エタニティオンライン
永遠の予兆
「死んだ……? どういう意味で?」
「そのままの意味です。どこにでもある、ありふれた交通事故で私は絶命しました」
いよいよ話がおかしくなってきた。アキは、織笠の隣で頷いている金髪少女マーベルの様子を見る。NPCなのだろうか。
「ここからは、私と修しか知らない話、だと思います。私は交通事故に遭ってから数日間だけ意識不明の状態、つまり機械によってかろうじて生きている状態でした。
当時まだ名もない、このオンラインゲームの根幹を完成させていた修は、私を生き長らえさせるべく、秘密裏に私の精神……つまりは意識や記憶などを、エタニティオンラインのデータベースへと保存しました。そして、私はこのゲームのリリースに合わせて、この場所へと再現されました。ですが、事故でひどく傷ついた顔や体はスキャン出来なかったようで、私のこの姿はNPCのグラフィックデータで補われています」
「そんな、ことが……」
スキャンしたデータも開発側が作ったグラフィックのデータも、最終的にはこのゲーム内の解像度で統一される。それを人が、まして素人が見分けられるわけはない。
「それから修は念入りに事を進めました。特別な空間を作り、私を入れておけば優秀な誰かに怪しまれると思ったのでしょう。わざわざフィールドを工夫して、私をここに居させたということです」
崖上にあったあの透明な石は、この場所があることを示す目印だったってことか。だから、この洞穴の作りも単純で、家も雑に組み込まれてた。それなら合点がいく。
でも、初めて会った人間の、こんな根拠のない突飛な話を信じていいんだろうか。
「お姉ちゃん、この人絶対今の話信じてないよ!」
アキの表情を見たマーベルは、苛立ったように指差してきた。彼女が気づくのも当然で、アキは眉をひそめっぱなしだった。
「一から十まで信じろってほうが無理あると思うけどなあ……」
「信じてもらうのは最後にしましょう。まだ話には続きがあります」
「ひとまず聞くよ。今どこに行けるわけでもない」
頷いた織笠は、先程と変わらぬ口調で続けた。
「エタニティオンラインへ私を格納することに成功した修は、時折、自身がゲームへとログインして、私の様子を見に来てくれました。そして、彼は今回の事件の直前、私に一つだけ聞きました。『俺とこの世界で永遠に過ごさないか』と」
「永遠……? それは物理的に無理なんじゃ」
「詳しくは私の専門ではないからわかりません。擬似睡眠の技術を、利用したもので体感時間をどうとか……。しかし、彼の目は本気でした。巨大プロジェクトであるエタニティオンラインを、自己の願望一つで潰してしまうほどに、彼は愛というものに興味を抱いたのでしょう。私は、こんな騒動になることも知らずに、『あなたと永遠に語らい、過ごすのも悪くないかもしれない』と答えました」
「エタニティオンライン……その意味ってまさか」
「永遠、それはまさしくこの会話から生まれた名でしょうね」
そんな、そんな下らないことのために、何人もの命が失われたってことか……?
アキは机を叩いて椅子から立ち上がり、織笠を鋭い眼差しで睨みつけた。
「ふざけるなよ! それが冗談であれ事実であれ、人をナメるのもいい加減にしろ!」
アキの激昂を受けても、織笠の表情は変わらない。むしろ、涼しい顔で話を続けてきた。
「昔話はここまで。そうですね、知らなかったとはいえ、この事件の一端を担ってしまった私にも、責任があると思います。
────ここからが、本題です」
アキは織笠の思いの外真剣な眼差しに、渋々再び席についた。
「私の隣にいるマーベルは、スキルを担当しているNPCです」
「は、はあ?」
「修は突貫工事で作ったこの場所に、私の寂しさを紛らわせる人を置いてくれました。しかし、それだけではここの外がどうなっているかがわからない。私がここから出るわけにもいかない。そこで修は、運営部で調整できるものとは別に、自在にスキルを調整し、やすやすと倒されずこの世界を闊歩できるNPC、つまりマーベルを作り上げました」
もう無茶苦茶だ。ここまで現実離れした話を延々と聞かされて信じられるわけがない。NPCにスキルのプログラムを埋め込んだってことか? こんな高度な自律機能に加えて、スキル調整に、スキルの使用まで?
