無能の烙印-Until the world changes-

どくろん

第3話回想

緑。前を向けば木。後ろを見れば木。下を見れば草。上を見れば葉。そのような密林の中、宗介と祐介は二人で立っていた。このとき、祐介は十歳。


「いいか?  お前が覚えなきゃいけないことは、まずそのバカみたいに高い魔力マナをコントロールするところだ」
「コントロール?  魔法が使えないのに、何言ってんだよ」


宗介の言葉に祐介は少しトゲのある口調で返答する。そう、祐介は父親譲りの高い魔力マナを持っていたが、無能者のため、魔法は使えないのだ。


「そうじゃない。それに、これは祐介のためだけじゃないんだぞ」
「それはどういうことだよ?」


祐介は手首につけている魔力マナ制御用のブレスレットを触る。


「お前の魔力マナは年々増加している。そのブレスレットで抑え込んでいられるのもあと一年が限界だ」
「だから、何が問題なんだよ。何度も言わせないでくれ。俺は魔法を――」
「魔法が使えなくとも、魔力マナは暴走する」


宗介は重苦しい口調で告げる。


「暴走した魔力マナは、周囲を巻き込んで大爆発する。つまり、お前は今、安全装置の付いていない原子炉みたいなものだ」


魔力マナの暴走。そのことは、祐介も知っていた。自分の背丈に合わない魔法を行使しようとしたときや、魔力マナ過剰の状態で精神が乱れたとき、魔力マナを律する精神が無いときなどで起こる。大抵は、その人の魔力マナ回路をズタズタに引き裂き、体内で小さな爆発を起こし、内臓へダメージを与える。
時折、赤子が魔力マナ暴走を起こすこともある。そのため、それを制御するためのモノ(今祐介がつけているブレスレットなどがそうだ)が開発されたりした。しかし、それはあくまで少ない魔力マナを制御するためのもの。祐介のために専用の改造を施してはいるが、もう限界だ。


「お前の魔力マナが暴走したらそうだな……ここの都市は軽く吹き飛ぶ」
「…………は?」


祐介は突然の一言に固まった。


「小さな原子爆弾のようなものだ。俺なら止めることができるが、もし俺がそばにいなければ……お前の友達などは消し炭だろうな」
「な、なんとかしてくれ! 俺は……俺はどうすればいい!?」
「安心しろ、今からコントロールを覚えれば間に合う。それに、話は最後まで聞け」


興奮している祐介をいさめつつ、宗介は話を続ける。


「これはお前の戦力増強にもつながることだ。コントロールできるようになるため、一緒に『チャクラ』の扱いも覚えてもらうぞ」
チャクラ?」
「そうだ。まあ、実際に見てもらうのが早いか」


宗介は立ち上がり、右手を無造作にあげた。その手に祐介には覚えのないエネルギーが集中していく。


「なんだこれ……?  魔力マナじゃない?」


祐介は戸惑いながら、自分が知っている『力』をあげる。


「どれでもない。これはマイナーだからな。これがチャクラだ」


そして徐々に形成されていった光球を無造作に近くの木に投げた。するとその球は唸りをあげ、祐介の二倍の横幅はあった木を簡単にへし折った。


「す、すげえ……」
「この技は魔力マナの応用だから、今の祐介にはできない。だが、身体強化などの肉弾戦向けの技術なら今のお前でも使えるだろう」


祐介はゴクリ、と喉を鳴らした。今の祐介の戦闘スタイルは、長時間戦うことには向いていない。すぐに消耗してしまうからだ。しかし、これならと祐介は目を輝かせた。


「では、特訓に移るぞ。覚悟はいいな?」
「望むところだ!」




◆◆◆




「まずはチャクラを感じるところから始めよう」


宗介はどっかりと地面に腰を下ろした。そして、祐介にも座れと促した。


チャクラとは本来、生命エネルギーのことを指す。魔力マナとは別物だ」
「生命エネルギー……」


祐介はピンときていないのか、首を傾げる。


「で、これから修行を始めるわけだが、お前に二つの選択肢をやろう。一つ目、時間はかかるがそこそこ楽な修行。二つ目、そこそこ速く習得できるが結構キツい修行」


宗介は指を二本立てた。


「そこそこ?  その言い方だと、もっと上があるような……」


祐介は宗介の歯切れの悪い言い方に疑問を覚え、素直に質問した。


「……まあ、あるといえばある。凄く速くて、凄くキツいのがな」


宗介は重苦しい雰囲気で祐介に問うた。


「本当にキツい。下手したら死ぬ。だから、言うつもりはなかったんだが……」
「やるよ。俺は一秒でも早くその力を手に入れなきゃならないからな」


祐介は焦っていた。もし、今この瞬間にも魔力マナが暴走したら……と、不安にかられていたのだ。もちろん、すぐに魔力マナが暴走することなどない。しかし、お前は歩く原子爆弾だと言われて焦らない人はまずいない。


