エタニティオンライン

足立韋護

スキルマスター マーベル

「へっへーん。それ見たことか!」


「これで、信じてもらえますね。ひとまず、この子については」


 信じざるを得ない。この幼女は、全てのスキルをマスターしていた。アキは素直に頷くしかなかった。


「散々疑って、悪かったよ」


「この子のスキル調整能力は、種類だけでなく効果まで操ることができます。しかし、調整の行える有効範囲がこの屋内だけ、なんです」


「それまた随分と不憫だな。ああ、だからあらかじめ全てのスキルを覚えていたんだ」


「ええ。そして彼女が調整を行えるのは自身だけではなく、この屋内のプレイヤーにも有効だということ。これが、本題に深く関わります」


 アキは一瞬、ワームホールを召喚する自分の姿を妄想した。そんな欲を頭を振り払ってかき消したが、どうにも話の方向性はそっちに向かいそうでならなかった。


「私は、あなたに一つお願い……いや依頼をします。この世界からいち早く脱出し、修を捕らえるよう働きかけてください」


「……良いのか?」


「今回の事件は、私の本意ではありません。人を殺めてまで得る永遠なんて────どうか、外道へ堕ちた彼を、助け出してほしいのです。
 脱出するまでの生き残る術として、今ここでマーベルにスキルの調整を受けてください。ただし、あまりにあなたが強いと、修に存在を気付かれる可能性が出てくるかもしれない。ですから、変にスキルは開放せず、能力の底上げ程度までですが」


 アキは、僅かでもチート能力を期待した自らの中二病心が恥ずかしくなった。
 返事をする前に、すでにマーベルは瞳を瞑り、調整するであろう態勢に入っていた。そんなマーベルを横目で見つつ、アキは答えた。


「確実に生き残れるなんて保障はできない。でも、気持ちはあんたと同じだ。もしも現実へ帰った時には必ず、西倉修をどうにか止めるって約束するよ」


 アキは中二病的能力のことは抜きにして、純粋に織笠と利害が一致したと確信していた。途端に織笠は表情を明るくし、アキの手を握りしめてくる。


「ありがとう……! あなたが来なかったら、マーベルに適当にスカウトしてもらうとこでした」


 適当……って。まあそれしか方法がないものな。


「マーベル、用意できましたか」


 手を離した織笠は隣のマーベルへ声をかけた。マーベルは、大きな目を閉じたまま薄い唇を開く。その口からは、甲高い声とともに文句の一つが出てきた。


「この人、たくさんスキル持ってるけど、全然良いスキル持ってないよ」


「そりゃあ、アルケミストとモンスターテイマーじゃ、ろくなものは覚えられないからな」


「でも……へえ、面白いもの持ってるんだね。うん、決めた!」


 アキは腹の中を探られている感覚に陥り、気分が悪くなった。
 マーベルは暫し黙りこくったあと、クリッとした瞳をゆっくり開いた。


「終わりましたか?」


「うん! 効果の底上げは全体的にやったよ。あとは、絶対服従の糸に少し細工しといた!」


「細工って言うとなんだ?」


「ふふ、拘束時間を永遠に引き伸ばした! 解除方法は変わらないんだけど、たとえ相手がデバッグモードのムテキプレイヤーだろうと、一度拘束されたら自分じゃこの拘束は解けない! バグ使って拘束するようにしたからね」


 拘束効果を永続化。さらに、バグを引き起こしてスキル自体を異質なものにしたのか。とても信じ難い話だけど、今までの行動から見ても嘘には思えない。
 これを突貫工事で作った西倉修は、とんでもない人物なのかもしれないな。


 マーベルはイキイキとした様子で、付け加えた。


「あと、オマケで一つ開放しといたよ。お姉ちゃんを喜ばしてくれたお礼にね」


「ん? 開放?」


「すぐに気付くと思うけど、もしピンチになったとき用にね。『向こうのデータ』はまだ残ってるから、使えるはず」


 意味深なことを言われたが、それがなんなのかさっぱり検討もつかない。
 マーベルは仕事をこなしたと言わんばかりに茶を一気に飲み干し、満足げにため息をついた。見計らったように織笠が話し出した。


「では、依頼の件、どうかよろしくお願いします」


「まだパワーアップしたって確信できないけど、何にせよ脱出した時には迷わず西倉修をどうにかする。約束するよ」


「ありがとうございます……。それでは、お帰りはこちらから」


 織笠が立ち上がり手招きしてくる。アキもそれに倣って席を立つと、マーベルが「ばいばい」と小さく手を振ってきた。
 織笠に案内された場所は家の二階に続くはずの階段だった。木製の階段は、延々と上へ段を連ねていた。もはやその先は暗く見えない。


「ここを上がっていくと、元いた場所に出られるはずです」


「こんなところに……しかし圧倒される段数だなあ。それじゃ、色々話してくれてありがとう。行くよ」


 アキが一段目に足を乗せたところで、背後の織笠が声をかけてきた。


「これは私の予想……あくまで予想に過ぎないんですけれど」


「え?」


 アキはそのままの体勢で振り向いた。


「修は、いや修だけでなく運営部の方々全員が、恐らく今現在警察の監視下にあると思います。しかしアビスのログアウトホールの出現、これは明らかに何者かの手によるものです。
────つまり修には、私にも話していない『協力者』がいる、と私は思います」


「協力者……運営部にクラッカーと勘違いさせた張本人か」


「そして、もしそんな人物が本当にいるのなら、変更した内容を確認するためにゲーム内に来るはずです」


「……わかった。一応気をつけておくよ」


 アキは再び階段を上がり始めた。


 『協力者』はエタニティオンラインの中にいる誰か……。確認作業だけなら、特に誰とも関わらずに、確認を終えたらログアウトするのが普通だ。これはそこまで心配せずとも良いのかもしれない。




 何にせよ、西倉修には言いたいことが山ほどできた。

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