エタニティオンライン

足立韋護

青い春

 暁影と悠の二人は、学生鞄を持ち直しながら車を降りた。新戸井高校の校門を跨ぎ、校舎へと入った。下駄箱には、暁影が密かに思いを寄せるの久野琴音くのことねが前を歩いていた。茶髪のショートヘアに、少し短めのスカートが印象的だ。そして何より白と黒色の缶バッチのついたリュックがトレードマークであった。


「あれ、久野さんだよ。行ってきなって!」


「ど、どうせ教室で会うんだから……」


 そう話しているうちに、琴音が後ろの暁影達の存在に気がつき、振り返りながら手を振ってくる。暁影は視線を逸らしながら、それに手を振り返した。


「暁影君に悠君ー! おっはよーう!」


 悠に背中を押しされ、暁影は琴音の隣に並び、外履きから上履きへと履き替える。素早く瞬きを数回してから、チラチラと琴音の様子を眺める。目立たない程度に整った顔、強い意思の宿った瞳、キラリと光る八重歯。どれも暁影には眩しすぎた。


 正直なところスタイルもあんまり良くはない。でも俺は久野さんのそういう飾らないところが好みだ。


「そういえば暁影君ってば、エタオンやってたよね?」


「あ、知ってたのか。結構前からやってるよ」


 悪戯な表情で暁影を見つめる琴音は、口元をにっと横に広げた。


「実は私も、少し前からやり始めたんだ」


「え、本当に? じゃあ一緒にやろう!」


 頬を赤らめた琴音は頭をぽりぽりと掻いた。


「でも恥ずかしいからもう少しレベル上がってからね! ほら、私ってば、部活もあるしさ」


「そっか、だよな……。うん、わかった」


 ほんの少し肩を落とす暁影をフォローするように、琴音が背中を豪快に叩いてやる。背中の中心を電気が通ったような痛みが走る。


「いったた……」


「なーに、いずれは一緒にやれるから!」


 悠は、楽しげな二人を、後ろから微笑ましく見守っていた。タイルの床を歩いていき、汚れ一つない校舎を進んでいくと、二年三組と書かれた札が見えた。
 周りの生徒達は、明日からの休み期間に思いを馳せ、どこか浮き足立った雰囲気を放っている。その中の女生徒が、琴音を呼んできた。


「久野さん、行ってらっしゃい」


「あー、ごめんね。また後で!」


 駆けていく琴音を後ろから見つめていると、背後から悠がため息混じりで呟いた。


「ほんと、久野さんってクオンに似てるよね」


「似てるけど、まず外見が違うだろ。クオンほど美少女じゃない」


「スキャンされるんだから、それもそうか。でも、うーん……。まあいっか! 教室入ろうよ」


「だな」


 最終日であるにもかかわらず、この日二つの授業があった。学校側はそれを午前中で終わらせる予定である。悠が先に教室へと入って行ったところで、それに続こうとした暁影が横から声をかけられた。


「あの、真田君……。ごめんなさい、急に……呼び止めて……」


「あ、水戸みと先生。どうしたんですか?」


 体育教師の水戸若子みとわかこは、もじもじとしながら視線をあちこちに向けている。いつも通り、その豊かな胸を隠すように、ぶかぶかの緑色ジャージを身につけている。髪は後ろで三つ編みにまとめてあった。


「今日、真田君のクラス、体育あるでしょう? だから……その、毎回で悪いと思ってるけど、真田君に少し、準備を手伝ってほしいの……」


「ああ、そんなことなら全然構わないですよ。少し早めに行きます」


 快く返事すると、その地味ながらに整った顔に笑みが浮かんだ。水戸がつけているメガネの奥の瞳が潤んでいる。教師であるにもかかわらずあまりに交友関係は狭く、体育の準備は、入学当初に頼まれ、快諾した暁影だけが、暁影のクラス以外の時にも毎回手伝うことが日常となっている。そのためか、水戸の気弱さは全校の生徒達に広まっていた。


「いつも、ごめんなさい。そ、それじゃ、また……」


「はーい」


 体育の準備はそこそこ面倒だけど、なんか水戸先生のことは憎めないんだよなあ。俺にしか頼れないってことは知ってるし、だからこそ俺もやる気になるのかもしれないな……。さて、そろそろ教室に入るか。

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