「……わかった。俺も最大限バックアップはするが、成功する保証は無いからな」


祐介の一度決めたときの意思の固さは筋金入りだ。宗介はよく知っていた。


「上等! やってやるよ!」


祐介もまた、宗介はやると決めたら一切妥協せず、やり切る人だと知っていたので、己の生死も宗介に委ねる。


「よし、じゃあまずは上着を脱げ」


宗介は腕まくりをし、持ってきた道具を入れたバックパックから数本鍼を取り出した。


「今からお前の中に巡るチャクラを開放する。ただ、無理やり、な」


チャクラは流動的なエネルギーと知られている。それは人体を血液のように循環しており、誰の体内にも存在している。いわば、『生命エネルギー』である。


「…」


宗介は慎重に、かつ大胆に祐介の胸の中心あたりに鍼を打っていく。
人間には点欠というものが存在する。経穴と呼ばれるツボと同義ではあるが、そこには特にチャクラが溜まりやすい。宗介は、そこに刺激を与え無理やりチャクラを放出させようとしているのだ。


「……ぐっ……!」


祐介は鍼を打たれたとき、ほとんど何も感じていなかったが、徐々に体が熱くなっていくのを感じた。


早速気チャクラが流出し始めたな。さて、修行の内容だが、このチャクラはいわばお前の生命力だ。今、チャクラを無理やり放出させた。で、このペースだと二十四時間程度でお前のチャクラは空っぽになり、死を迎えるだろう」


さらりと重要なことを言う宗介。


「は?」
「だから、他の点欠を刺激して、チャクラを活性化させて回復を早める。それに耐える修行だ」
「あ、ああ」
「で、ここからが本題だ。一日耐えきる。もし、それができなければ、もう点欠が閉じ、おそらくは二度と同じことはできない。チャクラの習得ができなくなるとは言わないが、まあ、そうだな、あと三年は習得できないだろうな。だから耐えろ。以上」
「え、ちょっ!」


一方的に祐介に伝え、宗介は頑張れと一言残して行ってしまった。


「……でも、二十四時間耐えるだけだよな?」
(多少体が熱いものの、別にどうってことない――)
「――ッ〜!?」


祐介はいきなり目の前が真っ白になるほどの痛みを感じ、声にならない悲鳴をあげた。


「ああ、言い忘れていたが、点欠の活性化は強烈な痛みをもたらすからなー」


宗介の声が遠くから聞こえたが、祐介はそれどころでは無かった。


「こひゅっ……ってぇ……」


涙目になりながら、荒い呼吸を繰り返す。


「言うのが遅いんだよ……」


今は痛みが和らいでいるのか、宗介に悪態をつく。


「あーっ!」


しかし、痛みは休む間すら与えてくれない。また、同じ、いや、それ以上の痛みが祐介を襲った。


「……上等!」


脂汗を流しながら、祐介はニヤリと笑った。




◆◆◆




──────十二時間経過──────


「はっ、はっ、はっ……」


祐介は地面に這いつくばり、必死に耐えていた。
絶え間なく襲ってくる痛み。それに、どんどんと熱くなる体。その二つにより、祐介の周りは我慢のあとで一杯だった。無残に摘み取られた背の低い草、爪痕の残る樹木、明らかに噛んでいたのであろう歯型の残る枝。それが祐介の苦しみを代弁していた。


「ちき、しょうめ……」


祐介自身、痛みには慣れていたつもりだった。しかし、この痛みは祐介の想像していた痛みとは別次元。


この痛みは、内側から来るのだ。つまり、内臓の痛みと同じである。いわば、男の急所である股間を蹴られ続けているのと同じような痛みが延々と続いていることとなる。


「まだ、まだだ……!」


ギリィ、祐介は歯を食いしばった。




◆◆◆




──────二十時間経過──────


「……ぁ……」


祐介は憔悴しきって、襲ってきた痛みに小さな声をあげただけだった。
地面に倒れ込み、時折痙攣する。流れ出た汗により、祐介はまるで雨に打たれたかのようだ。
先程よりも周りは凄惨を極めていた。嘔吐の跡、涙、汗の水たまり、発狂しかけて自分の腕を掻きむしり、流した血の跡。


「ぅぅう……」


祐介は叫び過ぎで潰れた喉でまた小さな悲鳴をあげた。脱水症状を引き起こし、生命の危機にさらされてもなお、痛みは容赦なく祐介を攻め続ける。


「…………くそが」


しかし、まだ祐介は折れてはいなかった。もちろん、何度も諦めそうにはなった。しかし、そのたびにある者の顔が、祐介の脳裏をチラつく。


「……ら、み……あ……」


絶対にラミアを護る。傷つけない。その思いが今の祐介を支えていた。




◆◆◆




──────二十四時間経過──────


「……祐介! 祐介!」


祐介は誰かに揺り動かされ、目を覚ました。


「……父、さん……?」


ぼんやりとした視界で、宗介が水を飲ませているのが見えた。


「ああ、よく頑張ったな」


こくり。祐介の喉が動いた。
宗介の声が震えている。内心、心配で気が気でなかったのだろう。


「……うまいよ」


そして、ふーっ、と脱力し干からびかけた己に労いをかけた。


「……お疲れ、祐介。」

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