奴隷を助けたはずが奴隷になったのでタスケテください!

金丸@一般ユーザー

19 封印の体①

術後いまだに目の覚めないノアを見つめる俺の髪を、ラヴィが髪留かみどめでネギの様にとめていた。

もうすでに、夜になってからはひさしい。

室内は、天井にある魔法石(魔法で発光・蓄光ちっこう可能な石)が輝くために昼のように明るい。

エヴァリューシュは病室の端で本を読んでいる。

「お兄ちゃん、かみにキューティクルが足りないッ!」

ため息が出る。

「やめろ、本当に賢者なのか」

ニコニコとしている彼女が、髪留めを全て外し、「そだよー」と言う。

俺は彼女を静かに見据える。

「お兄ちゃんさ、暗い顔してたら、その人は起きた時に、責任を感じちゃうんじゃない?」

誰かがコメディードラマ視聴後の顔で見舞いにきたら、俺はケガ人を増やしたくなる。

「そうは思わない、心配そうな顔の方が適切だ」

意地の悪そうな表情のラヴィが、俺の鼻をゆびでつんつんとする。

「はい、男脳オオオオオ! エブりんの本だと、イケメンスマイルが常に正義ッ!」

エヴァリューシュが、視線をこちらへあげていた。

真面目そうな顔をして、ずいぶんと乙女じゃないか、エブりん。

「…………、私に何か?」

「エブりん」

俺はやや冷めた口調でそう言った。

「エブゥりーん」

ラヴィのあおるような声が聞こえた。

エヴァリューシュは、しおりひもをページにひいてから本を閉じる。

「まさか、子供の数が増えるとは、予想できかねます」

「今日はどんな本を読んでいるのさ」

ラヴィが、彼女の本を手に取り、しおりひものひかれたページを開く。

「私の物に触るな!」

「赤爆の父、ルロバート・オスペルケットは、赤爆の母である、エドゲイン・ケテラーとこの時、方向性の違いで、研究グループ・ローザンアッシュを解散。その後、彼はソロ活動を続けるも、大手研究所の特許を侵害したとして、投獄される……。

 つまんねー、いつものイケメンが脱ぐヤツは?」

エブりんが、彼女から本を奪う。

「そんな本、私読んでないしょ」

「あ、ごめーん。微妙に高いマンガだったね?」

「バカッ、変なこと言わないでよ。いい加減にしてよ」

ふたりはケンカをすぐに始めた。

病室はいよいよ騒がしい。

顔に傷のある女性看護師が病室に来た。

「すみません、反省しています」

「ごめんなさい、もうしませんから、許して……」

その看護師が扉を閉める。

俺は彼女たちを眺めた。

「ふたりは姉妹?」

エヴァリューシュは、表情をくもらせる。

「ウチは、家族いないよ、売られたからね」

「そこまできくつもりはなかった、仲良さそうだからつい」

ラヴィは、首をかしげてキョトンとする。

「別に気にしてないよ?

 聖痕を持った人は、だいたいそんな運命」

「ふたりも聖人なのか」

「そだよー、エブりんは右肩に聖痕がある。ウチは」

そう言ったラヴィが、上着をみぞおちの辺りが見えるまでめくった。

エヴァリューシュがあわてる。

そこには、リンゴの様なアザがある。

「ここだよ! 神殿を管理する賢者には、聖痕がないとダメなんだ」

俺は彼女の上着を元に戻す。

「はしたない」

「ここなんていうか、わかんない」

「医学書でも読みなさい」

彼女の将来が心配だ、悪い男に騙されてしまいそう。

フクロウの鳴き声が聞こえた。

一瞬で真顔になったラヴィが、両手を正面で合わせる。

彼女の周囲に緑の光球がただよう。

魔方陣が床に浮きでると、室内の色相がモノクロになった。

「なにをしたんだ?」

「ウチが許可した人以外、この部屋に入れなくした。

 アテナが近くにいる」

パソコンのファイアーウォールのような魔法だ。

「本当にいるのか、特別な変化なんてないが」

「え、わからないの……、こんなに匂うのに」

俺はラヴィを見る。

彼女は、自慢げな表情で鼻息をならす。

「外れたら、腕立て伏せ二十分な」

「当たったら、ウチにお肉おごってね、厚切りステーキだよ」

彼女へ背中をあずけて、窓の外に注意を向ける。

「ラヴィ、索敵さくてきをだします」

そう言ったエヴァリューシュが、右手をつかむ。

茶色の光が地面に集まる。

それはタコの様な姿の生物に変わった。

…………、移動力のあるものは出せないのか?

「うぇっ、これ、あの本のヤツじゃん! せめて、獣だせよ!」

ラヴィが、ひきつった顔でそう言った。

「うるさい。目的を達成できれば、手段になどこだわらない。

 ましてや、道具の美醜にこだわるなんて時間の無駄」

「ウソつけ! 年中無休、絶頂思春期だから、それで頭一杯なだけだろ!」

スキさえあればケンカをするな。

「早く、索敵を出してやれ、後手に回るぞ」

「はいはい、いま触手だしますよ」

口をとがらせたラヴィが、タコもどきの頭をわしづかみにして、窓の外へ投げる。

一瞬だけ、窓にかかっているモノクロの色相が元に戻る。

タコもどきは、回転しながらそこを通って、窓にへばりつく。

俺はため息をはくと、窓を開けて、それを外へ捨てた。

窓の色相が、モノクロへふたたび変わる。

「お兄ちゃん、ごめん。窓、忘れてた」

エヴァリューシュは目を閉じていた。

「周囲には、特になにも反応がありません。

 雨と……、枝にとまっているフクロウ? それがいるだけですね」

「いるって、農道を通ったときのこえだめくらい匂うでしょ!」

まさか、暇だからふざけたのか。

「ラヴィ、怒らないから、冗談ならもうやめよう」

彼女が俺の服をにぎる。

「信じて、本当にアテナが近くにいる」

「エヴァリューシュはいないってさ」

「ポンコツ、なまけて本ばかり読んでるから、そうなるんだぞ!」

エヴァリューシュは、右手を下ろす。

索敵の魔法を解除したのだろう。

「ラヴィも魔法を解きなさい。ここは安全だから」

ドアのノックされる音がなった。

「すみません、巡回です。戸を開けてください」

女性看護師が、ドア外でそう言った。

「また怒られるぞ、ラヴィ君」

彼女は魔法を一向に解除しない。

「今といたら、アテナが……」

「気のせいだ。それに、もしここにいるのなら、探す手間が省けたさ。

 俺が必ず燃やす」

「ほんとう?」

ラヴィは、ひどく心配そうな表情でそう言った。

「本当だ。さあ、看護師さんを部屋に入れてあげよう」

「絶対だよ! 約束だからね!」

彼女は両手を合わせる。

魔法が解けたので、部屋の色相が元に戻った。

窓の割れる音。

銀の装飾がきらびやかな槍——ヘパイストスの槍が、ラヴィのノドを貫き、彼女を木製のドアへ押しつけた。

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