような緋色のオーラに包まれ、右手首に古代語のような文字の輪が浮かび上がる。
「筋力向上と自動回復。少し見ぬ間に積極的な戦闘スタイルになったな、ユウ」
「勝つためですよ。勝利者は征服者となり全ての権力を握る。僕は色んなプレイヤーに勝ってきた。勝ったから好きなことができるようになった。嫌いな奴も殺せた。
戦いは楽しい。だからまた戦い、勝って、征服し、強くなる。繰り返し、繰り返す」
「殺戮の果てに何が残るというのだ。何の意味がある!」
「ゲームとは何も残すことのない娯楽です。みんな理解していることでしょう?」
テンマの問いに、ユウは心底不思議そうな表情で首を傾げて答える。拳を固く握り締めたテンマは、数秒間俯き、やがてユウを再び睨みつけた。
アキは固唾を飲んで成り行きを見守り、その横のラインハルトはユウへの嫌悪感を露わにしている。
「……今のお前は悲しみしか生まない。その鎖から解き放ってやる!」
「強い者こそ支配者になる。僕は強くなった。だからもう落ちこぼれなんて、言わせないっ!」
二人同時に踏み出した。五メートルほどの距離を一気に詰め、刃を交える。力は互角だった。テンマはそれを悟り、背後へと跳躍する。それを見逃さなかったユウは、もう一歩踏み込んでその血の刃を持つ大太刀を振りかぶった。
その動作の直前に、テンマは自身とユウの背後に発生させていた。そのワームホールに飛び込み、血の刃をすんでのところで回避する。
テンマがユウの背後に発生させていたワームホールから現れ、『バルムンク』で刺突の体勢に入った。
「後ろですか」
「なにっ……」
姿すら見ずに、ユウは体を反転させながら大太刀で背後の空間を横になぎ払う。テンマは大剣の腹でそれを受け止めた。
想定外の動きに焦りを隠しきれない。
「読まれた、完全に……?」
「ネタばらしはまた後でしますよ」
ユウは話しながら、刀の刃の向きを変えて足払いを狙う。刃が石畳みの地面に弾かれる。跳躍して斬撃を逃れたテンマだったが、刃の向きが変わった大太刀が真下から襲いかかる。
テンマは跳躍している自身の真下と、ユウの足下にワームホールを発生させる。大太刀の斬撃は歪みに飲み込まれ、ユウの足下に現れた。しかし、先を読んでいたようにユウは体の位置をずらしてそれを避けた。
着地したテンマは前方と、ユウの頭上に一メートルほどのワームホールを出現させ、バルムンクで縦方向へと斬りおろす。
ユウはまたも先を読んで、ワームホールを視認してから刀を上に向け、バルムンクを弾いた。
「ワームホール。それは戦闘自由度を何十倍にも跳ね上げる魅力的な技です。覚醒したノーマッドのステータスボーナスにそんな技を加えては、最強になるのは最早必然。そんなものにどうやれば太刀打ちできるのか」
「ネタばらしか?」
「そんな技ですら関係なくなるほどの圧倒的な力か、ワームホールへの絶対的な対策。僕は知っていましたよ。テンマさんがワームホールを作り出した日から、その弱点をね」
テンマは再び歪みに斬撃を放り込む。ユウは表情一つ変えず、背後に大太刀を立て防御して見せた。
「『音』です。あなたが通れば衣類や肌の擦れる音。刃が通れば空気を切り裂く音。そして、ワームホールが発生したときに鳴る静電気のような微弱な音。こんなにも音のない街では特に、聞こえています。
あなたは精密過ぎるエタオンのシステムに助けられ、邪魔されているということです」
「……そういうことか」
ユウは戦闘に関してよく研究していた。初心者の教育をするためには、戦闘の基礎をその身に叩き込み、相手が前衛職であれば特に、その基礎をわかりやすく教えてやる必要がある。
