エタニティオンライン

足立韋護

安穏の村

 ホワイトタイガー撃退が気晴らしになるとは、思ってもみなかった。事件以降のエタニティオンラインは命を第一優先にするため、無理な戦いは出来ない。堅実に確実に倒す。もはやそれは作業化していた。
 そんな下書きのみのキャンパスのような、無色のつまらないものにクオンが極彩色の色付けをしてくれる。思えばエタニティオンラインではいつもそうだった。素直で純粋、有言実行の直情型。わがままなところが玉に瑕だが、それもアキにとっては可愛らしく思えた。
────いつの間にか、いつもクオンが心の隅にいるのが当然になっていた。
 

 ホワイトタイガーを倒してからも幾度かモンスターに出くわした。テンマとの連携もとれてきたことで、流れるように倒していけるようになっていく。
 道中、ヴァルカンへ向かう男性プレイヤーに出会った。男によると、この先にある村の向こう側で仮面を付けた一団を見かけたらしい。村に潜伏しているわけではなさそうだった。そのプレイヤーに別れを告げて歩き出した。
 

「ねえねえ、この先ってどんなとこだったっけ」
 

「『安楽の街道』から『ローニャの村』へ至る。しばらく中級者向けのフィールドが続くのだ。さすがの私も久しく来ていなかった」
 

「『ローニャの村』から来たプレイヤーから、シンは仮面の奴らの目撃情報を得たわけだな。でも逃げた日から計算するとだいぶ遅いな。村にしばらく滞在してた……? 週に一度しか店が開かないような辺境の村に、何の用なんだろう」
 

 やがて『深淵の樹海』を抜けると荒野から一変、ローニャ街道は一面青々しく繁る草原地帯だった。心地よい風が草花を揺らしている。自然豊かで肥えた土であることが窺える。その道の先には三角屋根でレンガ造りの家々が立ち並んでいた。
 

「お、墓人草ぼじんそうだ!」
 

 アキは街道の外れた位置に生えていた一際艶やかな草を、嬉しそうにひょいと引っこ抜いてきた。根が異様に多く、幾多にも分かれている。気味悪そうに間を空けて眺めるクオンに見せびらかしてからアイテムチェストへしまった。
 

「なにそれアキ」
 

「死体を埋めた場所に生えるって設定の、解毒薬の材料だよ。死体に残った栄養を吸って成長するからこんな艶があるんだとさ」
 

「げげ。なんか嫌だねそれ」
 

「うむ、エタニティオンラインの設定は意外と不気味なものがあるのだ。ローニャの村の商人NPCが週に一度しか店を開かないというのだって、旅人を殺して身ぐるみを剥いでいるためだとか。あそこに不自然に墓人草が生えていたのも、そこに繋がってくる」
 

「うぇ。もういいです……」
 

 そうこう話しているうちに三人はローニャの村の入り口へたどり着いた。NPCが数人ほど村の中を歩いている程度で、プレイヤーの姿は見えない。テンマは鋭い視線を村中に向けている。
 

「一つ一つの家々を見て回る。一同散開」
 

 クオンはあからさまに首をかしげていたが、アキはなんとなく察していた。仮面の一味が村に居座っていたとなれば、このひと気のなさは何かあったと考えるのが妥当だ。
 三人は村の中を散り散りになって家を見て回った。やはりNPCの店は閉じている。
建物自体が多いというわけではなかったが、家は大体が二階建ての一戸建てのため、一つの家を見て回るのになかなか苦労した。それに加えて建物はNPCが所持している場合がほとんどなので、言い訳を考えない限り進路妨害をしてくる。
 アキが一、二軒回ったところで遠くからテンマの声が響いてきた。
 

「こっちだ!」
 

 アキとクオンが合流して赤い屋根の二階建ての家へ入ると、玄関先にプレイヤーと思われる二十人もの人々が鎖で拘束され白目がちになりながら気が狂ったように苦しんでいる。
 

「これは……!」
 

 テンマが試しに一人抱きを起こすと、その瞬間に悲痛な叫び声が部屋にこだまする。
 

「毒だ。アキ!」
 

「その前にHPが尽きちゃ意味がない! まずは回復薬を飲ませよう。さっきたんまりと買っておいて良かった!」
 

 アキはアイテムチェストから回復薬を大量に取り出し、テンマとクオンに手渡した。回復薬を飲み込むたびに痛みが走るらしく、両手に拳を作って必死に堪えていた。続いて解毒薬を取り出すが、解毒薬は補充しておらず五つしかなかった。
 

「二人とも、解毒薬が足りないんだけど持ってる?」
 

「自分とアキの分の二つしかないやぁ」
 

「すまん、私は一つしか持っていない」
 

 エタニティオンラインは毒状態に陥る状況はあまりなく、プレイヤーが自分やパーティーの分しか常備していないことは当たり前だった。
 結局、合計八つしか集まらず、このまま放っておけば残り十二人のプレイヤーが苦しみ続けることになってしまう。
 

「ひとまずこの八つを使って、この人たちからアイテムを貰おう」
 

 解毒薬を飲ませると、今まで苦しんでいたことが嘘のように表情が穏やかになっていき、呼吸も整っていく。
 

「突然で悪いのだが、解毒薬は持っていないか」
 

 毒から回復したプレイヤー達に問うが一人として首を縦に振ることはなかった。話を聞くと、仮面の集団に襲撃されてアイテムと有り金をすべて出し、その上で現在の状態にさせられてしまったらしかった。解毒薬どころか回復薬の一つもないと、誰もが口をそろえて説明した。
 

「材料は……アルケミストはいないのか!」
 

 テンマのその質問には、誰一人答えようとはしなかった。アルケミストを好んでやろうとするプレイヤーなど滅多にいない。答えずともわかるだろう、といった反応だ。
 NPCの店からアイテムを供給できず、助けも期待できない状況だったが、アキはいまだに諦めてなどいなかった。
 



「……わかった。薬は全部俺が作る!」



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