エタニティオンライン
運営の疲弊
────エタニティオンライン運営部。
長い時間、同じ部屋に拘束されていた社員達の精神は疲弊し切っていた。ところどころで苛立ちや恨み言を口にする社員が増えてきた。
そんな中、ログアウトホールのコードを探していた三枝美月が一人声を上げた。
「あー! 見つけたぁ! 西倉部長の言うとおり、アビスにオープンアクセス型ログアウトホールが作られてましたよー!」
美月が膨大なソースコードの中から、それを見つけ出したのにそう時間はかからなかった。椅子にもたれかかりながら、必死に目薬を差している。声を聞きつけた西倉修と相良良太が、美月の背後からソースコードを眺めた。
「やはりか」
「でかした美月! それじゃさっそくゲーム内で告知しなくちゃな!」
修は動きだそうとした良太を手で制する。不満げな表情の良太だったが、とあるコードを指差され動きを止めた。
「は、コメントアウト……? もう適用されてないじゃんか!」
「先輩よく見てくださいよー」
「ログアウトホールはすでに閉じている。告知しては混乱が起きるだけだ」
「でも、でもよ! ログアウトホールが作られたってことだけでも、公式として告知しておきゃ、中でもそれなりの動きが取れるんじゃねぇか?」
「死亡確定したときに発生するデータ同期のタイミングを利用してゲーム内、肉体の意識両方がネットワーク上に放流されるよう細工を施す。
このような超高度な技術を有し、後頭部のこのチップ、『マルチパーパスチップ』まで扱いこなすクラッカーが相手だ。ソースコードを洗い直し、安全が確認出来てから告知すべきだと思うが」
「それでも、今続々とログアウト出来てるプレイヤーが報告されてるじゃんか! そのリストを確認してみても、アビスを拠点にしてたプレイヤーばっかだ! ソースコードだってこっちがあらかじめ用意していたものだし、確実だろ!」
良太はあまりに冷静過ぎる修へ声を荒げた。無論、環境への苛立ちもあったが、修が人の命を預かっているという自覚があるのかを問いたかった。
「システムの根幹の部分を編集されている。曖昧な状況下のログアウトホールなど、安易に公表できるわけがないだろう。わかっていると思うが、曖昧なシステムほど怖いものはない。
ログアウトホールに入ったうち、一体何人がログアウト出来た? ログの閲覧すら制限されている俺達には、それすらわからんのだ。だから万全を期す。それだけの簡単な話だろう」
「お前は……どうしてそんな冷静なんだよ。お前が名付けて、一から作り上げた『エタニティオンライン』ってのは、お前の、俺ら運営部の子供みたいなもんだろ。それがこんなになってるのに、どうしてそんなに冷静でいられんだ!」
場には長い沈黙が流れた。長い付き合いの良太だからこそ、修のその冷徹とも思える感情が許せなかった。
修は美月の隣に並び、再びソースコードを眺めた。
「この場の社員全員を使って、このオープンアクセス型ログアウトホールが正しく動作するかを早急に確認させてほしい。良いか三枝」
「は、はい!」
修は部長席へと戻り際、うなだれている良太へと一言、声をかけた。
「ここの社員達は、皆優秀だ」
「……へっ、お前に言われたら皮肉にしか聞こえねぇよ」
「恐らく、すぐに確認がとれるだろう。そのために、良太、お前には一足早く告知文を作ってほしい。出来るな?」
「あ、ああ」
部長席へ戻る修を確認した良太は、スクリーンへと向かった。
ここまで時が経っても犯人の動機が未だにわからない。修への疑念も消えたわけではない。部長の権限さえあれば、業務時間外に内部から色々と細工することも出来る。警察も薄々感づいているはずだった。
そのとき、全体への指示を終えた美月が良太の横に空いた席に座った。
「そういえば先輩。コードの中に『出血の表現』とか『身体部位欠損』、『NPCとの恋愛要素』とかあったんですけど、あれっていつ誰が作ったんですか?」