対モンスター戦はもちろん、対人戦、一つ一つの武器やスキル、スペルへの対策までも、必ず一つ以上は考えていた。テンマのような大剣は当てやすいが当てられやすくもある。力が同等であったなら自身の武器で弾く、防御するという方法が得策。力が劣るなら大剣の振りの遅さをよく見て隙をつく……そんな策までも頭に入っていた。
「ワームホールは入り口と出口が出現して初めて繋がります。出現する順番は同時でなく、入り口から出口の順。この間一秒ほど。自身の視界の中に出口がなければあとは音で判断するだけで、十分誰にでも対処することができます」
「それがその余裕を作り出しているのか」
「エタオン最強のプレイヤーの弱点を、僕は知っている。これほど自信になるものはありませんよ」
「────はたして最強は本当に私かな」
「……なに?」
ユウから余裕の笑みが失われたその時、アキとラインハルトのいる支部とは逆側の道からとあるプレイヤーが駆けてきた。ユウはそれを見てつい素の表情が出た。
「ユ、ユウさぁぁん!」
「キュータ君……!」
ユウからエタニティオンラインの基礎を教わり、一行商人としてアビスを拠点にしているプレイヤー、キュータが街角からユウへと声援を送った。その横にはプチエンジェルとプチゴーレムがひょっこりと顔出している。
「偶然見つけたんで、つい来ちゃいました。ユウさん達が何を理由に戦っているかはわかりません。何もわかっちゃいませんけど、俺はユウさんを、恩人を応援します! ユウさん、頑張れ! 負けるなー!」
その声援を聞いていたラインハルトはジロリとキュータを睨んだ。
「奴の仲間か……」
「待てラインハルト! キュータ君はユウの変化を知らないんだ、ただのケンカか何かと勘違いしてるんだよ!」
「それでも今後ユウとやらに影響される可能性は看過できませんよ、アキさん」
ラインハルトはキュータへ向かって駆け出した。その右手は背負っている『アスカロン』の柄を固く握り締めている。
「クソッ、行かせるわけには!『絶対服従の糸』」
アキが左の掌を突き出すと、そこから無数の糸が勢いよく前方へと射出された。しかし、ラインハルトはまるでその行動を読んでいたように、進路を直角に曲げて糸を避け、更にアキの方へと走りながら戻ってくる。
「やっぱりお前も奴の仲間だったなぁぁああっ!」
ラインハルトは細長いアスカロンを高速で突き出した。その不意打ちに一撃目はなんとか体を逸らして躱せたアキだったが、二撃目は躱しきれなかった。
「ぐぁあ……!」
腹部に激痛が走る。確認すると、アスカロンが鳩尾から背中にかけて自身の体を貫いている。ラインハルトは唸り声を上げながら、アキを蹴り飛ばしてアスカロンを引き抜いた。仰向けに横たわるアキを見たユウが、絶叫する。
「暁影ぇぇえっ!」
ああ、遠くからユウの声が聞こえてくる。ダメだ、痛みにはいつまで経っても慣れないや。起き上がろうとしても、腹が痛くて痛くて、ダメなんだ。
酷いなあ……。俺、一回助けてあげたのに。それすらも忘れてしまうくらい、ショックだったんだろうな。悪が憎くて仕方ないんだろうな。
「アキさん、あなたも許すわけにはいかなくなった。悪の味方もまた悪。エタオンから全ての悪を消し去るために────さようなら」
焦点が定まらずにボヤける視界の中、アスカロンが振り上げられたことだけが認識出来た。途端に視界が暗くなり、肉を貫く音が再び耳に響く。しかしもう体に痛みはない。
死んだか。死ぬのはこういう感じなのか。そう思っていたが、不思議と手足の感覚は残っていた。数回瞬きして焦点を合わせると、目の前に何者かの背中が見えた。
「だ、大丈夫、アキ……」
「ユウ……?」
ユウは妖刀を投げ捨てた両手を突き出し、その両手と体でアキへの攻撃を防いでいた。アスカロンの切っ先はアキの顔より数センチのところで届かず、ユウの背中の肉からはみ出ていた。
「約束は守らないと。『パワーブースト』『リジェネレーション』」
