エタニティオンライン
巨人と鉄人
山岳都市ヴァルカンを抱くスルト火山。その山は風巻の山脈の岩肌よりずいぶん茶黒く、ヴァルカンはそのスルト火山の麓から中腹にかけて形成されている都市である。面積はディザイアとアビスの中間ほどで、有用な鉱石が火山から採取出来ることから、特にブラックスミス達に好かれている。
周囲のフィールドやダンジョンが中級以上のもののみであるため、基本的に中級者から上級者にしか縁のない都市でもある。
そんなスルト火山とヴァルカンを眺めつつ、アキとオルフェはあれからしばらく、広大な荒野を歩き続けていた。
「こうやって、あなたと旅をするのは楽しいです」
「相手が俺じゃなくても、旅って楽しいもんだよ。自然豊かな土地で、仲間と色んな戦いをして、綺麗な景色を見ながら美味しい料理を食べたりね。
そうすると心が、なんていうか、澄み渡る感じがするんだ」
そう言ってから、アキは少し照れ笑いを浮かべた。
「この世界が、本当に好きなんですね」
「こんなことにならなければ……胸張って大好きだって言えるんだけどな」
「そうですね。こんなことにさえ、ならなければ……」
しばしの沈黙が流れた。アキは何故だか、オルフェと二人きりで歩いているということを妙に意識してしまい、紛らわすように強引に声を絞り出した。
「あ、あ、そういや、メッセージ確認しなくちゃ!」
「お知り合い、多いですもんね」
メッセージを確認してみると、テンマ、フラメルから返信があった。アキが返信してから大して時間も経たないうちに、メッセージが来ていたようだ。
ただ気がかりなのは、クオンから返信がなかったことだった。相当のショックで、メッセージを見る気にすらなれないのだろうか。
初めは精神的に不安定であったフラメルからのメッセージを確認した。
『本当にアキさんなんですね? 今、体の力が抜けてます。生きていて、良かった。やはり、危険な旅なのでしょう? もうディザイアに帰ってきてはいかがですか。全て運営に任せて、当初の予定通り、安全な場所に私と立て篭もりましょう。お返事待ってます』
フラメルさん、残念だけどまだしばらく帰れそうにない。俺には、やらなくちゃならないことがある。
次はテンマのメッセージか。
『崖から落ちてどうやって生き延びたのか、それは今は聞くまい。とにかく、よくやった。精鋭隊のメンバーには私から伝えておく。白虎とは引き続きヴァルカンにて、落ち合ってくれ。
それとユウの件だが、彼はディザイアには不在。そのため、私は各三都市を順に巡って行くことに決定した。ユウに関する情報、そしてログアウトホールに関する情報を得たら、逐一報告して欲しい。以上』
業務連絡のようなそのメッセージからは、フラメルのような心温かさは微塵も感じ取れなかった。しかし、ユウがまだテンマの手にかかっていなかったことに、アキは心のどこかで安堵した。
メッセージを返信し終えた時、アイアンゴーレムの挙動に微小な変化が生じた。それは、近くに敵がいることを意味する。
「オルフェ、いつも通りの位置に」
「はいっ」
今まで蹴散らしてきた、ゴブリンのような弱い敵であると思っていたアキは、多少動揺した。荒野に佇んでいたのは、青い巨躯を持つ人型のモンスターであった。
「サイクロプス……!」
「危険なモンスターですか?」
「少なくとも、こんな荒野で出くわすモンスターじゃないよ。中級ダンジョンの中ボスくらいって考えたらちょうど良いかな」
声が聞こえてしまったのか、サイクロプスが顔をこちらへと向けた。象徴とも言える大きな一つ目がアキ達を捉え、口から乱雑にはみ出して生えている尖った歯がギラリと光る。
身長の二倍はあろう青い巨人は、手に持った丸太を左右に振りかぶる。三十メートルほど離れていたが、その風圧が微かに頬を撫でた。
マーベルの言ったとおりなら、この効果の低いスキルも、そこそこ使えるようにはなってるはずだ。
「『バイパーウィップ』」
アキの手に持つ水神鞭が、柄から侵食されるように赤紫色へと変色していく。
その間にも、サイクロプスは地面を激しく鳴らしながら走ってきていた。
敵に毒と麻痺を与えるバイパーウィップ。それぞれの確率は本来三パーセント。敵を叩けば叩くほど有利になる技だが、大抵の場合、効果が発揮される前に戦いが終わっている不遇なスキル。
しかし、もしこれがマーベルの力によって確率が底上げされていたなら、毒や麻痺を早々に与えることができる優秀なスキルへと変貌する。
