この世には、数字にできないことがある
第14話 ユース②
ありとあらゆる魔法は、使用者の明確な意思を要する。
対して、武術や剣術は、体に脊髄反射の領域まで動きを刷り込ませ、ゼロコンマ1秒単位の素早さが要求される。
魔法の方が殺傷能力が高いにも関わらず、近接戦闘では絶対に魔法使いが剣士等に敵わない理由でもある。
これは、魔法陣など一切使わない、単に魔力を燃焼させるだけの【強化魔法】でも同様である。
例えば、『右手に持った剣で強化した攻撃』をするだけでも、腕を持ち上げ、振り下ろし、インパクトの瞬間には握力を高める。と言った、動作を意識しながら魔力を込めなければならない。
かつ、右腕と剣も同時に強化をしなければならない。
しかも、魔力の量には限りがあるので、練習もままならない。
そのため、一般的に【強化魔法】を使用するためには、魔法が間違いなく発動するように、多少無駄になってもいいので魔力を勢いよく噴出し、強化したい箇所、もしくは全身を魔力で覆うのが一般的だ。
だが、ユースには一切無駄に漏れた魔力が無い。
騎士団長にまで上り詰めた男にとって、それがどれだけ異常な事かよく理解していた。
恐らく物心ついた頃から剣を振り続け、壊れた体を本能的に魔力が補い、それでも尚剣を振り続けて、更に体を壊し、強化し、壊し、強化し……を延々と繰り返し続けなければ、超高速で戦闘している最中にでさえ、一瞬たりとも魔力が漏れない等という現象は起きないはずだ。
「何故……何故、そこまでして強さを求めた?」
男は畏怖を込めて、ユースに尋ねた。
「だから、最初に言った通り、家族を守るためですよ?」
それに対し、ユースは不思議そうに首を傾げるだけだった。
◆
無事、騎士になる事ができたユースは、当然のように頭角を現し、一躍城中の注目の的になった。
本人は軽くやっているつもりでも、同じ新人同士の訓練では、ユース1人に対し10人がかりでもかすり傷一つ負わせられない。
先輩騎士達は、新人に負ける恥を恐れて、手合わせすらしない。
騎士団長だけは、訓練後嬉しそうにユースと特訓という名のタイマンを挑み、笑いながら尋常じゃないレベルの斬り合いをしているが。
そんなユースだったので、やはり騎士団長が当初危惧したように、貴族の子弟達の不興を買ってしまった。
かと言って、暴力に物を言わせるのはユースが強すぎるし、雑用をさせようにも、いつも真っ先に騎士団長が訓練場に連れて行ってしまい、無理難題を押し付けるどころか、話すら碌にできない。
しかし、彼らもいつまでも歯噛みし、ただただ静観しているわけには行かなくなった。
なんと、ユースの噂を聞きつけた国王が、ユースを王女の近衛騎士に抜擢したいと言い出したのだ。
これには騎士団に所属する貴族の子弟達だけではなく、その親達も慌てふためいた。
何せ王族とコネクションを掴む機会を得るために、騎士団に子供達を潜り込ませたのに、それらを全て無視し、どこの馬の骨とも知らぬ孤児に、その全てを奪われようと言うのだ。
……冷静に考えれば、別にユースが近衛騎士に選ばれようと「じゃあ、自分も頑張ろう」と一念発起し努力するベクトルに力を注いでくれれば良いのだが、そんな健全な発想を抱けないのが俗人の常である。
それも貴族特有の選民思想に毒された、権力以外何も縋るものが無い者達に限ってそういう傾向にあるらしい。
「ユース!貴様に特別訓練をつけてやる!」
副団長であるアラサム・ヴィンダイスが、自分の派閥(部下ではない)を引き連れて、独りで訓練をしていたユースの元を訪れた。
ありとあらゆる策を労した結果、ユースを保護する騎士団長を、大使の護衛任務へと無理矢理回し王都から引き剥がすことに成功したのだ。
「俺とですか?」
「そうだ。わざわざ、このヴィンダイス公爵家であり、副団長である私がだ!まさか、断るなんてことは無いだろうな?」
「いえ。副団長とは、手合わせして頂いたことが無かったので、楽しみです。後ろの皆さんも一緒ですか?」