全身が燃え盛るような緋色のオーラに包まれ、右手首に古代語のような文字の輪が浮かび上がる。
「筋力向上と自動回復。少し見ぬ間に積極的な戦闘スタイルになったな、ユウ」
「勝つためですよ。勝利者は征服者となり全ての権力を握る。僕は色んなプレイヤーに勝ってきた。勝ったから好きなことができるようになった。嫌いな奴も殺せた。
戦いは楽しい。だからまた戦い、勝って、征服し、強くなる。繰り返し、繰り返す」
「殺戮の果てに何が残るというのだ。何の意味がある!」
「ゲームとは何も残すことのない娯楽です。みんな理解していることでしょう?」
テンマの問いに、ユウは心底不思議そうな表情で首を傾げて答える。拳を固く握り締めたテンマは、数秒間俯き、やがてユウを再び睨みつけた。
アキは固唾を飲んで成り行きを見守り、その横のラインハルトはユウへの嫌悪感を露わにしている。
「……今のお前は悲しみしか生まない。その鎖から解き放ってやる!」
「強い者こそ支配者になる。僕は強くなった。だからもう落ちこぼれなんて、言わせないっ!」
二人同時に踏み出した。五メートルほどの距離を一気に詰め、刃を交える。力は互角だった。テンマはそれを悟り、背後へと跳躍する。それを見逃さなかったユウは、もう一歩踏み込んでその血の刃を持つ大太刀を振りかぶった。
その動作の直前に、テンマは自身とユウの背後に発生させていた。そのワームホールに飛び込み、血の刃をすんでのところで回避する。
テンマがユウの背後に発生させていたワームホールから現れ、『バルムンク』で刺突の体勢に入った。
「後ろですか」
「なにっ……」
姿すら見ずに、ユウは体を反転させながら大太刀で背後の空間を横になぎ払う。テンマは大剣の腹でそれを受け止めた。
想定外の動きに焦りを隠しきれない。
「読まれた、完全に……?」
「ネタばらしはまた後でしますよ」
ユウは話しながら、刀の刃の向きを変えて足払いを狙う。刃が石畳みの地面に弾かれる。跳躍して斬撃を逃れたテンマだったが、刃の向きが変わった大太刀が真下から襲いかかる。
テンマは跳躍している自身の真下と、ユウの足下にワームホールを発生させる。大太刀の斬撃は歪みに飲み込まれ、ユウの足下に現れた。しかし、先を読んでいたようにユウは体の位置をずらしてそれを避けた。
着地したテンマは前方と、ユウの頭上に一メートルほどのワームホールを出現させ、バルムンクで縦方向へと斬りおろす。
ユウはまたも先を読んで、ワームホールを視認してから刀を上に向け、バルムンクを弾いた。
「ワームホール。それは戦闘自由度を何十倍にも跳ね上げる魅力的な技です。覚醒したノーマッドのステータスボーナスにそんな技を加えては、最強になるのは最早必然。そんなものにどうやれば太刀打ちできるのか」
「ネタばらしか?」
「そんな技ですら関係なくなるほどの圧倒的な力か、ワームホールへの絶対的な対策。僕は知っていましたよ。テンマさんがワームホールを作り出した日から、その弱点をね」
テンマは再び歪みに斬撃を放り込む。ユウは表情一つ変えず、背後に大太刀を立て防御して見せた。
「『音』です。あなたが通れば衣類や肌の擦れる音。刃が通れば空気を切り裂く音。そして、ワームホールが発生したときに鳴る静電気のような微弱な音。こんなにも音のない街では特に、聞こえています。
あなたは精密過ぎるエタオンのシステムに助けられ、邪魔されているということです」
「……そういうことか」
ユウは戦闘に関してよく研究していた。初心者の教育をするためには、戦闘の基礎をその身に叩き込み、相手が前衛職であれば特に、その基礎をわかりやすく教えてやる必要がある。
対モンスター戦はもちろん、対人戦、一つ一つの武器やスキル、スペルへの対策までも、必ず一つ以上は考えていた。テンマのような大剣は当てやすいが当てられやすくもある。力が同等であったなら自身の武器で弾く、防御するという方法が得策。力が劣るなら大剣の振りの遅さをよく見て隙をつく……そんな策までも頭に入っていた。