アキは鞭を一振りしてから、手先、手首、腕、そして足腰を使いつつ、器用にサイクロプスへと攻撃を当てていく。しかし、サイクロプスは痛みに鈍いようで怯む様子もなく、猪の如く突撃してくる。
一発、二発、三発……と攻撃を当てたところで、ようやくサイクロプスの体がほのかに紫がかった。毒状態になった証拠だ。
普通の敵であれば怯むところだが、サイクロプスは構わずに手に持つ丸太を振りかぶった。
後ろに跳んで避けようとしたアキだったが、一拍間に合わず右足首が丸太に直撃した。
「がぁっ……!」
「アキさん!」
叩き飛ばされたアキは、悶えながら地面に転がった。想像以上の痛みがビリビリと足首から全身に襲い掛かる。
眉をひそめながら右足を確認するが、見た目には何も変化ない。右足を抉り取られたのではないかと不安になるほどの衝撃であった。
酷い痛みで、頭が混乱してる。まだ足首に鈍痛が残ってる。動けない。まずい、サイクロプスはオルフェを狙ってるのか……。
「逃げろ!」
「……嫌です!」
オルフェはアイアンゴーレムの前に立ち、着物の袖から短い市販の杖を取り出した。それはウィザードである証明でもあった。
「当たって!『アイスニードル』」
杖の先端に小さな魔法陣が描かれ、その中から細く尖った、手のひら程度の氷の針が三本現れた。半透明のそれは、空を切り裂く音とともにサイクロプスの手に、突き刺さる。
刺さった手に持つ丸太を落とさせたその威力のない攻撃は、挑発とみなされ、サイクロプスを憤怒させた。鼻を荒く鳴らし、大股でオルフェへと近づいたサイクロプスは、喧しい咆哮をオルフェへと放った。
「ヴルォォオゥゥウッッ!」
「ひっ……」
オルフェは腰を抜かして尻餅をついた。目前のサイクロプスに気圧されて、杖も手放してしまった。
アキはようやく立ち上がったが、飛ばされたこの距離から走っても、間に合わない。
「アイアンゴーレム! オルフェを守れぇ!」
サイクロプスがオルフェを掴み上げようと手を出したとき、オルフェの背後にいたアイアンゴーレムの突き出した鉄拳がサイクロプスの顔面に直撃する。鋼鉄の鈍い音が周囲に響いた。
顔面を押さえ込んで怯んでいる間に、アイアンゴーレムが再びオルフェを庇うようにして立ちはだかった。
サイクロプス相手にまで苦戦した……この痛みに慣れなければ、今後戦いに身を投じることは絶対出来ない。思えば、事件後から攻撃を受けたことがなかった。
現実と同じ十割の痛み。まだまだ考えが甘かったんだ。
周囲のフィールドやダンジョンが中級以上のもののみであるため、基本的に中級者から上級者にしか縁のない都市でもある。
そんなスルト火山とヴァルカンを眺めつつ、アキとオルフェはあれからしばらく、広大な荒野を歩き続けていた。
「こうやって、あなたと旅をするのは楽しいです」
「相手が俺じゃなくても、旅って楽しいもんだよ。自然豊かな土地で、仲間と色んな戦いをして、綺麗な景色を見ながら美味しい料理を食べたりね。
そうすると心が、なんていうか、澄み渡る感じがするんだ」
そう言ってから、アキは少し照れ笑いを浮かべた。
「この世界が、本当に好きなんですね」
「こんなことにならなければ……胸張って大好きだって言えるんだけどな」
「そうですね。こんなことにさえ、ならなければ……」
しばしの沈黙が流れた。アキは何故だか、オルフェと二人きりで歩いているということを妙に意識してしまい、紛らわすように強引に声を絞り出した。
「あ、あ、そういや、メッセージ確認しなくちゃ!」
「お知り合い、多いですもんね」
メッセージを確認してみると、テンマ、フラメルから返信があった。アキが返信してから大して時間も経たないうちに、メッセージが来ていたようだ。
ただ気がかりなのは、クオンから返信がなかったことだった。相当のショックで、メッセージを見る気にすらなれないのだろうか。
初めは精神的に不安定であったフラメルからのメッセージを確認した。
『本当にアキさんなんですね? 今、体の力が抜けてます。生きていて、良かった。やはり、危険な旅なのでしょう? もうディザイアに帰ってきてはいかがですか。全て運営に任せて、当初の予定通り、安全な場所に私と立て篭もりましょう。お返事待ってます』
フラメルさん、残念だけどまだしばらく帰れそうにない。俺には、やらなくちゃならないことがある。
次はテンマのメッセージか。
『崖から落ちてどうやって生き延びたのか、それは今は聞くまい。とにかく、よくやった。精鋭隊のメンバーには私から伝えておく。白虎とは引き続きヴァルカンにて、落ち合ってくれ。
