エタニティオンライン

足立韋護

慟哭のラインハルト

 ひどく乱れた走り方をしているラインハルトの視界には、うつ伏せとなっているユリカしか入っていなかった。
 あと六歩、五歩……と差し掛かったところで、倒れていたプレイヤーの腕にラインハルトの足が引っかかった。足元の狂ったラインハルトは顔面から床に大きく倒れる。


「い、っつぅ……!」


 床から見えたユリカの顔面は、ひどく傷ついていた。じたばたとしながらも四つん這いになったラインハルトは、復活薬の蓋を開けつつ、なおもユリカのもとへ進む。


「死ぬな、死ぬな!」


 その時、復活薬の与えることのできなかったプレイヤー達が次々に輝きながら霧散し始める。それが無情にも、ペナルティタイムの終了を告げていた。
 あと一歩、半歩のところまで近づいていたラインハルトは目一杯手を伸ばした。


「届いてくれぇぇ!」


 瓶から放たれた復活薬の橙色の液体は────────届くことなく床へと落ちた。


 ユリカの体が徐々に光り輝き、塵となって散っていった。


「あ、あ────あぁぁあああっ!!」


 部屋中にこだまする慟哭にアキは顔を背ける。


────しばらくその場に座り込んでいたアキとラインハルト、そして復活したプレイヤー達のところへ、他の仲間達が駆けつけてきた。


「玄武、ラインハルト君!」


 シンとカグネ、白虎の体にいくつか戦った跡が見られた。他の道もアキ達の道と同様だったようだ。
 駆け寄ってきた三人に、空のフラスコを手のひらで弄ぶアキは呟いた。


「助けきれなかったよ」


「我々もだ……。ユリカさんは、ダメだったようだね」


「あと一秒早く動けていれば、助けられた命だった」


 乱暴にフラスコを床に投げつけたアキは、悔し涙を頬に伝わらせる。白虎が兜を取り、アキの肩に手を優しく置いた。


「助けることができた命もある」


 アキは一度白虎を見上げてから、白虎の向いているほうへ顔を向けた。そこには、互いの無事を祝福するプレイヤー達が身を寄せ合っていた。中には恋人同士だったであろう男女が抱擁している。
 目の前に立つ白虎が手を差し伸べてきた。


「玄武……いや、アキ。怯んだって屈したっていい。それでも立ち上がって前を向くんだ」


 涙を拭ったアキはその手を掴んで、立ち上がった。


「……そうだな。白虎の言う通りだ」


 兜を再び被った白虎は、いつもの低い声で「……受け売りだがな」と付け加えた。


「ちょっと良いかな」


 シンが申し訳なさそうにアキと白虎の間に手を差し込んできた。二人は振り向く。


「今、報告があった。三大都市それぞれにログアウトホールが発生。更に運営から、現在開いているログアウトホールが開いたという告知もされたようだよ」


「事件は解決したのか……?」


「それは早計だ。まだ私達の任意でログアウトホールを出すことができない。恐らく、犯人が何らかの目的で開いているというのが妥当だろう」


 永遠にこの世界で恋人と過ごす。西倉修の目的がそれだけなら、わざわざ俺達を巻き込む必要はない。この世界に残すプレイヤーを『協力者』が選別してる?
 NPCを人間らしくし、出血表現を有りにしたのは現実世界との差を縮めようとしたから。でも恋人とのみ語らいたいのなら、そんな機能、必要なのか?
 ダメだ、ますますわからなくなった。


「ならひとまず街へ戻らなくちゃいけないな……」


 シンを主導に、被害者のプレイヤー達を街へと連れて行った。天馬騎士団の鎧を見て、信用する気になったようだった。
 あの館にいた仮面のプレイヤー達を追うコボルトとプチベビーワイバーンはいまだ帰らない。
 白虎に連れられているラインハルトは、力なく呆然としつつもその拳を固く握りしめていた。


 再び街へ帰ったところで、背後から声をかけられた。


「アキ……アキなの?」


 振り返った瞬間、身体中に衝撃が伝わった。クオンが突撃するように抱きついてきたのだ。


「アキィ~! 心配させて、もう!」


「ごめんな。ちゃんとこの通り、生きてるから」


「メール見てようやく知ったんだよ! もう本当に、どうしようかと思ったんだよ!」


 嬉々としている懐かしい顔は、アキの心を不思議と癒した。事情を説明しつつ、シン達の後について行く。クオンももちろん、同行することになった。
 ログアウトホールが開いているにしろ、まずはヴァルカン支部にて現状を整理することが先決だ。


 被害者達を寝床に案内してから、アキ達は円卓の部屋に集結した。
 一人一人ひんやりとした椅子に座ったが、カグネだけは頑なにシンのそばから離れようとしない。
 いざ会議を始めようとした矢先、部屋の扉が開け放たれた。


「うむ、揃っているな」


「テンマ!」


 その自信に満ちた立ち振る舞い、濃紺の鎧、長い茶毛ときつい印象の半目。扉の前に立つ女は紛れもなく、テンマその人であった。

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