よほど西倉修は天才なんだな、よくわかったよ。
「お姉ちゃん、まだ信じてないよ! こいつ……ぶちのめす!」
「こら、ダメです」
呆れながらため息をつくアキは、マーベルを指差した。
「その話が本当だとして、どの程度までの調整ができる? それで、なんでそれが本題なんだ?」
「スキルの開放と、スキル効果の調整。武器の特殊効果は含まれません」
「ますます怪しいな。じゃあここで、ノーマッドのワームホールを作って見せてくれ」
ワームホール召喚は、このエタニティオンライン中を探してもテンマしか習得できていないはずだ。もちろんNPCなら尚更使えるわけがない。さあ、どう来る。
アキが注文すると、マーベルは幼い顔でにやにやと笑いながら左手付近の空間に手をかざした。そこには確かに見たことのある、黒い歪みが生じる。アキは思わず身を乗り出して見つめた。
マーベルはアキの頭上に歪みを発生させ、左手で真上から頭を鷲掴みにした。
「うわっ!」
「マーベル、そこまでにしてください」
織笠に諌められたマーベルは、頬を膨らましながら空間を元の形へと戻した。信じられないことに、テンマの使うワームホールの召喚と全く同じ現象が、目の前で起こった。
他のスキルも注文したところ、マーベルは何の準備もなく次々と、職業の枠を超えたスキルを使用して見せた。どれも紛れもなく本物のスキルだ。
アキは口を開けたまま、しばらく織笠とマーベルを交互に凝視した。
「そのままの意味です。どこにでもある、ありふれた交通事故で私は絶命しました」
いよいよ話がおかしくなってきた。アキは、織笠の隣で頷いている金髪少女マーベルの様子を見る。NPCなのだろうか。
「ここからは、私と修しか知らない話、だと思います。私は交通事故に遭ってから数日間だけ意識不明の状態、つまり機械によってかろうじて生きている状態でした。
当時まだ名もない、このオンラインゲームの根幹を完成させていた修は、私を生き長らえさせるべく、秘密裏に私の精神……つまりは意識や記憶などを、エタニティオンラインのデータベースへと保存しました。そして、私はこのゲームのリリースに合わせて、この場所へと再現されました。ですが、事故でひどく傷ついた顔や体はスキャン出来なかったようで、私のこの姿はNPCのグラフィックデータで補われています」
「そんな、ことが……」
スキャンしたデータも開発側が作ったグラフィックのデータも、最終的にはこのゲーム内の解像度で統一される。それを人が、まして素人が見分けられるわけはない。
「それから修は念入りに事を進めました。特別な空間を作り、私を入れておけば優秀な誰かに怪しまれると思ったのでしょう。わざわざフィールドを工夫して、私をここに居させたということです」
崖上にあったあの透明な石は、この場所があることを示す目印だったってことか。だから、この洞穴の作りも単純で、家も雑に組み込まれてた。それなら合点がいく。
でも、初めて会った人間の、こんな根拠のない突飛な話を信じていいんだろうか。
「お姉ちゃん、この人絶対今の話信じてないよ!」
アキの表情を見たマーベルは、苛立ったように指差してきた。彼女が気づくのも当然で、アキは眉をひそめっぱなしだった。
「一から十まで信じろってほうが無理あると思うけどなあ……」
「信じてもらうのは最後にしましょう。まだ話には続きがあります」
「ひとまず聞くよ。今どこに行けるわけでもない」
頷いた織笠は、先程と変わらぬ口調で続けた。
「エタニティオンラインへ私を格納することに成功した修は、時折、自身がゲームへとログインして、私の様子を見に来てくれました。そして、彼は今回の事件の直前、私に一つだけ聞きました。『俺とこの世界で永遠に過ごさないか』と」
「永遠……? それは物理的に無理なんじゃ」
「詳しくは私の専門ではないからわかりません。擬似睡眠の技術を、利用したもので体感時間をどうとか……。しかし、彼の目は本気でした。巨大プロジェクトであるエタニティオンラインを、自己の願望一つで潰してしまうほどに、彼は愛というものに興味を抱いたのでしょう。私は、こんな騒動になることも知らずに、『あなたと永遠に語らい、過ごすのも悪くないかもしれない』と答えました」
「エタニティオンライン……その意味ってまさか」
「永遠、それはまさしくこの会話から生まれた名でしょうね」
そんな、そんな下らないことのために、何人もの命が失われたってことか……?
アキは机を叩いて椅子から立ち上がり、織笠を鋭い眼差しで睨みつけた。
「ふざけるなよ! それが冗談であれ事実であれ、人をナメるのもいい加減にしろ!」
アキの激昂を受けても、織笠の表情は変わらない。むしろ、涼しい顔で話を続けてきた。
「昔話はここまで。そうですね、知らなかったとはいえ、この事件の一端を担ってしまった私にも、責任があると思います。
────ここからが、本題です」
アキは織笠の思いの外真剣な眼差しに、渋々再び席についた。
「私の隣にいるマーベルは、スキルを担当しているNPCです」
「は、はあ?」
「修は突貫工事で作ったこの場所に、私の寂しさを紛らわせる人を置いてくれました。しかし、それだけではここの外がどうなっているかがわからない。私がここから出るわけにもいかない。そこで修は、運営部で調整できるものとは別に、自在にスキルを調整し、やすやすと倒されずこの世界を闊歩できるNPC、つまりマーベルを作り上げました」
もう無茶苦茶だ。ここまで現実離れした話を延々と聞かされて信じられるわけがない。NPCにスキルのプログラムを埋め込んだってことか? こんな高度な自律機能に加えて、スキル調整に、スキルの使用まで?
よほど西倉修は天才なんだな、よくわかったよ。
「お姉ちゃん、まだ信じてないよ! こいつ……ぶちのめす!」
「こら、ダメです」
呆れながらため息をつくアキは、マーベルを指差した。
「その話が本当だとして、どの程度までの調整ができる? それで、なんでそれが本題なんだ?」
「スキルの開放と、スキル効果の調整。武器の特殊効果は含まれません」
「ますます怪しいな。じゃあここで、ノーマッドのワームホールを作って見せてくれ」
ワームホール召喚は、このエタニティオンライン中を探してもテンマしか習得できていないはずだ。もちろんNPCなら尚更使えるわけがない。さあ、どう来る。
アキが注文すると、マーベルは幼い顔でにやにやと笑いながら左手付近の空間に手をかざした。そこには確かに見たことのある、黒い歪みが生じる。アキは思わず身を乗り出して見つめた。
マーベルはアキの頭上に歪みを発生させ、左手で真上から頭を鷲掴みにした。
「うわっ!」
「マーベル、そこまでにしてください」
織笠に諌められたマーベルは、頬を膨らましながら空間を元の形へと戻した。信じられないことに、テンマの使うワームホールの召喚と全く同じ現象が、目の前で起こった。
他のスキルも注文したところ、マーベルは何の準備もなく次々と、職業の枠を超えたスキルを使用して見せた。どれも紛れもなく本物のスキルだ。
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