奴隷を助けたはずが奴隷になったのでタスケテください!

金丸@一般ユーザー

28ー2 蔑如のアルテミス⑤

月がかがく。

アルテミスが俺のかみを片手でつかむ。

「よくぞ、ここまでホモ・デウスを模した。

 涙を流せる程度には、感情を分析したようだ」

頭がいまだに揺れているように感じる。

「模した……、なんのことだ?」

アルテミスが鼻で笑った。

「トランス・ゲルヴァシャ・ニズム、生命の促進の為に人間と魔法カガク(機械)を融合ゆうごうする思想だ。

 まさか、聞いたことねえのか?」

このカリュ大陸に来てから、そんな言葉は一度も聞いたことがない。

俺は機械人間にされてしまったようだ。

死ぬことはないが、生きているわけでもない状態。

今になって、胸が冷たくカラッポに感じる。

アルテミスが俺を数メートルほど投げた。

こちらへってくるアンジェリカが見える。

「狩人よ、獲物へ死を——」

アルテミスが右手を自らの正面へ伸ばした。

銀色の光がそこへ現れて、矢の形へ変化してゆく。

「終わりだ」

魔法の矢が放たれた。

リーシェやノアたちを助けるまで、俺は死ねない。

まだ、赤爆という希望が残っている。

死ねないんだ、こんな森では。

————赤爆せきばくの火球————

威力に制限をかけていない赤爆、赤黒い球体を手の平へ作る。

体に絡んでいた繊維のようなモノを一瞬で焼いた。

「燃えてしまえッ、そのさげすみと共に!」

赤爆で魔法の矢を迎えうつ。

うねる赤黒い光と銀の光が衝突すると、拮抗きっこう状態となった。

矢のいきおいがすさまじい。

赤爆がすぐに押され始めた。

——連弾。

赤爆を追加で四つ撃った。

赤黒い光はすぐに増大し、魔法の矢をおおってゆく。

「あがくな」

アルテミスが魔法の矢をひとつ放つ。

それは拮抗状態を一瞬で壊した。

そして、赤黒い光を押し返しながらこちらへ迫る。

日本国旗のような光景。

火力が足りない、もっとだ。

もっと焼き尽くせ。

————一万五千発の赤爆————

一万五千の赤黒い球体を空へ浮かべ、それを一か所へ収束させる。

アルテミスが何かに気づいたような表情で仰いだ。

「面白いぞ、オレ様を汚れた太陽で焼くか!」

——赤爆の太陽、それが隕石いんせきのように落ちてゆく。

「夢中になるな、前がおろそかだっての」

アンジェリカの声が聞こえた。

銀色の光が赤爆をもうすでに破っていた。

彼女が、魔法の防壁ぼうへきを展開しながら俺をかばう。

直後。

矢がその防壁に着撃した。

アルテミスが銀の矢を空へ放ってゆく。

落下の勢いはわずかもおとろえない。

「矢が通らない? 非力だと?