ユース程ではないが、アラサムも十分に美形の部類に入る。
ただし、アラサムはユースの言葉を聞いて、醜く表情を歪めた。
「ふんっ。相変わらず、調子に乗っているようだな。貴様程度は、私1人で十分だ」
「はあ」
この人はたかが訓練で、何をこんなに息巻いているのだろうーーそれが、ユースの素直な感想だったが、彼は口に出さず、大人しく室内の訓練場に着いて行った。
「珍しいですね。室内訓練場使うなんて」
室内訓練場とは名ばかりで、多段式の観覧席が設けられた、本来の用途は軍のセレモニーや演舞の披露……そして決闘場である。
ユースが周囲を見回すと、結構な人数が副団長アラサム・ヴィンダイスとユースの行う「見世物」を見に集まっていた。
もちろん、彼等はアラサム達貴族派が集めた、ショーの「見届け人」である。
「あれは……もしや国王様に王女殿下も!?」
しかも中には、国王その人とユースが近衛騎士としてお護りする予定の王女もいた。
「ふっ。予定通り陛下と王女殿下のお越しになられた。これでお前の化けの皮を剥がす準備は万端だな」
観覧席に向かって跪き、臣下の礼を取っていたユースの横で、アラサムが何やら薄ら笑いを浮かべている。
「化けの皮?どういうことですか?」
「決まっているだろ!姓も無い庶民の分際で、成り上がりのギリアムに尻を振って騎士になったばかりか、いつの間にか陛下にまで取り入りやがって!少しばかり腕が立つようだが、所詮は我流の適当な剣だ。今日、ここにいる全員に、その腕が偽物であることを示してやる」
尚、今更ではあるがギリアムとは、ユースの入団試験をしてくれた騎士団長のことである。
「そうですか。それは楽しみです。副団長、胸をお借りします!」
激しく敵意を向けるアラサムに向かって、ユースは無邪気な笑みを浮かべしまい、無自覚に更なる敵意を煽ってしまった。
◆
「それでは、アラサム・ヴィンダイス副団長と新米騎士ユースの公開訓練を始める。両者構え!」
気がつけば、特別訓練は公開訓練に名前が変わっており、しかも何故か「審判」がいる。
そして、当然この審判もアラサムの仕込である。
(ふん。孤児の分際で多少剣が使えるからと調子に乗るからだ)
アラサムにとって、この「公開試合」は、既に只のショーであり、「公開処刑」である。
「むんっ!」
鋭い風切り音と共に、鋭い刃がユースの横を通り過ぎていく。
「実剣?」
ユースが驚いて、アラサムの手元を見直したが、どう見てもあの光り方は刃のついた実戦用の剣であった。
しかも眩い装飾と美しい刀身を見れば、そこらに転がっている数打ちではなく、名剣の類であろう。
ユースの持つ、使い込まれてボコボコになった刃引きの長剣とは、見た目からして天と地ほどの差があった。
「どうした、ユース!俺が怖いのか?」
鋭い剣撃を紙一重で躱すユースに、アラサムが口端を吊り上げた。
「副団長殿。今日は実剣での訓練だったのですか?」
「何のことだ?最初にそう伝えただろう?」
ニヤニヤと笑いながら、ユースに襲いかかるアラサムだったが、次第に焦りを覚えてきた。
アラサムとて、伊達や酔狂、もしくは親の権力だけで副団長の地位を手に入れた訳ではない。
正統派の剣術を修め、対人戦では騎士団内でも五指に入る剣の腕と、魔法の素養ーーつまり、実力持って副団長の座を得たのである。
だからこそ、アラサムは刃のついた剣に腰が引けたユースなら、十数合も打ち合えば簡単に斬り殺す事ができると考えていたのである。
だが現実には、ユースへの攻撃はかすりもせず、ただただアラサムの体力ばかりが失われていく。
(くそっ、ちょこまかと……仕方がない。コイツを使うか……)
ユースも攻めあぐねているようで、数度お互いの立ち位置が変わった時だった。
国王と王女を背にしたアラサムが、胸元のネックレスを握りしめると、一瞬紫色の光を放った。
「!?」
(かかった!)