「ん、エタニティオンラインは元々、もっとリアル寄りに作る予定だったんだよ。それは修の意向でな」
「西倉部長が提案したってことですか」
「ああ、確かな。でも上層部との会議で、ただでさえマルチパーパスチップを利用したゲームってことで無理を通してきたんだ。そんなゲームにグロ要素まであったらさすがに……ってことになっちまったのよ」
「それで廃止に……。でもどうしてコメントアウトで保存してあったんです? すんごいわかりづらいところに、隠されるようにありましたよ」
「ま、修が徐々にリアルなものにしたかったんじゃねぇかな。すぐそういう表現にできるようにしてたみたい、だし……」
「先輩?」
「なあ、美月。もちっとだけ顔近づけてくれねぇか」
美月は大袈裟に驚きつつも、良太の若干日焼けした顔の横に、赤らめた自らの顔を並べた。
「こ、こうですか。なにするつもりです」
良太は極力小さい声で美月に聞いた。
「まさか今さっき言ってたコード。全部、全部使われてたのか?」
「へ? あ、ああ、そうです。初めは『NPCとの恋愛要素』だけ見つけましたよね? でもその後から、他のコードもクラッカーはちゃっかり利用してるみたいですよ。コメントアウトから外されて適用済みです。明らかなんで先輩方ならすでに知ってると思いましたけど」
「はぁー、昔の人はよく言ったもんだ。ほう、れん、そう、をしろってな」
「ええ? ほうれん草ですか?」
「報告連絡相談だってことだよ! 人力ソースチェッカー様には見えたろうがな、俺らは目を凝らさなきゃ見えねぇの」
「そんなほうれん草、ただ手間なだけじゃないですかー。まったくもう、じゃあ気になってたことも聞けたし、戻りますね」
美月は自分の席へと戻って行った。
「修、やっぱりお前が……」
良太の中で、途切れていた何かが次々に繋がっていく。良太は、部長席で作業する修を見つめた。
長い時間、同じ部屋に拘束されていた社員達の精神は疲弊し切っていた。ところどころで苛立ちや恨み言を口にする社員が増えてきた。
そんな中、ログアウトホールのコードを探していた三枝美月が一人声を上げた。
「あー! 見つけたぁ! 西倉部長の言うとおり、アビスにオープンアクセス型ログアウトホールが作られてましたよー!」
美月が膨大なソースコードの中から、それを見つけ出したのにそう時間はかからなかった。椅子にもたれかかりながら、必死に目薬を差している。声を聞きつけた西倉修と相良良太が、美月の背後からソースコードを眺めた。
「やはりか」
「でかした美月! それじゃさっそくゲーム内で告知しなくちゃな!」
修は動きだそうとした良太を手で制する。不満げな表情の良太だったが、とあるコードを指差され動きを止めた。
「は、コメントアウト……? もう適用されてないじゃんか!」
「先輩よく見てくださいよー」
「ログアウトホールはすでに閉じている。告知しては混乱が起きるだけだ」
「でも、でもよ! ログアウトホールが作られたってことだけでも、公式として告知しておきゃ、中でもそれなりの動きが取れるんじゃねぇか?」
「死亡確定したときに発生するデータ同期のタイミングを利用してゲーム内、肉体の意識両方がネットワーク上に放流されるよう細工を施す。
このような超高度な技術を有し、後頭部のこのチップ、『マルチパーパスチップ』まで扱いこなすクラッカーが相手だ。ソースコードを洗い直し、安全が確認出来てから告知すべきだと思うが」
「それでも、今続々とログアウト出来てるプレイヤーが報告されてるじゃんか! そのリストを確認してみても、アビスを拠点にしてたプレイヤーばっかだ! ソースコードだってこっちがあらかじめ用意していたものだし、確実だろ!」
良太はあまりに冷静過ぎる修へ声を荒げた。無論、環境への苛立ちもあったが、修が人の命を預かっているという自覚があるのかを問いたかった。