 こんな、純然たる力に敗北するなど……。

 オレ様こそが狩人なんだあああアア!」

赤爆の太陽が森を押しつぶして沈んでゆく。

最初の衝撃はゲルヴァシャの大地を割った。

空気の震える音しか耳に入ってこない。

目を開けているのがやっとだ。

いくつもの火柱がこの星の地層をえぐってゆく。

そして、赤爆の太陽にある核がアルテミスへ到達する。

真昼の百倍以上の光度が星を包む。

月をつらぬくほど太く高い火柱が上がり、ゲルヴァシャの大地は一瞬で火の海と化した。

大量のプロミネンスが、大地をイルカのように泳いでゆく。

星はいくつにも割れ、雲は空のどこかでアメ玉のように圧縮され続け、夕暮れの空をも魔法は赤く染めた。

爆発の余波がようやく収まった。

割れたゲルヴァシャの大地は浮いたままだ。

ブナのような木が大量に生えてゆく。

「アンジェリカ、しっかりしろ。おい……、オイ!」

苦しそうな息が彼女から聞こえた。

黒い霧が一か所へ集まってゆき、エヴァリューシュの姿へ変わる。

「ホモ・デウスとしては破格だが、神には及ばない」

アルテミスがこちらへ歩てくる。

「どれだけ殺せば死ぬんだよ、クソッ!」

「このカリュ大陸だけで、植物は八百万種以上も存在する。星全域を合わせれば、一千万種はくだらない。さらに、一種につき一個体はありえないことだ。

 初代ゲルヴァシャがなぜオレ様を封印したか、察しろ」

アルテミスは片手で腹をさすりながらそう言った。

俺はうつむく。

視線がアンジェリカの細い目と合う。

「前を、見なさい。顔は、自分で……上げるもの」

無理だ、俺はここで死ぬ。

よくやったさ、そうだ、俺にできることは全てやったんだ。

だって、どうしようもないじゃないか。

こんな、理不尽な……、チートな……。

ヤケドしている細い拳が鼻にふれた。

「もっぺん(もう一回)、言う。顔、あげなさい」

彼女は辛そうな表情で拳を俺の鼻へもう一度添えた。

「俺にどうしろってんだ。

 魔法も効かない、赤爆もダメ、あげくに攻撃は見えすらしない」

アルテミスの大きな笑い声が聞こえた。

「いいぞ、女を抱きながら泣きごとをめそめそともらせ!

 無様ぶざまみしめながら死ぬがいいッ!」

笑い声が急に消えた。

「なんだ……、急にかゆいな」

アルテミスが首や腹・ふとももなどを指でかいてゆく。

黒い肌ごしでも分かるほどの紅斑こうはんが、その体中にできていた。

多少のダメージがなんだよ。

俺にはもうどうすることもできない。

アルテミスが俺の首をねじ切ろうとする。

「ううごうあっふあ、くわっっぶおあ」

「汚ねえし、みっともねえぞ、ホモ・デウス」

アンジェリカがアルテミスの足へかみつく。

「奴隷にした後は、たっぷりと楽しませてやるから、待っとけ」

アルテミスは彼女の頭を踏みつけて、地面へ少し埋めた。

また、腹部を片手でかきながら痛そうな表情をしている。

意識が薄れてゆく。

リーシェの姿を頭に思い浮かべた。

リーシェ……、許してくれ。

…………。

何かが引っかかる。

全身の紅斑や腹部の痛み……。

————赤爆病。

「アンジェリカ、赤爆素を治療ちりょうしてくれ!」

精一杯の力でそう叫んだ。

「今さらご機嫌きげんをとろうなんざ」

アルテミスが両手で口を押さえた。

液体がその両手から少しずつもれてゆく。

強烈な吐き気を我慢しているように思った。

吐き気……、そうか、急性だ。

「紅斑だ、赤爆病せきばくびょうが発症しているッ!」

アンジェリカがアルテミスの腹へ手を添えた。

彼女は、歯が全て見えるほどに噛みしめている。

その両目は限界まで開いている。

「死ね——パナケイアのいやし」

その手が緑色に少し発光する。

舌打ちしたアルテミスが彼女の頭部を殴り抜いた。

「バカが、どこを治している!

 命ごいなら、全裸でぶたのマネでもしてみせろ」

アルテミスの腹にある紅斑が広がってゆく。

その前腹がくさり落ちた。

「なんだ……、いったい、オレサマに何が起きている」

森が光ると、その胴体どうたいが修復されてゆく。

直後。

全ての紅斑から出血が始まった。

「あああッ、カラダがあああああああ!」

これは急性赤爆病。

リーシェを検査した医者が言っていた。

「彼女は赤爆病です、それも重度の汚染による急性のモノです。

 おうとやゲリ、それにほぼ全身に渡っての内出血による斑点がでています」。

また、それを治療することが死を意味することも。

「赤爆素は魔法と接触すると、その魔法を焼き尽くし、さらに増殖してしまいます」。

一万五千発の赤爆が直撃したんだ。

一週間の余命など夢、命は数分後で尽きるだろう。

アルテミスの体は、出血しくさり落ちては再生してゆく。

再生の度に、赤爆素を除去する治療作用も起きる。

その反作用によって、赤爆病が悪化してすぐに死ぬ。

命が尽きるまでそれらを繰り返してゆくんだ。

想像すらできないほどの苦痛をたずさえて。

「生き地獄だ、後悔しながら味わえ」

大量の血が地面へ飛び散ってゆく。

「ふぁうおふあうおあふぉ、ああああ!

