奴隷を助けたはずが奴隷になったのでタスケテください!

金丸@一般ユーザー

15 砂漠の行路⑤

リッグの右手が燃えつきた。

「ちぐしょおおっ、うんほおおおおお!」

「アンジェリカの記憶を元に戻せ」

彼は、右手首をつかみながらこちらを見る。

「ふざけんな、テメエッ」

静かにリッグを見据える。

「『はい』と言うまで、なんど続けてもかまわない」

周囲に、シャコウが何体か現れる。

にやけているリッグが、「オマエはエサなんだよお」と言った。

アンジェリカが起きる。

「ここはどこ? 寒いし……臭いし……変態いるし」

「自分の名前を言えるか」

「いきなり失礼なヤツ、初対面には敬語をつかえ」

リッグが野営所へ走りだす。

「シャコウだ、みんなすぐに起きろ!」

テントから、傭兵ようへいたちが次々と出てくる。

「うるせえなあ、シャコウがどうしたってんだよ」

ひとりの大柄な男性がそういった。

「おお、グーゴ。シャコウだけじゃない、旅の男は密漁者みつりょうしゃだッ!

 密漁を注意したら、この右手を切られたんだあ!」

リッグが右腕を上げながらそう言った。

グーゴはモヒカンを手でかき上げる。

「オーケー、追加料金を払え」

「事態が落ちついたら払うゥ! 頼むから、密漁者を!」

グーゴが大声で笑う。

「聞いたか寝坊助ねぼすけども!

 シャコウ一匹、1000ルド。旅の優男やさおは10ルドだ。

 乗るしかねえぞ、このボーナスタイムッ!」

傭兵たちが、一斉に気合の混じった奇声を上げる。

俺はプロメテウスの炎剣でシャコウたちを切ってゆく。

またたく間に、シャコウの数が数百ほどにふくれ上がっていた。

「イヤ、消えろ害虫がッ」

そう言ったアンジェリカが、自らに近づくシャコウをり飛ばしていた。

プロメテウスを振り下ろす。

小さな爆発が起こる。

爆傷はシャコウの一群を吹き飛ばして、野営所までの道を作った。

「合流するぞ、今のうちに走れ」

彼女は、まゆをひそめながらこちらを見る。

「変態が話しかけるな、散れ!」

三度、ローマスタイルが軽視されてしまった。

「おい、状況をわかって——」

ロングシュートを決めるような強烈なキック。

アンジェリカが、それを俺のまたへ打つ。

————、…………、————。

「話しかけるなって言っただろうが!

