エタニティオンライン
不運の新米行商人
「『サキュバス』『エンジェル』、返還」
さて、日も暮れてきた。さっさと店へ向かおう。
アキは以前にもアビスに訪れたことがあり、NPCの経営する店の位置は把握していた。西にある支部の反対側、内陸方面の街角にそれはある。
店主はカウンターに肘をつき、暇そうに暗くなりつつある空を眺めていた。その横で、腰ほどのモンスターを連れたリュックを背負ったプレイヤーが、アイテムチェストの中身を整理しているようだ。
「こんな時に真面目だな……って、あれ? キュータ君じゃないか!」
こちらに体を向けたプレイヤーは、事件前日に初心者専用契約書によってアキと取引した新米行商人のキュータであった。
ゲーム内なので変わることなどあり得ないが、その顔立ちはどことなくたくましくなっているように見えた。
「え、ああっ! アキさん! どうしてここに!」
パッと顔を明るくしたキュータよりも早く、プチエンジェルがアキの足元まで走ってきた。可愛げのある笑顔のまま腰に抱きつき、心底安心したような表情で落ち着いている。アキはその頭を撫でてやった。
「おお、プチエンジェルもプチゴーレムもよく頑張ってるなー。
アビスに来たのはテンマの依頼でね、ディザイアからテンマ含む他数名と調査に来てるんだ」
「へっ? テンマって……あの天馬騎士団の団長とですか! エタオン最強のプレイヤーとなんてすごいですよ!」
半ば興奮気味にキュータは身を乗り出した。
「あ、じゃあユウさんもご一緒なんですか? 俺、教わった時のお礼が言いたくて……」
アキは少し目を逸らしながら、無理やり笑って見せた。
「ユウは、ディザイアにいるよ。多分……」
「あー、そうですかぁ。それは残念です」
もう少し話が聞きたいアキは、NPCの店の横にあるベンチに座った。モンスター二体も、短い足をぶらぶらとさせながらアキの両脇に座ってくる。
「しかし、よくここまで来たな。近場のキャンプとかキャラバンにいるのかと思った」
「アキさんから借りているこの子達がいれば、湿地帯もなんとか突破できると思ったんです。ディザイアでしか取れないアイテムをアビスで売ると高いんですよね。そのためにここまで来たんです」
「そうか、役に立ててるようで良かった。キュータ君はいつからここに? アビスのログアウトホールへは入らなかったのか?」
「俺が来たのも、実はつい先日なんです。でもログアウトホールが出ている間、ずっと近くのダンジョン『閉塞の洞窟』で、新しい防具の材料を集めてたせいで脱出には乗り遅れてしまった、というわけです」
どこまで不運な新人なんだ。事件前日にエタオンを始め、事件当日にもログインしてしまい、事件に巻き込まれる。さらには、近くにあったログアウトホールにまで入りそびれるなんて。
付け加えるようにして、キュータは微笑みながら話した。
「それに、これは負け惜しみに聞こえるかもしれませんが……あのログアウトホールはハッカーだかクラッカーだかが、故意に作り出したものなんですよね。そんなもの、頭の狂った殺人鬼が作ったケーキを、お腹が空いたからって疑いもせずに食べるようなものじゃないですか」
「ぐうの音も出ないほどに、賢明な判断だな。その判断力や冷静さは、今本当に感心した。ほとんどのプレイヤー、少なくともこの街にいたプレイヤーのほとんどは、迷わずそのケーキを貪り食うだろう。もし本当に脱出をしていたなら、運営部から何かしらの報告があるはずだ。それからでも遅くはないさ」
空は完全に暗くなり、星々と丸い月が輝き始めた。肌で感じる風も、心なしか冷たくなった。
「アキさんは、これからどうするんですか?」
「……アビスにはログアウトホールの調査に来たわけだけど。それがないとわかった今、明日にはここにいないかもしれないし、逆に待機するのかもしれない。これらは全部、テンマが仕切ってるから」
「そうですか……。俺はこのアビスが気に入りました。行商しつつ、しばらくここを拠点にしようと思います。また会えたら良いですね」
「ああ、機会があれば。そうでなくとも、メッセージでやりとりはしよう」
元気良く頷いたキュータは、イスから立ち上がりプチエンジェルとプチゴーレムに手招きした。
「……俺、ついてないなぁーってずっと思ってました。でもやっぱりアキさんやユウさん、フラメルさんに会えて、本当に良かったです。出会いの運勢だけは、最高だったみたいですね!」
「はは、そんな。大袈裟だよ」
「謙遜しないでください。いつか恩が返せるよう、もっと強くなってきます! それじゃ、また!」
深々と頭を下げたキュータは、アキと目を合わせてから振り返って歩いて行った。去り際、プチエンジェルが短い腕と小さな手を振ってきたのが見えた。
ため息を吐いたアキは、メニュー画面から、フラメルへとアビスへ到着したという旨のメッセージを送った。それからベンチを立ち、忘れずにアイテム補充する。
深い紺色に包まれた夜空を見上げながら、意欲と焦燥と不安が混じった思いを抱えつつ、ぽつぽつと点き始めた外灯の中をゆったりと歩き出した。