「システムの根幹の部分を編集されている。曖昧な状況下のログアウトホールなど、安易に公表できるわけがないだろう。わかっていると思うが、曖昧なシステムほど怖いものはない。
ログアウトホールに入ったうち、一体何人がログアウト出来た? ログの閲覧すら制限されている俺達には、それすらわからんのだ。だから万全を期す。それだけの簡単な話だろう」
「お前は……どうしてそんな冷静なんだよ。お前が名付けて、一から作り上げた『エタニティオンライン』ってのは、お前の、俺ら運営部の子供みたいなもんだろ。それがこんなになってるのに、どうしてそんなに冷静でいられんだ!」
場には長い沈黙が流れた。長い付き合いの良太だからこそ、修のその冷徹とも思える感情が許せなかった。
修は美月の隣に並び、再びソースコードを眺めた。
「この場の社員全員を使って、このオープンアクセス型ログアウトホールが正しく動作するかを早急に確認させてほしい。良いか三枝」
「は、はい!」
修は部長席へと戻り際、うなだれている良太へと一言、声をかけた。
「ここの社員達は、皆優秀だ」
「……へっ、お前に言われたら皮肉にしか聞こえねぇよ」
「恐らく、すぐに確認がとれるだろう。そのために、良太、お前には一足早く告知文を作ってほしい。出来るな?」
「あ、ああ」
部長席へ戻る修を確認した良太は、スクリーンへと向かった。
ここまで時が経っても犯人の動機が未だにわからない。修への疑念も消えたわけではない。部長の権限さえあれば、業務時間外に内部から色々と細工することも出来る。警察も薄々感づいているはずだった。
そのとき、全体への指示を終えた美月が良太の横に空いた席に座った。
「そういえば先輩。コードの中に『出血の表現』とか『身体部位欠損』、『NPCとの恋愛要素』とかあったんですけど、あれっていつ誰が作ったんですか?」
「ん、エタニティオンラインは元々、もっとリアル寄りに作る予定だったんだよ。それは修の意向でな」
「西倉部長が提案したってことですか」
「ああ、確かな。でも上層部との会議で、ただでさえマルチパーパスチップを利用したゲームってことで無理を通してきたんだ。そんなゲームにグロ要素まであったらさすがに……ってことになっちまったのよ」
「それで廃止に……。でもどうしてコメントアウトで保存してあったんです? すんごいわかりづらいところに、隠されるようにありましたよ」
「ま、修が徐々にリアルなものにしたかったんじゃねぇかな。すぐそういう表現にできるようにしてたみたい、だし……」
「先輩?」
「なあ、美月。もちっとだけ顔近づけてくれねぇか」
美月は大袈裟に驚きつつも、良太の若干日焼けした顔の横に、赤らめた自らの顔を並べた。
「こ、こうですか。なにするつもりです」
良太は極力小さい声で美月に聞いた。
「まさか今さっき言ってたコード。全部、全部使われてたのか?」
「へ? あ、ああ、そうです。初めは『NPCとの恋愛要素』だけ見つけましたよね? でもその後から、他のコードもクラッカーはちゃっかり利用してるみたいですよ。コメントアウトから外されて適用済みです。明らかなんで先輩方ならすでに知ってると思いましたけど」
「はぁー、昔の人はよく言ったもんだ。ほう、れん、そう、をしろってな」
「ええ? ほうれん草ですか?」
「報告連絡相談だってことだよ! 人力ソースチェッカー様には見えたろうがな、俺らは目を凝らさなきゃ見えねぇの」
「そんなほうれん草、ただ手間なだけじゃないですかー。まったくもう、じゃあ気になってたことも聞けたし、戻りますね」
美月は自分の席へと戻って行った。
「修、やっぱりお前が……」
良太の中で、途切れていた何かが次々に繋がっていく。良太は、部長席で作業する修を見つめた。
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