 頭を新品に取り換えてこいッ、このヘンタイッ!」

俺は内股でその場にくずれた。

すかさず、シャコウたちが俺をおそう。

体液と毛むくじゃらの足が、背中に乗ってゆくのを感じる。

————プロメテウスの炎人————

「激怒したッ、俺は激怒だッアア!」

魔法で人体発火を起こす。

上に乗っていたシャコウたちが一瞬いっしゅんで燃え尽きる。

炎はローブを燃やし、俺の全身を包む。

アンジェリカが驚く。

「見たことない魔法……。まさか、それで仕返しする気?」

右手で彼女を指さす。

「暴力は必要ない、人間には言葉がある」

彼女は、ほっとしたような表情をした。

「だが、自然権を維持する為には、言葉だけでは足りない時がある。

 それが今だッ!」

アンジェリカへ駆けだす。

彼女は、腰を抜かしたのか、その場にへたりこんでしまう。

このとき、彼女の尻がシャコウを一匹つぶす。

「オマエが悪いんだろ、露出狂ろしゅつきょうが逆切れかよ!」

炎をまとう右ストレートを打つ。

「ごめんなさいっ、蹴ったのは、ゴメンンン!」

拳を、彼女の顔の前でぴたりと止める。

アンジェリカは白目を向き、地面へ倒れてしまう。

恐怖で失神したのかも知れない。

シャコウが飛びかかってくる。

手刀で一閃いっせんし、焼却。

「おう、まだ生きてやがったか、俺が一番ノリダア!」

そう言った傭兵が、氷のおのをこちらに振り下ろす。

炎をまとう右手で斧を受け止める。

その反動で、足が地面に少しだけ埋まった。

斧の刃を指先の炎で溶かし、握りつぶす。

「俺様の、ハデスの氷斧ひょうふを素手でッ!?」

「全員がリッグの言葉にダマされている。

 こちらの話も聞いてくれないだろうか」

傭兵が、氷の刀の二刀流で切りかかってくる。

「金が優先だ。——ハデスの氷刃を肌で味わえ、ヤサオ!」

斬撃が一瞬でいくつも放たれた。

その軌道が重なって、万華鏡まんげきょうの形状に見える。

————プロメテウスの火壁。正面へ火の壁を展開する。

氷の斬撃は、火壁に触れた瞬間に蒸発した。

「バカなああ、俺様の」

話している傭兵の顔を軽く殴った。

そして、地面に腰をつく彼を見下す。

彼のほほには、拳のあとがくっきりとついていた。

「まってくれぇ、話ならきくッ、聞かせてください!」

男の大きな笑い声が野営所で響く。

「おじょうちゃま、ベッド以外では、優しくしてやらねえぜ」

笑い終えたグーゴが、ノアに向かってそう言った。

周囲の男たちが、あおりだす。

「そう言って、みんな泣かしてきたじゃねえかよ、サドのグーゴ!」

「なんだあ、きょうはー、コンパニオンつきの酒盛りかあ?」

右手に包帯を巻いたリッグが、テントから出てくる。

「おい、ソイツは密漁者の仲間だっ、とらえろ!」

グーゴがリッグを見据える。

「とらえてくださ……い、お願いします」

リッグは、背を丸めながらそう言った。

ノアは、口を手でおおいながらアクビをした。

そして、準備体操を始める。

俺はアンジェリカを背負って野営所へ走る。

「おじょうちゃま、このままだとアポテネスで死刑だ。

 俺の女になるなら、助けてやるよ」

ノアは手を組んで上に伸ばす。

そして、ボクシングのように構えた。

「僕、激しいのは嫌いじゃないよ」

グーゴは舌なめずりをする。

「相性ばっちりじゃねえか、いいねえ、可愛がってやんよ」

ノアが一気に距離を詰めて、グーゴのかんげん(へそのあたり)へ拳を打ち込む。

「でもね、心を満たさない加虐には、価値がないんだ」

グーゴが無言で倒れた。

「殴るのって、やっぱり気持いいなあー」

笑顔のノアがそう言った。

「だっせえぜ、普段デカイ態度して、このざまかッ」

リッグは笑いながらそう言った。

他の傭兵たちがノアを襲う。

「僕はアカヤほど優しくはないし、加減する気もないよッ!」

傭兵が彼女へ殴りかかった。

ノアは、軽く息を吐くと構え直す。

そして、殴ってきた腕をさばき、彼の膝を蹴る。

傭兵は痛みを叫んで、その場にくずれる。

「もらいッ!」

ノアは、傭兵の頭を掴んでそのアゴへ膝を打ちこむ。

「あバババッ」

彼女後ろからふたりの傭兵が、奇襲を試みていた。

「ノア、後ろだ」

俺の声に気づいた彼女が、背後へ飛ぶようにして、片方の傭兵の腹へヒジを叩き込む。

「ああごっ」

「おい、大丈夫か」

「口説いた女から目を離すなんて失礼だ!」

もう片方の傭兵が、驚きながら「へ?」と言った。

ノアは、ヒジを打ちこんだ男の足を払い、隣の傭兵へ背負い投げる。

ふたりの傭兵は、地面へ倒れる。

ジャンプをしたノアが体を回して、倒れている傭兵の顔へ蹴りを打ちこむ。

その顔は地面にしっかりと埋まった。

そして、周囲の傭兵たちも素早く体術で潰してゆく。

「ありえねえ。こいつらは性格こそカスだが、腕は確かなんだぞ」

リッグが後ずさりしながらそう言った。

俺はその肩を叩く。

「アアッ!? 気安く触るんじゃねえ、底辺がッ!」

その顔をビンタする。

リッグは内股になって立つ。

「許してください、僕はカスですう、これさしあげますからあ」

彼は、衣服のポケットから茶色の小さな梱包を取り出す。

出入管理所での身体検査の時に、見たものと似ている。

「アポテネスへ持ち込みが禁止されている粉末か?」

「そうでしゅ、これを売りさばけば、大金になりましゅう。消費者もハッピー、生産者もハッピー、みんなハッピーなんですよお。

 ひぇっ、ひぇっ、ひぇー。使った人は、みんなこんなカンジに笑うんですよ、ね?

 素敵な世界をボクと一緒に作りましょうよ、先生!」

彼は、こちらにその小包を押し付けてくる。

「アンジェリカにそれを作らせようとしたのか」

「そうです、彼女はゲルヴァシャ国の魔女。より上質な粉の精製方法を知っています。

 先生からも一声かけていただければ……。より大きなウィンウィンの関係を消費者と築けます!」

ノアが拳を鳴らしながらこちらへ歩いてくる。

「アカヤ、僕がヤる。動けなくするのは得意」

俺は手の平を彼女に見せる。

「いや、魔法での拘束でいい。明日にでも、アポテネス政府へ渡そう」

リッグのズボンから液体がもれはじめた。

彼は失禁をしているようだ。

「この粉はねえ。砂しかなかったアポテネスで、人々の苦痛を和らげているだけなんだあ。だからさあ、これは都市民にとって神様なんだよお!

 一緒に使って、神様をあがめようようおおおお!」

神なら昨日燃やした。

————赤爆の火弦————

火弦がリッグを拘束する。

彼は命ごいをまたしようとする。

「もうしゃべるな」

俺は彼の腹を全力でなぐる。

リッグは、おうとをするなり静かになった。

突然、大きな地震が起きた。

野営所を襲っていたシャコウたちが一斉に逃げだす。

傭兵の一人が叫ぶ。

「なんでこんな時に! あの魔物が撒き餌ま  えにかかったぞ!」

三日月の下、山の様な巨体が砂漠から生えてゆく。

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