ビクリと肩を震わせたユースを見て、アラサムが大きく剣を振り上げた。
アラサムは、ユースを馬鹿にしていたが、父親を含む貴族達から、この「公開処刑」で確実に仕留めるよう厳命されていたため、いくつか切り札を用意していたのだ。
その一つが、今のネックレスに仕込まれていた【邪眼】である。
【邪眼】は悪魔の眼をくり抜いて作ったと言われ、使い捨てではあるが、【闇魔法】の一つである【恐慌】を対象にかける魔法具だ。
「うわぁ!」
必殺の一撃を放ったつもりのアラサムであったが、ユースは軽い驚きの声を上げただけで、何なくその一撃を回避した。
(何故だ!?何故【邪眼】が効かない!?)
むしろ、逆に動揺したアラサムがユースの剣に追い詰められていく。
「ちいっ!【火矢】!」
「うわっ!?」
アラサムは距離を空けるため、ユースに【火魔法】を放った。
本来騎士同士の試合は、暗黙の了解として剣での決着が好ましいとされている。
もちろん、魔物との戦闘にそんな上品な事を言っていられないため、魔法の技術も重要視されているが、公開試合で、しかも事前の断りもなく放つ魔法は「品が無い」として評されるものだ。
それでも、アラサムは魔法を放ち続けた。
「当たれ!当たれぇ!【火矢】【火矢】【火矢】ぁぁぁあああ!!」
アラサムは必勝を期して、高価な名剣や先程の【邪眼】以外にも、実家の家宝である【竜鱗鎧】まで持ち出してしまった。
これで負ければ、実家に勘当され社会的に死ぬばかりか、家名を汚したと物理的に殺される可能性も高い。
「副団長殿?そろそろ真面目にやりませんか?」
アラサムは脂汗を流しながら、必死にユースと剣に振り回しながら魔法を使用していたが、剣は流され、魔法は躱される。
挙げ句の果てに、ユースは汗ひとつかかないばかりか、未だに本当にこれが訓練の一環だと信じているらしく、不思議そうに火遊びをしているアラサムを見つめていた。
「ふざけるな、このクソ餓鬼ぃ!死ね!早く死ねええええ!」
その無邪気な声を聞いたアラサムは、ブチリと音が聞こえるほど怒りを露わにし、白い口泡を飛ばして叫んでいる。
「はあ。死ぬほど頑張れ……と言うことでしょうか。しかし団長から、人間には本気を出すなと厳命を受けているのですが……副団長の命令だからいいのかな?では、もう少し本気を出して見ます!」
「はっ?」
ただでさえ必死にユースの剣を受けている状態だったアラサムは、ユースの独り言を聞いて、思わず声が漏れた。
(もう少し本気?何を言っている?)
アラサムには信じられなかったのだ。
騎士団でも五指に入る剣の腕を持った自分が、本気で斬り殺すつもりで戦っているにも関わらず、それを手抜きであしらう事ができる存在がいることを。
ましてやそれが、碌な指導も受けたことがないような下賎な庶民だということが。
「【強化】」
現に、ユースが【強化魔法】を使っても、魔力が少なすぎるのか、そもそも魔法の発動に失敗したのか、全く体から魔力が溢れ出てこない。
「ふっ……ふ、ふあははは!驚かせやがって!【強化魔法】も碌に使えないのか!?これだから、口ばかりの新人はダメなんだ!いいか、【強化魔法】はこうやって使うんだ!」
対抗したアラサムが【強化魔法】を使うと、黄金色に輝く魔力の渦が炎のように立ち上り、会場中を明るく照らした。
「おお……さすが副団長……」
「これがヴィンダイス家の力か……」
「あの若者は、逆に全く魔力が見えん。剣の腕はいいようだが、これではちょっとな……」
それまで、アラサムの見苦しい姿に眉を潜めていた観客達も、その光景を見て感嘆の声が上げていた。
「えいっ」
だが、その感動はユースの一振りで終わった。
「ぐあああああ!?」
ユースの姿が掻き消えたと同時に、アラサムが宙を飛び、壁に叩きつけられたのだ。
「……」
「……」
「……」
「あれ?」
誰も彼もが口を開けて呆けているその時、ユースは余りの手応えの無さに首を傾げていた。
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