「ワームホールは入り口と出口が出現して初めて繋がります。出現する順番は同時でなく、入り口から出口の順。この間一秒ほど。自身の視界の中に出口がなければあとは音で判断するだけで、十分誰にでも対処することができます」
「それがその余裕を作り出しているのか」
「エタオン最強のプレイヤーの弱点を、僕は知っている。これほど自信になるものはありませんよ」
「────はたして最強は本当に私かな」
「……なに?」
ユウから余裕の笑みが失われたその時、アキとラインハルトのいる支部とは逆側の道からとあるプレイヤーが駆けてきた。ユウはそれを見てつい素の表情が出た。
「ユ、ユウさぁぁん!」
「キュータ君……!」
ユウからエタニティオンラインの基礎を教わり、一行商人としてアビスを拠点にしているプレイヤー、キュータが街角からユウへと声援を送った。その横にはプチエンジェルとプチゴーレムがひょっこりと顔出している。
「偶然見つけたんで、つい来ちゃいました。ユウさん達が何を理由に戦っているかはわかりません。何もわかっちゃいませんけど、俺はユウさんを、恩人を応援します! ユウさん、頑張れ! 負けるなー!」
その声援を聞いていたラインハルトはジロリとキュータを睨んだ。
「奴の仲間か……」
「待てラインハルト! キュータ君はユウの変化を知らないんだ、ただのケンカか何かと勘違いしてるんだよ!」
「それでも今後ユウとやらに影響される可能性は看過できませんよ、アキさん」
ラインハルトはキュータへ向かって駆け出した。その右手は背負っている『アスカロン』の柄を固く握り締めている。
「クソッ、行かせるわけには!『絶対服従の糸』」
アキが左の掌を突き出すと、そこから無数の糸が勢いよく前方へと射出された。しかし、ラインハルトはまるでその行動を読んでいたように、進路を直角に曲げて糸を避け、更にアキの方へと走りながら戻ってくる。
「やっぱりお前も奴の仲間だったなぁぁああっ!」
ラインハルトは細長いアスカロンを高速で突き出した。その不意打ちに一撃目はなんとか体を逸らして躱せたアキだったが、二撃目は躱しきれなかった。
「ぐぁあ……!」
腹部に激痛が走る。確認すると、アスカロンが鳩尾から背中にかけて自身の体を貫いている。ラインハルトは唸り声を上げながら、アキを蹴り飛ばしてアスカロンを引き抜いた。仰向けに横たわるアキを見たユウが、絶叫する。
「暁影ぇぇえっ!」
ああ、遠くからユウの声が聞こえてくる。ダメだ、痛みにはいつまで経っても慣れないや。起き上がろうとしても、腹が痛くて痛くて、ダメなんだ。
酷いなあ……。俺、一回助けてあげたのに。それすらも忘れてしまうくらい、ショックだったんだろうな。悪が憎くて仕方ないんだろうな。
「アキさん、あなたも許すわけにはいかなくなった。悪の味方もまた悪。エタオンから全ての悪を消し去るために────さようなら」
焦点が定まらずにボヤける視界の中、アスカロンが振り上げられたことだけが認識出来た。途端に視界が暗くなり、肉を貫く音が再び耳に響く。しかしもう体に痛みはない。
死んだか。死ぬのはこういう感じなのか。そう思っていたが、不思議と手足の感覚は残っていた。数回瞬きして焦点を合わせると、目の前に何者かの背中が見えた。
「だ、大丈夫、アキ……」
「ユウ……?」
ユウは妖刀を投げ捨てた両手を突き出し、その両手と体でアキへの攻撃を防いでいた。アスカロンの切っ先はアキの顔より数センチのところで届かず、ユウの背中の肉からはみ出ていた。
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