さて、日も暮れてきた。さっさと店へ向かおう。
アキは以前にもアビスに訪れたことがあり、NPCの経営する店の位置は把握していた。西にある支部の反対側、内陸方面の街角にそれはある。
店主はカウンターに肘をつき、暇そうに暗くなりつつある空を眺めていた。その横で、腰ほどのモンスターを連れたリュックを背負ったプレイヤーが、アイテムチェストの中身を整理しているようだ。
「こんな時に真面目だな……って、あれ? キュータ君じゃないか!」
こちらに体を向けたプレイヤーは、事件前日に初心者専用契約書によってアキと取引した新米行商人のキュータであった。
ゲーム内なので変わることなどあり得ないが、その顔立ちはどことなくたくましくなっているように見えた。
「え、ああっ! アキさん! どうしてここに!」
パッと顔を明るくしたキュータよりも早く、プチエンジェルがアキの足元まで走ってきた。可愛げのある笑顔のまま腰に抱きつき、心底安心したような表情で落ち着いている。アキはその頭を撫でてやった。
「おお、プチエンジェルもプチゴーレムもよく頑張ってるなー。
アビスに来たのはテンマの依頼でね、ディザイアからテンマ含む他数名と調査に来てるんだ」
「へっ? テンマって……あの天馬騎士団の団長とですか! エタオン最強のプレイヤーとなんてすごいですよ!」
半ば興奮気味にキュータは身を乗り出した。
「あ、じゃあユウさんもご一緒なんですか? 俺、教わった時のお礼が言いたくて……」
アキは少し目を逸らしながら、無理やり笑って見せた。
「ユウは、ディザイアにいるよ。多分……」
「あー、そうですかぁ。それは残念です」
もう少し話が聞きたいアキは、NPCの店の横にあるベンチに座った。モンスター二体も、短い足をぶらぶらとさせながらアキの両脇に座ってくる。
「しかし、よくここまで来たな。近場のキャンプとかキャラバンにいるのかと思った」
「アキさんから借りているこの子達がいれば、湿地帯もなんとか突破できると思ったんです。ディザイアでしか取れないアイテムをアビスで売ると高いんですよね。そのためにここまで来たんです」
「そうか、役に立ててるようで良かった。キュータ君はいつからここに? アビスのログアウトホールへは入らなかったのか?」
「俺が来たのも、実はつい先日なんです。でもログアウトホールが出ている間、ずっと近くのダンジョン『閉塞の洞窟』で、新しい防具の材料を集めてたせいで脱出には乗り遅れてしまった、というわけです」
どこまで不運な新人なんだ。事件前日にエタオンを始め、事件当日にもログインしてしまい、事件に巻き込まれる。さらには、近くにあったログアウトホールにまで入りそびれるなんて。
付け加えるようにして、キュータは微笑みながら話した。
「それに、これは負け惜しみに聞こえるかもしれませんが……あのログアウトホールはハッカーだかクラッカーだかが、故意に作り出したものなんですよね。そんなもの、頭の狂った殺人鬼が作ったケーキを、お腹が空いたからって疑いもせずに食べるようなものじゃないですか」
「ぐうの音も出ないほどに、賢明な判断だな。その判断力や冷静さは、今本当に感心した。ほとんどのプレイヤー、少なくともこの街にいたプレイヤーのほとんどは、迷わずそのケーキを貪り食うだろう。もし本当に脱出をしていたなら、運営部から何かしらの報告があるはずだ。それからでも遅くはないさ」
空は完全に暗くなり、星々と丸い月が輝き始めた。肌で感じる風も、心なしか冷たくなった。
「アキさんは、これからどうするんですか?」
「……アビスにはログアウトホールの調査に来たわけだけど。それがないとわかった今、明日にはここにいないかもしれないし、逆に待機するのかもしれない。これらは全部、テンマが仕切ってるから」
「そうですか……。俺はこのアビスが気に入りました。行商しつつ、しばらくここを拠点にしようと思います。また会えたら良いですね」
「ああ、機会があれば。そうでなくとも、メッセージでやりとりはしよう」
元気良く頷いたキュータは、イスから立ち上がりプチエンジェルとプチゴーレムに手招きした。
「……俺、ついてないなぁーってずっと思ってました。でもやっぱりアキさんやユウさん、フラメルさんに会えて、本当に良かったです。出会いの運勢だけは、最高だったみたいですね!」
「はは、そんな。大袈裟だよ」
「謙遜しないでください。いつか恩が返せるよう、もっと強くなってきます! それじゃ、また!」
深々と頭を下げたキュータは、アキと目を合わせてから振り返って歩いて行った。去り際、プチエンジェルが短い腕と小さな手を振ってきたのが見えた。
ため息を吐いたアキは、メニュー画面から、フラメルへとアビスへ到着したという旨のメッセージを送った。それからベンチを立ち、忘れずにアイテム補充する。
深い紺色に包まれた夜空を見上げながら、意欲と焦燥と不安が混じった思いを抱えつつ、ぽつぽつと点き始めた外灯の中をゆったりと歩き出した。
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