この世には、数字にできないことがある

一刻一機

第6話 薔薇と悪魔

 ゴダスの館の中は、闇と静寂に支配されていた。


 【魂】をつぎ込んで強くしたゴースト--フィオナに【憑依】させた門番は、恭しくアインを案内した。

「この男の記憶が確かであれば、ゴダスめは3階中央の部屋に女達と寝ております」

「そうですか……しかし、先にミリアに手をかけた愚か者供から始末しましょうか。異変を察して置き来られれば邪魔ですからね」

「はっ、畏まりました。ただし、この時間であれば酒を飲んで全員寝ていると思われますが……」

 フィオナの後をついて一階の廊下を進むと、酒と煙草の匂いがきつく臭うようになってきた。

「この部屋です」

「ふむ……何人か起きていそうですね」

「そうですね、申し訳ございません」

 フィオナが、事前情報と状況が違っていた事を謝ってきたが、アインは肩を竦めただけだった。

「こんな連中が、規則正しい生活を送るはずもありません。こういうこともあるでしょう。しかし、こうなるとどうしましょうか……」

 既に門番2人を倒してしまった(1人はフィオナのボディとして生きているが)こともあり、アインの中で、ここで諦めるという選択肢は無かった。

「起きているのは5人ですので、奥の部屋で寝ているのが29人のはずです」

「良く起きている人間の数がわかりますね。……あ、そう言えば、【数】なら私もわかるんでした」

 アインは自分が【数】と言った所で、【数魔法マス・マジック】を全く使いこなせていない事を思い出した。

「私もまだまだですね……【数値化】」

 ゴダスの館に居る人間 62
 内 貴族 1
 内 犯罪者 53
 内 一般人 10

 アインは【魂】を刈り取る対象は、罪を犯した者だけにしたいと考えていたため、【数値化】でより詳しい内訳を表示させたところ、不思議な結果になった。

「ん?合計が合いませんが……1人は貴族兼犯罪者であるゴダスとして、ああ……もしかして、もう1人は私も犯罪者としてカウントされているんでしょうか。だとしたら【数魔法マス・マジック】は本当に優秀ですね」

 皮肉な結果に思わず苦笑いしながらも、改めて室内の状況を【数値化】してみた。

 室内の人数 34
 内 犯罪者 34
 内 睡眠状態 29

「ふむ。フィオナの観測通りですね。ゴーストの数は残り9体。気配で起きてくる奴もいるでしょうから、できれば一気に無力化したいところですが……」

「ご主人様、それに関しまして、1つ進言とお願いがございます」

 アインが思案していると、フィオナが具申してきた。

「ほう。何かいいアイディアがありますか?」

「はい。このゴーストに私同様、人間の体を与えて頂きたいのです。このゴーストは、私と姉妹同然に育ったローズと申しまして、【暗殺サイレントキリング】の使い手でございました。きっと、ご主人様のお役に立てるでしょう」

 それは、アインにとってとても興味深い内容だった。

 魔物であるゴーストやスケルトンが、元々人間であったことは知っていたが、知性どころか人格が残っているとは、この世界中の誰も信じていないだろう。

「お前達ゴーストは、前世の記憶や人格が残っているのですか?」

「いえ、そもそもゴーストには自我と呼べる程の思考能力はありません。私はご主人様の御力によって、自我を取り戻しましたが……」

 アインは、フィオナの言葉を聞いて頷いた。

 【魂魄魔法】のレベルを引き上げたことが、前世の記憶や人格を蘇らせたのだろうと、予想がついたからだ。

「なるほど?フィオナが出来たなら、他のゴーストでも【魂魄魔法】のレベルを上げれば、同様の事ができるかもしれませんね。いいでしょう。その方向でやってみましょう」

 最悪、多少騒ぎになっても、ゴダスが逃げ出す前に始末をすればいいだけだ。

 アイン達は私兵達を後回しにして、先に他の【犯罪者】を片付けることにした。


 ◆


 魂 8/100,000

 1階と2階で寝ている使用人達を、ゴーストで声を止めるフィオナとスケルトンがとどめを刺す、と言う流れで仕留めていった。

 【一般人】としてカウントされた者は、ゴーストで動きを止めただけで、顔を見られないように目隠しと猿轡(さるぐつわ)をかけ、両手両足を縛るだけにしている。

 アインの中に僅かに残されていた、聖職者としての矜持であった。

「残りは3階だけですね。さすがに気付かれるかもしれません。そろそろ私兵供を狩りましょうか」

「はっ、ではいよいよローズを?」
「ええ。お前の時のように、上手く行くかわかりませんがね」

 ゴーストの【魂魄魔法】 1/10
 魂 8/100,000
 ↓
 ゴーストの【魂魄魔法】 10/10
 魂 5/100,000

 フィオナと同じ様に、(アインには他のゴーストと見分けはつかないが)ローズのゴーストの【魂魄魔法】を、【等価交換】により最大値まで引き上げてやった。

「……どうでしょう。これでいいと思うのですが」

「ありがとうございます、ご主人様。今後、更なる忠誠を誓わせて頂きます」

「いえ、上手くいったらいいのですが」

「恐らく大丈夫でしょう。先程よりも、はっきりとローズの気配を感じます。--ローズ、私の声が聞こえていますね。久々の仕事です。中の人間が邪魔です。掃除して来なさい」

