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足立韋護

無情の一撃

 クオンは「それにしても……」と、白虎の鎧に素手の拳を突きつけた。


「白虎やるね! 見直した!」


「……なによりだ」


 アキは、崖際に埋め込まれている手の平ほどの透き通った石を見つけた。その美しさとは裏腹に、岩の地面に不自然に埋め込まれている。アキがそれをしゃがみ込みながら見つめていると、後ろからクオンが声をかけてきた。


「アキ、先に進も!」


「まあそう焦るなよ、戦闘中やその後は別のモンスターが出てくることもあるから、警戒して────」




 突如、山脈中に耳をつんざくほどの轟音がこだました。


「この声、まさか……!」


 翼を羽ばたかせる音が崖下から聞こえてくる。アキが崖下を覗き込むと、眼前の赤い鱗を持ったドラゴンがアキを睨みつける。崖の上まで上昇すると、それは再び激烈な咆哮を放った。場が一瞬にして支配され、アキは息を飲む。


「こ、こんなところにクリムゾンドラゴンなんて、聞いたことがない……。アースイーターと同じパターンか!」


「アキ、ここは私が……!」


「いやダメだ、この地形じゃ不利過ぎる。みんな隙を見て逃げるぞ!」


 クリムゾンドラゴンは今まで歩いてきた道の上に四つ足をついて着地した。鋭い牙と真紅の瞳、刺々しい鱗がより鮮明に写った。後戻りが許されない状況となり、更に隊列最後尾のラインハルトがドラゴンの鼻の先でへたり込んでしまった。


「あ、あぁ……」


 どうする。今から喚起しようとも間に合わない。ファイアブレスで焼かれても、復活薬があれば蘇生はできる。でも、ドラゴンに万が一食べられた場合……その場で死亡確定してしまう。


 アキは鞭を取り出し、クリムゾンドラゴンの顔面を叩いてこちらに気を引かせた。


「今のうちだ!」


 ラインハルトは足をバタつかせ這いながら後退し、アキの隣にまでなんとかやってきた。クリムゾンドラゴンが崖側、アキ達から見て左側の前足を大きく踏み出し、もう片方の岩壁側の前足を高々と振り上げた。
 このときのアキには、多くを考える余裕がなかった。ただ理解できたのは、このまま立ちすくんでいるだけでは自分とラインハルト二人が攻撃に巻き込まれてしまう。『今度こそ』誰かをちゃんと助けることができる、それだけが頭の中に渦巻いていた。




 アキはラインハルトの皮防具の襟を掴み、背後にいるクオンと白虎のもとへ放った。
 ラインハルトの尻の下には先程見つけた、地面に埋め込まれている透き通った石が視界に入った。刹那、クリムゾンドラゴンの爪が岩壁を削る音を立てながら、アキを真横へとなぎ払った。
 全身に味わったこともない鈍痛が走る。理解の範疇を超えた痛みは次第に消えていったが、アキは頭上から聞こえるクオンの悲鳴に気がついた。


「アキィィ! いやぁぁあああ!」






 俺、崖から落ちてるんだ。掴まるところもない。喚起も水神鞭も、いまさら遅い。空が、青いな。
 死ぬんだ……。ごめん、みんな。ごめん。






 クリムゾンドラゴンは、落下していくアキを追いかけていった。クオンと白虎、ラインハルトは崖の下を眺めている。


 クオンは茫然自失の状態で立ち上がり、フラフラと体をよろめかせながら何処かへと歩いていく。ラインハルトが泣き崩れる横で、白虎はしばらく俯いてから精鋭隊の面々にメッセージを送った。
 白虎は消えたクオンを探すこともなく、ラインハルトをヴァルカンまで送り届けることに決めた。








────暁影は過去を思い出していた。これが走馬灯だと悟った。今自分は死んでいるか、そうでないか、曖昧だ。




 映像は鮮明に流れている。まるで記憶にこびりついていたように、事細かに覚えている。


「パパ! ママのとこ帰れる?」


「んー? もうすぐ帰れるぞー」


「やったー!」


「アキは、ママ大好きだもんなぁ」


「うんっ、パパもママも大好き!」


 幼き日の暁影は高速道路を走る車に乗っていた。後部座席から父親の座る運転席を笑顔で見つめていた。ふとバックミラーに視線を移すと、急加速してくる車が近づいて来ていることに気がついた。


 父親はそのことにまだ気がつかない。暁影は、伝えよう伝えようと身を乗り出すが、極度の緊張のせいか、喉で声がつっかえて思うように声が出せなかった。


「パ、パ……」


「そういえば、来年でアキも小学生か。ランドセル、買いに行かなくちゃなー」


 加速する車は、とうとう暁影達の乗る車の後ろに突撃してきた。車体は大きく揺れ、ハンドル操作の効かなくなった車は、スピンしながら高速道路の壁に激突した。フロント部分はひしゃげ、運転席部分は大きく損壊している。


「うっうぅ。どこ、パパ……」


 視界がチカチカと明滅する中、暁影が運転席を見ると父親の上半身は完全に潰れ、残った足元に血だまりができているだけだった。泣き叫ぶ暁影がドアを開けようとしても、フレームが曲がってしまって外に出られない。やがて父親の血の匂いが車内に充満し、暁影はその場に嘔吐した。


 気がついた時には病院のベッドの上だった。
 未然に防げたはずだった。あの時もし言えていたら、助けられたはずだった。暁影は静かに、声を押し殺して涙を流した。




 最期の走馬灯がこれか。もう少し良い夢見させてくれてもバチは当たらないだろ。でも、まあ、みんなこんなもんなのかな。


 死ぬのって、こんな感じなんだ。

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