エタニティオンライン

足立韋護

狂気の男

 アキは対峙した男に声をかけてみた。様子見とはいえ、周りにバレるのではないかと思うほどに心臓が高鳴っている。


「あんたらは、なんで俺らを狙う? 緊急告知について知らないわけじゃないんだろ?」


 口をつぐむ男の表情が強張った。黒目が左右に忙しく泳ぎ、動悸が激しくなっている。それはまるで何かに怯えている子供のようだった。アキは、自身の本意で行っているのではないと確信した。
 向こうでは既に戦闘が始まっていた。アイアンゴーレムが前線で持ち前の怪力を振り回し、それによって生じた隙を埋めるように後方からサキュバスが光線を打ち込んでいる。隙のない陣形に、もう一人のPKは攻勢に出られずにいた。


「なあ、誰かに強制されてやってるなら、こんなことやめよう。協力して、この状況を打破する案を────」


「た、頼むから……」


 遮るようにして男はようやく口を開いた。アキは期待を込めて耳を傾ける。しかし、その口から、期待通りの言葉が出てくることはなかった。


「頼むから、黙ってくれぇ!」


 嘆いた男は腰に携えていた、柄に黒い靄を纏っているロングソードを、手に持って構えた。長い柄にそれ以上の長さを誇る銀色の刃の部分が、明かりの少ない森に鈍く反射している。男の瞳は潤み、眉を皺立たせて苦渋の表情でアキを睨みつけていた。


 あの武器は、中級者向けダンジョン『仄明ほのあかりの洞窟』でドロップできるレア武器『ダークナイトソード』。つばから剣先までまっすぐに刃が伸びている単純さから、扱いやすい上に、攻撃力の概算値が高いことで知られている人気武器のひとつか。防具もNPCの店の物を使っているな。
 ってことは少なくとも中級者以上。上級者以下。負ける要素は万に一つもない……けど。


「アキ、どうしよう?」


「今は……やるしかない」


 それを聞いたクオンはいつものように『トールグローブ』を装備した。それから自身に速度上昇のエンチャント『アクセラレイト』をかけ、その場で跳ねて感覚を慣らしている。見た目上の変化は特に見られないが、アクセラレイトのかかっている時間のみ、行動の全ての速度が上がる。中にはその性質上、移動のみに用いるエンチャンターも多く存在していた。しかしクオンはそれら全てを戦闘に注ぎ込むことで、大きく有利になることを知っていた。


「クオン、痛みが十一分の一じゃないんだ。ここは俺が前線を務めるから、隙が出来たらすぐに畳み掛けて」


「うん、了解っ!」


 アキは腰に携えていた藍色の『水神鞭すいじんべん』を取り出し、だらりと周囲の草の中に垂らした。こちらも構えたところで、男はその剣を下段に構え、真正面から突貫してくる。アキがくいっと手首を動かし、長い鞭を波打たせる。走る男の足先がそこに引っかかり、大きく体勢を崩した。
 アキが指示を出す前に、クオンが飛び出した。木々の合間を駆け抜け、真横から男の頬を殴打する。吹き飛んだ男は、草の上に横たわりながら頬を走る激しい痛みに悶え苦しんでいた。アキはクオンの元へと走る。


「PK相手にも臆さなければ、息もピッタリ合わせてくれる。さすがクオンだよ」


「へっへーん。アキが格下相手に真剣勝負しないってわかってたからね!」


 アキは改めて、このクオンが強いことを知った。その強さはただ戦いのセンスがあるだけでなく、その場の状況判断や、相方の考えを読み取ることなどの、総合的な強さがクオンには備わっていた。二人が話しているところで男がぬくっと起きあがろうと動き出した。


「させるか!『絶対服従の糸』」


 アキは手のひらを男へと向ける。その手のひらからは、無数の糸が射出され、次々に男の体に巻きついていく。男には、まるで糸の一本一本が意思を持っているように見えた。


「こ、これで、殺されずに済む……。これで良かったんだ、はは、ははは……」


 ぶつぶつと呟く男は、これ以上足掻く気配はない。その狂った様子に、アキは顔をしかめて見下ろしたが、今はそれより、もう片方のアイアンゴーレムとサキュバスの様子が気になった。

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