 フィオナは冷たい口調で、一体のゴーストにぞんざいに命令した。

 その言葉に従って、白い靄が音も無く室内に滑り込み、消えて行った。

「今の言い方ですと、まるで主従のようでしたが、あのローズとやらは貴女の姉妹ではないのですか?」

「はっ……申し訳ございません。私も今やご主人様の下僕あるにも関わらず、つい生前のように接してしまいました。ご主人様の仰る通り、ローズは私の妹同然ではございますが、私の部下でもありましたので、話し方はやはりどうしても……」

「いえ、それは良いのです。少し興味があっただけですから」

 適当に10体【召喚】したゴーストの中に、凄腕の剣士とその部下がいるとは、偶然では片付けられない奇跡に、アインは何か作為的な気配を感じたが、その答えは出なかった。

「ところで、ローズはどうしたのでしょうね。全く何の物音がしませんが」

「いえ、そろそろ……」

 ローズが手こずることがあれば、喜び勇んでスケルトン達と雪崩れ込もうと考えていたアインは、一向に何の気配も起きない室内に疑問を覚えた。

 魂 39/100,000

 だが、ふと【数魔法マス・マジック】を起動すると、大量の魂を獲得したことになっている。

「これは……もしや?」

 アインが、冷や汗と共に呟くと、ガチャリと音を立てて扉が開いた。

「ご主人様……フィオナ様……終わりました」

 扉から現れたのは、血みどろの小柄な男だった。

「お疲れ様です。ローズ」

 フィオナは淡々と、醜い小男をローズと呼んだが、やはり、このむさ苦しいチンピラ達を女性名で呼ぶことには違和感がある。

 アインは、改めて女性の肉体をフィオナ達に早く与える決意をした。

「これは……凄まじいですね」

 ローズの案内のもと、私兵達が寝ていた大部屋に入ると、中は地獄絵図と化していた。

 床一面に血が池のように広がり、オブジェのように首を切られた男達が転がっていた。

「ここまでやっておいて、物音一つしなかったのですが……」

 アインは、ローズのわざに戦慄した。

 そして、こんな腕の暗殺者を部下に抱えていたと言うフィオナの正体に畏怖を覚えた。

「そう……ですか?この体じゃ……全然思い通り……動きません」

「わかりました。早いとこ2人の肉体はどうにかしましょう」

 アインが頷きながら、部屋を見回したがやはり生きている者は誰もいなかった。

 今回の私兵達は数が多すぎたため、ローズ頼りであっさりと一掃してしまったが、本来であれば最大限の苦痛と共に地獄へ送り込みたかった。

 だが、【魂】をアインの生贄にされ、肉体も尊厳なくスライムの餌にされるのは、聖職者の視点からすれば最大限の侮辱行為であるので、これで納得するしかない。

 そう自分を納得させようとした時、アインはふと閃いた。

 【召喚魔法】を5/10まで引き上げたにも関わらず、何らかの【キー】が足りず、スライムやスケルトン、ゴーストと言った弱小モンスターしか喚び出すことができなかった。

 だが、この小さな地獄を再現したような部屋を見て、直感的に【キー】が手に入ったと感じたのだ。

「来たれ地獄の住人よ、この屑供の血と肉と魂を喰らうがいい【召喚】」

 アインの言霊と共に、部屋中の血が集まり、魔法陣を描かれた。

 その魔法陣が生き物のように蠢きながら、私兵達の肉体をみ、砕き、貪っていくように細かく砕きながら呑み込んでいく。

 同時に、夥しい量の魔力を吸い取りながらも、アインが刈り取った【魂】も強引に奪っていった。

 魂 39/100,000
 ↓
 レッサーデーモン 1
 魂 9/100,000
 
 部屋中の血肉が赤黒い魔法陣に喰われて消えた後、そこには一体の紅い悪魔が立っていた。

 翼が生えた醜く捻じ曲がった背中に、牙と角が生えた醜悪な顔が乗り、体躯に見合わない大きな両手には鋭い爪が生えている。

『ギヒヒ、久しぶりだな。人間からまともな悪魔召喚をされるのは。鶏や牛なんかじゃなく、本物の人間をこんなにーーしかも魂付きで寄越すとは、今度のご主人様は見込みがありそうだぜ』

「これが悪魔ですか。あの悪魔公爵やらと違って、随分弱そうですが……」

 見た目だけは怖そうだが、大量の【魂】を使用したにも関わらず、小さな黒いむく犬姿だった悪魔公爵よりも、迫力や威厳が全く足りない。

 小物っぽい悪魔を呼び出してしまったアインは、軽く落ち込んだ。

『悪魔公爵!?まさか、メフィストフェレス閣下か!?バッカヤロウ!あんな超大物と下級悪魔の俺を一緒にするんじゃねえよ!仮名を口にしただけで、少し存在が削られた気がするぜ、ったく……』

「そうですか?それは悪いことをしましたね。ところで、お前も悪魔の端くれなら【魂食らいソウルイーター】なのでしょう?」

『そりゃ勿論そうさ。俺達は魂を喰うために仕事してんだからよ。特に、自分が偉いとか勘違いして、踏ん反り返ってる豚野郎の腐った魂なんて、最高に脂がのって美味いんだ』

「ああ、それは丁度良かった。今まさに、貴方にそんなご馳走を召し上がって頂こうと思って、お喚びしたんですよ」

 悪魔の言葉を聞き、アインはトレードマークの微笑を、本物の笑顔に変えた。

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