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足立韋護

ログアウトホール前にて

 テンマは坂を下っていき、アキはそれを必死に追いかけた。まだ自分が必要なのかすらわからなかったが、何かしら考えがあると信じてひたすら足を動かす。
 やがて辿り着いたのは、坂の上から見えていたログアウトホールのある広場だった。いつも賑わっていた広場にひと気はなく、がらんとしている。


「では相談した通り、二人でログアウトホールに入るぞ。いや何も言うな、ログアウトできるか不安なのだろう。今更何も言うなよ」


 いきなり何を言い出したんだと吹き出しそうになったが、テンマの表情は普段通りだ。『何も言うな』とテンマはしきりに言っていた。アキはひとまず黙りこくる。


「大丈夫だ、私に全て任せろ」


 テンマがログアウトホールへ歩き出そうとしたその時、何かがテンマの足元の地面に突き刺さった。
 テンマはやはりといった様子で、投擲された剣を地面から抜き取る。


「片手で扱えるような軽い剣を投げる。斬新な戦術だ。さすがは選ばれし刺客といったところか」


「刺客……?」


 建物の影から出てきたのは、荒野でテントを張っていた三人組のうちのチータスとタナトスだった。リーダー格であったムラタはそこにいない。


「お、お前達……どうして!」


 二人の表情は真剣そのもの。テンマに視線を向けてから、動揺するアキを睨みつけ、一言「ここから立ち去れ」とタナトスが言い放った。


「断る。私達はこれからログアウトする。私とアキは恋人同士なのだから、早く現実世界へ帰りたいのだ」


 『何も言うな』というテンマの言いつけを守り、アキは勘違いを晴らしたい気持ちを押し殺して見守った。
 ログアウトするという言葉にチータスとタナトスの二人は過剰に反応した。


「ログアウト、するの……?」


「最後通告だ、アキ。君がもし少しでも戦いを避けたいと思うのなら、今すぐに考え直すんだ!」


 戦いたくない。戦いたくないけど、テンマには必ず考えがあるはずなんだ。俺はそれを確かめたい。


「なら仕方ない……力ずくでも止めさせてもらう!」


 太陽が沈み、周囲は一層暗さを増していく。
 チータスが大きな盾と槍、タナトスがプリーストが使う先端に宝玉の付いた杖を構えながら、アキ達のもとへと突撃してくる。


「アキ、お前は攻撃するな。逃げ続けろ」


「……わかった!」


 アキはテンマの背後で待機した。一応鞭を構え、スキルメニューも出力しておく。二人の攻撃はテンマに集中した。


「『ナイトブレイブ』『スピードランサー』」


 チータスの両拳が紅く煌き、鉄製の槍が目にも留まらぬ速さでテンマへ向かっていく。


「今日の私は本気だぞ」


 槍は歪みの中へと飲み込まれていった、途端チータスの体がくの字に曲がる。腹部から背部へと自らの槍が突き刺さっていた。そこへ間髪入れずにテンマが上段蹴りを放った。それはチータスの側頭部に直撃し、チータスはログアウトホールの中へと飛ばされる。


「そん……な」


 チータスがログアウトホールに飲み込まれた姿を見て、タナトスの表情がより一層険しくなる。


「チータス! くそ……!」


 一人となったタナトスは、半ばやけくそ気味にテンマへと杖を振りかざした。片手でそれを掴んだテンマは、ぐいとタナトスへ顔を近づけた。


「お前はなぜログアウトしない。殺されるのが嫌ならばログアウトしてしまえば良いだろう?」


「……仲間が一人、人質にされてるんだ。奴に言われた。『既に大勢の人間がログアウトした。それは見逃してやるから、今後ログアウトホールが閉じるまで騎士団の関係者を誰一人通すな』ってさ。逃げたら人質を、ムラタを殺すって……!」


 理性的だったタナトスは、力なくその場にへたり込んだ。俯いたまま地面を乱暴に殴った。


「俺に、エタオン最強のあんたを止められる力があれば、ムラタを助けることが出来た……。頼むから、ログアウトしないでくれないか。頼む、頼むよ……!」


 テンマは満足そうな顔をしている。どうやら、目的は達成したようだった。


「そう悲観するな。私、そしてアキはまだ当分ログアウトするつもりはない」


「な、なんだって!?」


「ここは天馬騎士団が責任を持って守る。安心しろ」


 タナトスの顔に一筋の希望が見えた。
 刹那、屋根の上から何者かが落下し、タナトスの背中をその刃の薄い大剣で突き刺した。まるで槍のような大剣は間違いなく『アスカロン』であった。鮮血がアスカロンの薄い刃を伝い、地面に流れていく。


 タナトスの背後に立っているのは、ひどく冷たい表情をしているラインハルトだった。


「ラインハルト……!」


「アキ、テンマさん、この人は悪い人でしょう。悪い人は全員、潰さなくちゃ」


 タナトスの頭頂部を手で掴み、腰に携えていた模範の杖をタナトスの後頭部へ突きつける。アキの背筋がひやりと冷たくなった。ラインハルトは冗談を言っている風ではない。先程と目の色は全く変わっていなかった。


「やめるんだラインハルト!」


「貴様、気でも触れたか! そんなことをすればどうなるか、わかっているのだろう!」


「『フレアボム』」


 杖の先に描かれた手のひらほどの赤い魔法陣から、真紅に輝く小さな光球が出現した。それは浮遊しながら、危険を察知してもがき始めるタナトスの後頭部へ触れた。
 視界が一瞬白い光に包まる。絶大な爆音に耳の感覚が麻痺した。やがて閃光が収まったあとの煙舞う中に、血の臭いが混ざっていることをアキは察知した。


「タナトス? ラインハルト?」


 じきに煙が晴れ、視界が良くなるとアキの足先にまで血が流れて来ていた。
 横たわっている首から上のないタナトスの死体。その場に立ち尽くす右腕を失ったラインハルト。アキとテンマは生唾を飲み込みながらラインハルトの次の行動に注目する。
 ラインハルトが回復薬を二つごくりと飲み干すと、爆発によって消し飛んだ腕が生えるようにして元に戻っていく。


「僕はまだ、ログアウトしないつもりです。悪人を根絶やしにするまではね。あなた方が悪に染まらないことを祈っています。では」


 再生した右手の開閉の動作を確認しながら、ラインハルトは血濡れた大剣を携えて街角へ消えていった。剣先からはいまだに血が滴っている。


「ラインハルト……」


 鉄の臭いと徐々に暗くなる街角が、アキの心を締めつけた。

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