それとユウの件だが、彼はディザイアには不在。そのため、私は各三都市を順に巡って行くことに決定した。ユウに関する情報、そしてログアウトホールに関する情報を得たら、逐一報告して欲しい。以上』
業務連絡のようなそのメッセージからは、フラメルのような心温かさは微塵も感じ取れなかった。しかし、ユウがまだテンマの手にかかっていなかったことに、アキは心のどこかで安堵した。
メッセージを返信し終えた時、アイアンゴーレムの挙動に微小な変化が生じた。それは、近くに敵がいることを意味する。
「オルフェ、いつも通りの位置に」
「はいっ」
今まで蹴散らしてきた、ゴブリンのような弱い敵であると思っていたアキは、多少動揺した。荒野に佇んでいたのは、青い巨躯を持つ人型のモンスターであった。
「サイクロプス……!」
「危険なモンスターですか?」
「少なくとも、こんな荒野で出くわすモンスターじゃないよ。中級ダンジョンの中ボスくらいって考えたらちょうど良いかな」
声が聞こえてしまったのか、サイクロプスが顔をこちらへと向けた。象徴とも言える大きな一つ目がアキ達を捉え、口から乱雑にはみ出して生えている尖った歯がギラリと光る。
身長の二倍はあろう青い巨人は、手に持った丸太を左右に振りかぶる。三十メートルほど離れていたが、その風圧が微かに頬を撫でた。
マーベルの言ったとおりなら、この効果の低いスキルも、そこそこ使えるようにはなってるはずだ。
「『バイパーウィップ』」
アキの手に持つ水神鞭が、柄から侵食されるように赤紫色へと変色していく。
その間にも、サイクロプスは地面を激しく鳴らしながら走ってきていた。
敵に毒と麻痺を与えるバイパーウィップ。それぞれの確率は本来三パーセント。敵を叩けば叩くほど有利になる技だが、大抵の場合、効果が発揮される前に戦いが終わっている不遇なスキル。
しかし、もしこれがマーベルの力によって確率が底上げされていたなら、毒や麻痺を早々に与えることができる優秀なスキルへと変貌する。
アキは鞭を一振りしてから、手先、手首、腕、そして足腰を使いつつ、器用にサイクロプスへと攻撃を当てていく。しかし、サイクロプスは痛みに鈍いようで怯む様子もなく、猪の如く突撃してくる。
一発、二発、三発……と攻撃を当てたところで、ようやくサイクロプスの体がほのかに紫がかった。毒状態になった証拠だ。
普通の敵であれば怯むところだが、サイクロプスは構わずに手に持つ丸太を振りかぶった。
後ろに跳んで避けようとしたアキだったが、一拍間に合わず右足首が丸太に直撃した。
「がぁっ……!」
「アキさん!」
叩き飛ばされたアキは、悶えながら地面に転がった。想像以上の痛みがビリビリと足首から全身に襲い掛かる。
眉をひそめながら右足を確認するが、見た目には何も変化ない。右足を抉り取られたのではないかと不安になるほどの衝撃であった。
酷い痛みで、頭が混乱してる。まだ足首に鈍痛が残ってる。動けない。まずい、サイクロプスはオルフェを狙ってるのか……。
「逃げろ!」
「……嫌です!」
オルフェはアイアンゴーレムの前に立ち、着物の袖から短い市販の杖を取り出した。それはウィザードである証明でもあった。
「当たって!『アイスニードル』」
杖の先端に小さな魔法陣が描かれ、その中から細く尖った、手のひら程度の氷の針が三本現れた。半透明のそれは、空を切り裂く音とともにサイクロプスの手に、突き刺さる。
刺さった手に持つ丸太を落とさせたその威力のない攻撃は、挑発とみなされ、サイクロプスを憤怒させた。鼻を荒く鳴らし、大股でオルフェへと近づいたサイクロプスは、喧しい咆哮をオルフェへと放った。
「ヴルォォオゥゥウッッ!」
「ひっ……」
オルフェは腰を抜かして尻餅をついた。目前のサイクロプスに気圧されて、杖も手放してしまった。
アキはようやく立ち上がったが、飛ばされたこの距離から走っても、間に合わない。
「アイアンゴーレム! オルフェを守れぇ!」
サイクロプスがオルフェを掴み上げようと手を出したとき、オルフェの背後にいたアイアンゴーレムの突き出した鉄拳がサイクロプスの顔面に直撃する。鋼鉄の鈍い音が周囲に響いた。
顔面を押さえ込んで怯んでいる間に、アイアンゴーレムが再びオルフェを庇うようにして立ちはだかった。
サイクロプス相手にまで苦戦した……この痛みに慣れなければ、今後戦いに身を投じることは絶対出来ない。思えば、事件後から攻撃を受けたことがなかった。
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