この世には、数字にできないことがある

一刻一機

第12話 消せない感情

「…………」

「ご主人様?どうされましたか?」

 書類を読み耽るアインの目が、徐々に鋭くなるのを認めて、フィオナは恐る恐る訪ねた。

 このいつも笑顔を絶やさないご主人様アインは、稀に歴戦の剣士であるフィオナさえ背筋を凍らせる程の殺気を放つ時がある。

 今が、まさにその殺気を振りまいている時だった。

「ふふ……ふあははは!ふざけてくれますねぇ……もういっそ貴族派とやらを皆殺にしてやりましょうか……」

「ご、ご主人様?」

 特大の笑顔を振りまきながら、アインが手渡してきた書類を読んだフィオナも驚いた。

「これは……」

「ええ。私の家族ユースのことですね」

 アインが手に入れた書類を読むと、近々騎士団の演習があり、その時魔物の集団を発生させるので、合図に従って盗賊団が騎士団の一部を全滅させる計画が書かれていた。

 更に『その中で金髪碧眼の、成人したばかりの若者あり。可能なら生け捕り、不可能なら確実に殺害せよ』と人相書きがユースの名前と共に書かれていた。

 つまり、この書類はアインの愛する家族ユースの暗殺計画書であったのだ。

「これは……オーディン家からの指示書ですね」

 静かに怒り狂うアインとは別に、フィオナも書類を違った意味で捉え、その怨念を燃やしていた。

「ほう。何故わかるのですか?」

「オーディン家は、この国に古くから伝わる武門の家系ですが、金にも煩くドケチで有名です。この紙にはオーディン家が使う混ぜものを入れた安い紙で、私はこの特徴をよく知っています」

「しかし、紙だけなら、そのオーディン家から貰っただけかも知れませんよ?」

「いえ、あの守銭奴が紙のような貴重品を誰かにやると思えませんし、それに売るにしても粗悪品を売ったとばれると後で恥をかくので、売れません。それに何よりも……この文字にはとても見覚えがあります。

 これは、私の父の字です」


 ◆


 陽が落ちた頃、ようやく協会に戻ってきたアイン達は、ミリアの枕元に集まった。

 結局アインが選んだのは【魂魄魔法】で、ミリアの精神を直接修復する方法だ。

「ギヒッ、ご主人様に【魂魄魔法】を伝授するのは簡単だが、本当にいいのか?」

「何がですか?人間は寝たきりになると、筋力がどんどんと低下するんです。一刻も早く目覚めさせるべきでしょう?」

 だが、直前になって、急遽悪魔が待ったをかけてきた。

「いや、俺たちの存在を、そのお嬢ちゃんにどうやって説明するんだよ」

「あ」

 そして、その言い分は極めて正しかった。

 【魂魄魔法】で精神を修復しつつ、【忘却魔法】で数日分の記憶を消し飛ばすのは簡単だが、そうするとミリアは朝起きて、いきなり不気味すぎる同居人が増えたことになる。

「特に死紋蜘蛛こいつを見た日にゃ、違うトラウマで目覚めなくなるぜ?」

 悪魔が指差した先には、アインの足元で子犬並みのサイズで、子犬ようにじゃれつく濃い紫色の蜘蛛の姿があった。

「……何とかなりませんか?」

「珍しいな、ご主人様が俺を頼るなんて」

「おい。ふざけている場合か。ご主人様がお困りなのだ。早く何とかしろ」

「ギヒヒッ!わかってるよ。ただ、ご主人様よぉ。その前に、約束を果たしてくれ」

「ああ、お前に【名付け】をしてやる約束でしたね。わかりました……お前は今日から、レインと名乗りなさい」

「ギヒッ!いい響きだ!……でも、どういう意味だ?」

いにしえ古の言葉で『雨』を意味するそうです。『赤い雨ブラッディー・レイン』を振らせるお前には、ぴったりの名前でしょう?」

 これは、今日の盗賊狩りの際、悪魔の【黒剣】で伸びた剣が、一振りで盗賊3人の首を飛ばし、周囲に雨のように血が降り注いだ光景を見て思いついたものだ。

「なるほど……気に入った!俺は今日から『レイン』だ!」

 悪魔がーーレインがそう言うと、レインを喚び出した時の赤い魔法陣が再び浮き上がり、アインの胸に飛び込んだ。

「ギヒヒッ!それが俺の核となる魔法陣だ。絶対に失くすなよ?まあ、【魂】に刻んだから、失くせないと思うけどな。ギヒヒヒヒッ!」

 アインの【魂】に刻んでも、人間の魂10万人分を集めるのを失敗し、悪魔公爵(メフィストフェレス)に【魂】を持って行かれれば意味が無いと思ったが、アインは黙って頷いた。

「おや?……これは?」

 むしろ、魔法陣が飛び込んできた際に、様々な魔法の使い方も一緒にアインの中に入ってきたことに驚いた。

「ギヒッ、正式契約してくれたお礼のサービスさ。俺の使える魔法は、一式全部ご主人様も使えるようにしといたぜ?どうだ?俺と契約して良かっただろう?その中に、【闇魔法】の【無間地獄】ってのがあはずだ。本来なら、侵入者を取り込み、永遠に辿り着かないゴールを目指してるうちに発狂させる高等魔術だが、逆に言えば無限の空間を作る効果がある。俺たちなら発狂したりしないし、むしろ【闇魔法】で作られた空間は居心地がいいぐらいだ。どっかの地下室辺りにでも【無間地獄】を作ってくれりゃ、そこに隠れとくぜ?」

