エタニティオンライン

足立韋護

暁影の過去

────ベルの祖父母の家を下見してから、一度オータムストアへと戻った。見慣れたメインストリートには、徐々にいつも通りの活気が戻りつつあるようだ。オータムセキュリティを覗いてみるとモンスターを返しに来た客を、仏頂面のミールが適宜対応している。合間を見計らって、アキはミールの隣に立った。


「ミール、お疲れ様」


「……今は忙しい。構ってほしいのなら、また後に来て」


「あーはは、ごめんごめん。またな」


 ミールのセリフにも異常はないか。本来NPCとの恋愛イベントなんか用意されてないわけだから、ハミルさんのベルと結婚してくれっていう発言は矛盾してるんだ。どうにも引っかかる……。運営からの報告に何かあったかな。


 細道でメニュー画面を開き、そこから緊急告知の画面へと移った。システムの書き換えによる影響で、いくつか変更点が挙げられていた中の一つにアキは注目した。


『一つ、エタカプの強制ログアウト機能の停止。二つ、ペナルティの消失。三つ、武器の仕様変更。四つ、NPCの挙動の変更。五つ、ログアウト機能の消失。六つ、ゲーム内での死亡確定時、復活の消失。以上の六点が現状で挙げられております』


「NPCの挙動の変更……これか! クラッキングした連中は、意図せずあの発言をさせてるのか? まずいことにならなければ良いけど」


 アキはオータムストアに入り、カウンター奥の部屋へと入った。再び錬金術によって復活薬を量産しながら、この先の作戦を考えるためであった。部屋にはクオンが暇そうに天井を眺めており、アキを見た途端飛び上がって歩いてきた。


「あ、アッキー! 鬼神武拳きじんぶけん灰土吼かいどくは会得して来たー?」


「もはや冗談にしか聞こえないんだけど。まあ、ひとまず買えたは買えたよ。確かにお買い得ではあったし。でも、問題はこの後だ……」


「うん、アキならきっと上手くやれるよ! 大丈夫、私がついてる!」


 きっと根拠もなしに言っているに違いない。アキはそう思っていたが、クオンの屈託のない笑みを見ていると不思議と自信が湧き出てくる。考えてもいなかった『危険の可能性』。しかしどちらにせよ、ここで立ち止まっては、今までの儲けを無駄にしたことになる。フラメルとユウが待っているのだ。


「錬金術の前に、広告を貼り出す!」


 早速作業台の椅子に座り、紙を用意して、そこに『物件販売あります! 対多取引も可能!』と筆で堂々と書き込んだ。インクを乾かすため、手で扇いだ。それを覗き込んできたクオンが、顎に指を当てながらカクンと首を傾げる。


「ねえアキ、対多たいた取引ってなに?」


「ああ、商売をしないプレイヤーにとって、数十ゴールドって結構な大金だろ? まあ古参プレイヤーならそのくらいは持ってると思うけど……。だから、少ないお金を出し合ってもらって、既存物件をその複数人の所有物にするんだ」


「喧嘩とかしちゃわないかなー。一昔前に流行ったシェアハウスみたいなものでしょ?」


「その複数人がまた別のプレイヤーに転売とかするなら、いざこざは起こるし、実際そういうのに巻き込まれたくない商売人は、対多取引なんてしないんだ。でも、このタイミングで既存物件を買うのは、大多数が俺達みたいな引きこもるプレイヤーだと予測できる。なら、より多くの人を助けるって意味でも、対多取引は実施すべきだと思ってる」


 一つ間を空けた後、クオンは壁にもたれかかって腕を組んだ。その顔は決して笑ってなどいない。


「一つ疑問に思ってたことなんだけど、訊くね。アキはさ、どうしてそんなに他のプレイヤーのために動くの? 薬を安く売ったり、私を森まで探しに来てくれたり、キュータやオルフェのことだって、対多取引だってそうだよ。どうして?」


 今まで気を遣って訊かれなかったことは知っていた。アキにとってそれは過去であり、別段隠す必要もないことではあったが、こうも真っ直ぐに突っ込まれると、ついつい口ごもってしまう。笑い話から程遠いことは変わりない。
 アキは少し俯きながら、ゆっくり話し始めた。


「……小さい頃、父親が事故で死んだんだ。目の前で、血まみれになってさ」


 イスの背もたれに寄りかかりながら、電球しかついていない素朴な天井を見上げて、思い出しながらぽつぽつと話を続ける。


「小さかった俺は、父親を救えなかった。目の前の父親に声をかけてやることも出来なかったんだ。そのせいかわからないけど、俺は、人を助け、救わないと、一向に心が満たされないんだよ」


「心の病、ってことでもなさそうだね」


「相手を慮ってやってるから、単なるお人好しってことかな」


「色んな人に、優しくしてるんだ」


「さ、こんな話はやめて、さっさと広告を張り出さなくちゃな!」


 クオンがテーブルに置いてあった広告の紙を取り上げ、いつも通りの笑顔をアキへと向けた。


「だったら私は、そんなアキを支えたいな!」


 アキは立ち上がり、笑い返して見せた。


「ありがとう、頼りにしてる」

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