エタニティオンライン

足立韋護

機械技術と倫理

 ホームルームを終え、休憩を挟んだのち、本日最初の授業である機械技術の授業が始まった。教壇に立つ白髪の老人は、担当教諭の宮下みやしたである。皆は当然の如く机の中からタブレットを取り出した。その中にファイルとして保存されている教科書を、画面に触れて開く。


「えー、教科書五十頁を開いて下さい。今日は、君たちの後頭部に埋め込まれているチップの復習をするとともに────」


 タブレットは無線で常にインターネットへ繋がっているため、教科書を開く代わりにインターネットにて別のことをしている生徒も複数いた。宮下は、生徒達の知らぬ間に自らの持つタブレットでその画面を監視し、さりげなく減点していた。


 暁影と悠は比較的真面目な部類に入るが、今日ばかりは夏休みが待ちきれず、エタニティオンラインの攻略サイトを眺めていた。ステータスが数値化されないため、攻略情報の半分は職業と武器、ダメージから計算するステータス値の割り出しであった。その他にも、職業の特徴や、モンスターの予想ステータスなどが書かれている。交流サイトへのリンクをタッチすると、商品の売買などが掲示板にて行われていた。
 職業の特徴欄には、前衛職、後衛職、生産職の三つの他に、チュートリアル職業のノーマッドの特徴が長々と書かれてあった。ステータスが器用貧乏と予想される、ノーマッドのスキルを全て覚えた際の隠し要素などが記載されている。


 宮下は、エタニティオンラインの攻略サイトを隠れて見ている生徒がいることを確認し、減点しつつも、話をVRMMOの話題に繋げた。


「こういった倫理に反するという批判もあったんですねえ。えー、ではどこで使われているのか、ということですが……このチップが昨今よく使われているのは、えー、エタニティオンラインとか言ったかな、まあそういったオンラインゲームです」


 暁影が顔を上げ、宮下の様子を伺う。それを知ってか知らずか、宮下は淡々とエタニティオンラインの解説をしていく。


「例えば、エタニティオンラインの話をすれば、あれはゲーム内で得た記憶や意識は、元々の記憶とともに一旦ゲーム会社のハイパーコンピュータが処理し、その後超大型データベースへと保管されます。この記憶データを見るためには、プライバシーの問題で、このチップが必要なんですね。えー、なのでログアウト時、その記憶データが後頭部にあるチップへ運ばれ、そこで電気信号に変換し、大脳辺縁系の海馬へと信号が送られ、短期記憶の領域に書き込まれます。この時、元々の記憶も同時に書き込まれますが、これは全く同じ記憶なので脳が勝手に統合するんです。
 まあつまり、ゲーム内での経験を、自分のものであると錯覚させるのは、こういった技術があるからなんですね」


 なんとなく原理を知っていた暁影であったが、こういった少し詳しい解説をされると、機械技術に興味を抱かざるを得ない。それ故に、こんな質問も湧いてきた。


「先生、質問良いですか」


「真田君、どうしました」


 一番後ろの席から手を上げた暁影が席を立ち、やる気の感じられない宮下の顔を見据えた。


「もし、ゲームに入ったまま、現実の人間が死んだ場合にはどうなるんですか? 記憶も意識もゲーム内に、あるんだったら……」


 少しばかり黙りこくった宮下だったが、困ったように鼻頭を掻きながらその質問に答えた。


「とても鋭い質問です。これは、新しく出てきた技術全てにおいて言えることですが、前例がない。それにこの場合、生命の倫理に関わってきます。なので教師と言う立場からは明言も、予想も、答えて上げられません、というのが答えですね」


 暁影は苦笑いしつつ、答えのない答えに落胆しながら着席した。


────授業が終わった後、次の体育のため早めに着替えて、一足先に校庭へと出て行こうとした暁影は、その途中で宮下とすれ違った。その時、宮下が振り返ったことを横目で確認できた。


「真田君、先ほどの話ですが……」


「はい?」


 顔を宮下に向けると、何か思い出している様子だった。しばらく何も話さないので、暁影は思わず首を傾げた。鼻頭を掻きながらため息をつく宮下は、諦めたように口を開いた。


「精神転送の技術が確立されたこの時代だからこそと、君の言うことに関連する研究を行っている学者がいます。確か、その親戚がこの学校にいた気がしたので、是非教えておこうと声をかけたのですが……どうにも最近覚えが悪くて、忘れてしまったようだ」


「そうですか……。まあ、気にしないで下さい! 少し疑問に思っただけですから」


 そう言った暁影は頭を下げ、校庭へと駆け出した。既に体育着に着替え終えた生徒達が、教室からぱらぱらと出てきていたため、急ぐことにした。

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