「……なるほど。やりますね、レイン」

 よほど【名付け】が嬉しかったのか、普段以上に饒舌なレインを、アインは手放しで褒め称えた。

 ついでとばかりに【魂魄魔法】も使える様になっているため、これで当面の問題は解決しそうだ。

「では、教会の地下室にその【無間地獄】を作りましょうか」

 闇魔法 1/10
 魂 120/100、000
 ↓
 闇魔法 10/10
 魂 111/100,000

 アインはフィオナやローズ、レイン。そしてスケルトン達もぞろぞろと引き連れ、教会の地下へと連れてきた。

「教会の地下に、忌まわしい魔物がこんなにたくさん。流石、ご主人様。パンチの効いたジョークです」

「いや、そんなつもりはありませんが」

 よくわからないポイントを褒めてくるフィオナを適当に流し、アインは【無間地獄】を使用した。

 限界まで引き上げた【闇魔法】とアインの魔力によって、狭かった地下室が、ちょっとしたダンジョンの様な有様になっている。

「広い……ですねえ」

「ああ。一応無限だからな。それにしても、ベースがこんなに広くなるとは思ってなかってけどな」

「これなら訓練も十全にできましょう。ご主人様、ありがとうございます」

「私も……壁走りの練習が……できて嬉しい」

 さっそくできた広々空間に、レインを始め全員が気軽に嬉々として入っていった。

「【闇魔法】で出来ているだけあって、薄暗くて不気味な雰囲気なのですが……だれも躊躇しないんですねぇ」

 まあ、いいかとアインは地下室への扉を厳重に鍵を閉めた。


 ◆


「では、今度こそ……」

 ミリアとアインしか居なくなった静かな室内で、アインは【等価交換】を発動した。

 魂魄魔法 1/10
 魂 111/100,000
 ↓
 魂魄魔法 10/10
 魂 101/100,000

【忘却】を使用するための術式は、先程レインから受け取って居たが、より精緻なコントロールをするために、念のため【魂魄魔法】も限界まで引き上げた。

「【闇魔法】も【魂魄魔法】も随分簡単に上がりますが、私はもとからダークな方面の才能があったという事でしょうか……元聖職者としては、何か落ち込みますね……まあ、今回はそのおかげでミリアを助けられるのですから、良しとしましょう」

 アインは自分の気づきたくなかった才能に気づき軽く落ち込んだが、気を持ち直して【魂魄魔法】をミリアに使用した。

「これは……」

 人間の魂に直接アクセスするのが、【魂魄魔法】の効果である。

 アインは、ミリアの魂に直接触れ、【忘却】すべき箇所を探すうちに、ミリアの様々な記憶や想いを垣間見てしまった。

 その中で、ミリアについて知りたく無かった情報も多分に含まれており、それを覗き見てしまったアインは顔をしかめた。

「やはり、悪魔や魔物が使う魔法なだけはありますね。人間が使っていい魔法ものではありません」

 特に一番知りたくなかったのは、ミリアがユースと同等以上に、自分アインにも思慕の情を抱いていることだった。

 それも、ユース憧れに近い感覚で思慕の情を抱いているが、異性としてはよりアインを意識しているようだ。

「いっそ、その感情も消してしまいましょうか」

 アインはすやすやと眠る、美しいミリアの顔を見てそう思ったが、何故か魔法を使う気にはなれなかった。

「【忘却】」

 限界まで引き上げられた【魂魄魔法】の技術は、間違いなくこの数日分のみの記憶を消し去った。

 これでいいんだ。よかった。

 そう思ったアインだったが、ふとミリアの自分(アイン)に対する好意と、ユースに対する好意を【数値化】してみたくなった。

 ゴクリと喉を飲み込む音が、やたらと室内に響いた。

(これが、【数】の本当の魔力かーー)

 この世の全てを知りたいと願った男の魂を、すり潰し材料にしたことで出来たのが【数魔法(マス・マジック)】だと聞いていた。

 最初は、ただ数字を見ることができても、何の意味があるのかわからなかった。

 次第に、自分の寿命や他人に魂を糧に、様々な事ができるようになる便利な魔法だと思った。

 だが、この魔法の真の効果ーー恐怖はそんなものではなかった。

 この世には、数字にしてはいけない事がある。

 同じ家族である、アインとユース。
 そこに優劣や価値の高低が存在していいはずがない。

 だがーーだが、もしも、万が一、ミリアがアインよりもユースを大切に想っているのであればどうする?

 ミリアがユースに恋愛感情を抱いている事は知っていた。

 だが、それはミリアにとって、単に義兄弟の中で兄貴分であるユースの方が、恋愛対象として捉えやすい美貌や剣術といったパロメーターがあるからであって、決してアインの価値が劣っているからではないと信じていた。

 アインもこのまま順調にミリアとユースが結婚すれば、気のいい叔父さんのポジションで落ち着き、2人を冷やかしながら暖かく見守るのが夢で、それが出来ると信じていた。

 しかし、もしも実際にユースの方がミリアにとって価値ある存在であったらどうすればいい?

 しかもそれが数字ではっきりと示されてしまえば、自分(アイン)は今後2人とどう接すればいいのか?

 もしもーーもしも、アインが2人にとって無価値な存在であれば、アインはこれからも2人を家族として愛し続けることができるだろうか。

 アインは震える手でミリアの布団をかけ直すと、薄暗い部屋の中で、黒くて小さいむく犬が笑っている気がして辺りを見回した。

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