奴隷を助けたはずが奴隷になったのでタスケテください!

金丸@一般ユーザー

26 蔑如のアルテミス②

アルテミスの撃った魔法の矢がこちらへ迫る。

茶色い光がひどくまばゆい。

見ただけで潰されてしまいそうな威圧感だ。

————プロメテウスの炎剣————

一メートルほどの炎剣をその攻撃へふりおろす。

魔法同士が衝突し、拮抗きっこう状態となった。

その衝撃が周囲へ伝ってゆく。

ガレキや霧の犬・クマなどが飛んでいった。

魔法の矢による攻撃がひどく重たい。

少しでも加力を弱めると、炎剣を手放しそうになる。

アルテミスの見下すような笑い声が、わずかに聞こえた。

「さすがにホモ・デウスでも、これくらい弾けんだろ」

俺は魔法の出力を最大にする。

プロメテウスの炎剣がたけった。

歯をかみしめながらその攻撃を払う。

「こっちにくるなあああ!」
「こんなの悪夢だ、悪夢だよぉ、助けてくれ」
「だれかあ、お救いくださいって、もう無理だってぇ」

払った攻撃の進行方向に数人いるのが見えた。

氷の壁が、彼らを囲うように地面から生えてゆく。

魔法同士が衝突し、爆発音が鳴った。

「どこ飛ばしてる、アカヤ!」

アンジェリカが彼らを守ったようだ。

アルテミスが気だるそうに首をかしげた。

「拍子抜けだ、オレ様がことさら労を費やす必要もない。

 奴隷どもッ、たらたらしてねえで、ちゃっちゃと食え!」

アルテミスは魔法で馬を一頭つくりだし、それに乗りながら周囲へ目を動かしてゆく。

太陽が頂点と水平線の中間ほどにまで落ちていた。

霧の犬・クマが人々を追立ててゆく。

全長十メートルほどの怪物たちが、そうしてできた人の群れをおそい始めた。

シカを模した怪物、アクタイオンが逃げようとした人へ後ろからかみつく。

何かをかじる音が俺の周囲で鳴ってゆく。

————プロメテウスの火矢————

弓の形をした炎を魔法で作りだし、火矢を放つ。

アクタイオンの胴体がそれを弾いた。

ダメだ、プロメテウスでは威力が足りない。

俺は右手をじっと見つめた。

赤爆せきばくを使えば、人々をすぐにでも助けれる。

しかし、その代償として、彼らは赤爆病をわずらう。

「もうイヤ……、見ていられない。みんな、あの子のようになってしまう」

そう言ったアンジェリカが目を閉じて、胸の前にある右手首をつかんだ。

赤黒い粒が彼女の周囲をただよう。

あめ玉ほどの赤黒い球体が、彼女の右手にあらわれた。

同時に、その右手が少しずつただれてゆく。

「やめろ、火傷が増える。これ以上続ければ、全身が……」

彼女が目を開く。

「火傷がなによ! こんなの辛くもなんともない、ないったらない!

 私は生きて、温かなベッドで高収入のイケメン優男に看取みとられて死ぬんだ!

 邪魔をするなら、アカヤだって許さない!」

彼女は泣きながらそう言った後、右手を高くかかげる。

「赤爆よ——全ての敵を燃やせ」

球体からこぼれた火が、ひな鳥の形へ変わっていった。

そのひな鳥たちが、霧の犬やクマを捕食してゆく。

「よせ、赤爆病のことを知らないのか」

「敵を一気に倒すには、もうこの魔法しかない。

 ここで化物にくわれるのと、赤爆病にかかって苦しむの、どちらが良い?」

「両方とも不幸になる、そんな選択をすることはできない」

「私なら、生き残った後に赤爆病の治療方法を全力で探す。

 未来のことは未来で解決すればいい」

赤い斑点はんてん、内出血が彼女の体に現れはじめた。

「なによこの反動ッ、人が扱っていい魔法なんかじゃないッ。

 体中が痛い、いったッ……、ああああああああああああ!」

彼女の斑点から出た血が、赤爆の球体へ吸い込まれてゆく。

これが赤爆本来の姿……、人はどうしてこんなものを生み出してしまったのだろう。

アルテミスは大きなあくびをしていた。

赤爆がアルテミスの乗る馬へとりつき、それを一瞬で焼き尽くす。

「なんだ、おいっ」

支えを失ったアルテミスは、地面で全身を打ち、痛みを叫んだ。

「ふざけんじゃねえぞ、ホモ・デウスがッ!」

全身から出血しているアンジェリカが、倒れるように両膝を地面へつけた。

「もう限界だ。これ以上続けたら、本当に死ぬぞ」

赤爆が、奴隷に扱われている神々を焼き始めた。

よっつの奇声がゲルヴァシャ国へ響いてゆく。

霧の犬やクマは、もうどこにも見当たらない。

赤黒い彼女が空へ向かって叫びだす。

「いつだって、困難を切り開くのは自分だ!

 記憶はないけど、私はどんなときも『自分の原則』に従ってきた。

 神だろうが化物だろうが、私の人生を奪うのなら、全部ぜんぶ燃やしてやるッ!」

魔法の矢がアンジェリカの腹部をつらぬく。

赤爆が次々と消えていった。

彼女はその場に倒れ、両手で血のあふれる腹部をおおう。

「私、死ぬの? この生温かい大地で」

その両手が緑色に発光し始めた。

俺の痛みを和らげた時の光と同じに見えるので、おそらくは回復の魔法だろう。

俺は彼女の傷口を手で押さえながらアルテミスへ目を動かす。

それは、弓を構えたまま冷たい視線をこちらへ送っていた。

「その魔法のウザさ、どれだけ封印されても忘れねえ。

 ホモ・デウスどもは、戦いの度にトチ狂った魔法ばかり作りやがる。しかも、もれなく自滅するオチ付きだ。その程度の知能で、ホモ・サピエンス(賢い人)を名乗るんだから、笑えるぜ。

 おい、ヘリオス! そこの二匹をくえッ」

ニワトリのような怪物、ヘリオスが黄色い巨大な球体をのぼらせた。

そして、人やガレキを踏み潰しながらこちらへ走ってくる。

「自分の原則に従う」、そんな風に考えたことはなかった。

出血して倒れている人がいれば、自分のスマホで救急車を呼ぶ。

それが、俺の原則。

俺は立ちあがり、ヘリオスの方向へ少し歩く。

————赤爆の焔鎌ほむらがま————

赤紫に光る全長1メートルほどの鎌(サイス)を作り、それを振る。

斬撃は衝撃波へ変わり、鎌の刃の形でヘリオスを断つ。

二分割された肉体が地面へ落ちて、少しの間だけ転がった後、一瞬で燃え尽きた。

アルテミスが、自らの指を出血するほど強く噛んでいる。

「アカヤ、それ……、赤爆? 最初っから使いなさいよ」

アンジェリカの弱々しい声が後ろから聞こえた。

「そうだ。でも、出し惜しみをしていたワケじゃない」

「迷ったり悩んだりしても、状況は悪くなるだけだっての……」

スマホも救急車もなければ、俺は背負ってでも怪我人を病院へ送る。

夕日に染まっているアルテミスが視線を上へあげた。

おぼろげな月が空の端で浮かんでいる。

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