 オレサマがああああああアアアア!」

森が枯れてゆく。

肉のない部分がその体に目立ち始めた。

欠損部位の再生がにぶい。

「ああああああああああああああああああああああッ、ああ、ああああああああああああああアアあああああああああ、ああああああああッあッ、ああ、ああ、ああ、ああああああああああああ、もうッあああああああああああああああああああ、ああああやめああああああッ、ああぁあああぁあああ、あくむだあああぁああああ、こんなあああああああああああああ、あああアあああああぁあああアあああああぁ、ころしてくれえッ、ああぁぁあああああアアゝゝゝゝアアアアあああああ!」

アルテミスが頭を抱えながら仰ぐ。

「ヤメろッ、あアアア、セレナめ、出てくるなあああッ!」

三本の手がその口から突きでた。

「このときを待っていた、この体からようやく解放される」

エヴァリューシュと非常に似ている声が聞こえた。

女性がアルテミスの口から出てくる。

右肩には手がみっつ、左肩には足がひとつ。

骨盤こつばんに手がひとつ、右骨盤に足がみっつ。

そして、肩甲骨けんこうこつの辺りに頭がもうひとつ。

「ああ、憎しや……、全知全能の神よ。

 生がふたりを別つことなど、あってはならぬ」

なんだ、このひどくおぞましい生き物は。

————赤爆の焔鎌————

陽炎をまとう鎌を魔法で作りだす。

ソレと目が合う。

瞳孔どうこうが完全に開き切っていた。

「この盛衰せいすいの神・セレナが恐ろしいか?

 言葉があるにもかかわらず、未知への恐怖だけで武器を手に取るか?」

「殺されてからでは遅い」

「しかり、では先んじて殺すか?

 危険が予想されるというだけで、対話の相手を亡き者にするか?」

こちらに敵意はないようだ、今のところは。

アルテミスの腹からエヴァリューシュに似たモノがまた出てきた。

後ろ髪をお団子にまとめた女性だ。

その四肢に過不足はない。

彼女は周囲を見渡し、驚いたような声を出した。

「こんなにひどい環境は初めて」

そして、魔法で作った宇宙服のようなもので自らをおおった。

「セレナ、ここをすぐに離れたほうがいい」

「赤爆素であろう、ヘカテ。よく……、これだけの量をばらいた。

 もはや、死神と呼んで差支さしつかえない」

セレナは口から出おわると、どこかへ移動した。

直後。

アルテミスの体がくずれてゆく。

もはや原型をとどめていない。

一キロほどのブロック肉が散乱した状態だ。

それさえも再生と破壊を繰り返して、次第に小さくなってゆく。

森が枯れた。

ヘカテは、近くにある木の株へ座り、本を開いた。

武器を構える。

「あら、生きてたの。三日ぶりかしら」

ヘカテは本から一度も目を離さずにそう言った。

「次はオマエだ、ヘカテ。必ず討つ」

ため息が聞こえた。

「しつこい。いまは本を読みたい」

彼女の考えはよく分からない。

とりあえず、戦意はないようだが。

先にケガ人を治療する。

アンジェリカを背負う。

彼女は、発泡スチロールかと疑うほどに軽い。

「アンジェリカ、すぐに医療関係者へ診せるから」

返事は背中からなかった。

出血多量による失神か、急いで治療をしなくはならない。

「ねえ、どこの病院へ連れてゆく気?」

ヘカテの声が聞こえた。

なにいってんだコイツ。

「近くで医者や看護師が救出活動をしているだろうが。

 自称神のクセに、そんなことも理解できないか?」

ヘカテはページをめくる手を途中で止め、こちらへ目をやった。

「アナタとこのヘカテ以外、ここには誰もいない。

 脳だけでなく、目もご立派なかざりね」

俺は立ち止まった。

爆風でいたるところが深くえぐれた大地。

黒土により、見渡す限りの焼け野原。

水平線へもうほとんど食い込んでしまった夕日。

さんぜんと輝く、穴のある満月。

重さが、俺の背中から抜けてゆく。

「アナタは力のジレンマに囚われてしまった」

「お前たち神が、俺たち人間をおびやかすからだろ」

「箱庭(この星)は神の所有物。

 人間は特別な存在ではない」

「人間は神の奴隷じゃない」

「いいえ、神の力に従うようにできている」

「神による絶対主義など、俺が燃やしてやる」

ヘカテは立ち上がった。

「仮に神を燃やしたとして、次は人間を焼くことになるでしょう。

 これ以上は何を言っても無駄そう。

 さようなら、死神さん」

ヘカテは黒い霧になって消えた。

ノアは無事だろうか。

俺は中央区の病院を目指して、ほのかに赤い土を歩いてゆく。

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