この世には、数字にできないことがある
第5話 修羅
教会に帰ったアインは、残る2つの【魂】の使い道を決めた。
「よし。やっぱりゴーストを強くしましょうか」
今回、衛兵達を一方的に虐殺できたのは、間違いなくゴースト達の奇襲のおかげである。
衛兵の1人が「白いものが見えた」と言っていたように、才能がある人間には薄っすら見えてしまうようだが。
それでも敵に感知されず攻撃できる手段があることは、戦闘能力をほとんど有しないアインにとって、大変貴重な存在であった。
一応、先程【剣術(2/10)】の効果を試して見たが、素人のアインからすれば、無いよりまし程度のものだったため、【剣術】のレベルアップは見送られた。
ゴーストの【魂魄魔法】 1/10
魂 2/100,000
↓
ゴーストの【魂魄魔法】 7/10
魂 0/100,000
ゴーストが衛兵に使った【憑依】とは、正確には【魂魄魔法】なるものだったようだ。
ミリアのおかげで、それなりに魔法に詳しいつもりだったが、アインは物心ついてから一度も聞いたことがない魔法だった。
「今更ですが、私が召喚した魔物は、私の【所有物】なんですね」
ゴーストを強化できる確信があったので気にしていなかったが、【数魔法】の【等価交換】には、アインが自分の所有物であると認めたものにしか効果がないと言う制約がある。
「そのあたりも、きちんと検証しておかなければなりませんが……それもみんな明日を乗り越えてからですか」
ゴダスの子飼いであった衛兵達が行方不明になったことを不審に思われる前に、ゴダスには自分の仕出かした事態の恐ろしさを、骨の髄までわからせなければならない。
アインは暗い愉悦に浸って、魔物(なかま)達に囲まれながら薄く笑った。
◆
翌日になっても、ミリアは目を覚まさなかった。
体の傷は、アインの回復魔法で治癒したはずだが、ミリアの精神が深く傷ついているせいかもしれない。
「悔しかったでしょうね」
本来なら、ミリアの実力であれば男爵家程度が囲う私兵なら、魔法で全員丸焼きにできたはずだ。
しかし、一般市民--しかも何の後ろ盾もない孤児が、貴族に攻撃魔法を使おうものなら、裁判も待たずにその場で首を刎ねられてもおかしくない。
そして、ミリアだけではなく、同じ教会で暮らすアインも処罰されていただろう。
理不尽極まりないが、それが貴族と言う存在である。
だからこそ、ミリアは耐えてくれたのだ。
だからこそーーアインは悪魔と契約したのだ。
もしも、アインが似たような、家族(ユースとミリア)のために、何かを耐えなければならない場面に出くわしたならば、それこそ腕をもがれようが、脚をもがれようが、死ぬその瞬間まで耐え続けるだろう。
「ミリア。もう少し待っていて下さいね。今日で、貴女を怖がらせるものは全て消えますから」
アインは紳士服を脱いで、黒いジャケットと、黒いズボンに着替えていた。
腰には人生で初めて巻いた剣帯と、衛兵から奪ったロングソードを佩いている。
街の全てが寝静まったであろう深夜。
安らぎと救いの象徴である教会は、30体ものおぞましい魔物と、1人の修羅を吐き出した。
◆
ゴダス男爵は、領地を持たない貴族である。
そのため、先代から遺された今の屋敷に、やむなく住んでいるが、本音では早くこの街ーー王都を早く出たかった。
現王であるハイドリック六世は真面目で愚直な人物のため、賄賂の類が一切通じないのだ。むしろ、賄賂がばれれば、即刻厳罰が下るレベルだ。
もともとただの商人だった先代は、その商才で稼いだ金を元に、先王への収賄で爵位を買ったが、その息子であるゴダスには商才どころか、何の才能も無い。
城で何の役職ももらえなかったゴダスは、貴族年金以外の収入が無く、ただただ、先代の遺した資産を食い潰す生活をしていた。
それでも、節約をすればゴダスが寿命を迎えるまでは、安定した生活が送れるほどの資産が残っているがーー残念ながら、ゴダスは我慢というものが出来なかった。
特に女に目が無く、金にものを言わせて、次から次へと女性を囲い、金で言いなりにならない女は、金で雇った私兵による暴力で脅す。
その循環で、ますます彼の資産は目減りする一方だった。
そんなゴダスに雇われている私兵達も、碌な存在では無かった。
まともな戦闘職に就く人間は、ゴダスに雇われたことで評判を落とすことを嫌うため、彼の私兵は街で仕事にあぶれたチンピラである。
犯罪者崩れで、まともな仕事に就けない、もしくは就くつもり無い。ただ、ゴダスのところに入れば、給金は少なくても、暴力が振るえるし、稀にゴダスが飽きた女が回ってくる。
そんな理由でゴダスを守る私兵達なので、当然そのモチベーションは低い。
「ふわあ……」
「おい。寝てんじゃねえぞ。今日は、一応いつもよりも警戒しろって言われてるだろ」
「あん?そんな話あったか?」
「ったく、お前は全然人の話を聞いてねえな。ゴダス様が裏で手を回してた衛兵達が、昨日から行方不明になったんだとよ。噂じゃ、遂に王様が汚職の一掃に動いたんじゃないかって話だが……」
「ふうん」
心配そうな男の話を聞き、もう1人の欠伸をしていた男はつまらなそうに相槌を打っていた。
「……どうでもよさそうだな」
「ああ。俺達には関係ねえだろ。ゴダスが捕まれば、また只のチンピラに戻るだけさ。むしろ、お前がゴダスや王に様付けすることの方が、俺は面白いと思ってるよ」
「そりゃ、一応今は門番だからな。どこで誰が聞いてるかわかったもんじゃないだろ」
「はんっ。こんな夜中に誰が……」
「ん?おい、どうした?」
男は話をしていた相方が、急にぶるりと震えた後にだんまりを決め込んだことを訝しんだ。
「いや、何でも、ない……」
だが、静かな声ではあるが返事をしたため、眉をひそめただけで再び話を続けようとした。
「なあ、このままいつまで……」
そして、それが男の最後の言葉になった。
「ふむ。これが【魂魄魔法(7/10)】ですか。凄いですね、【憑依】した相手の動きを止めるだけではなく、剣を使ったり、会話までできるとは」
首が無い死体から流れる大量の血をスライムに吸わせながら、アインはゴーストに【憑依】させた男と向き合った。
「私がわかりますか?」
「はい、ご主人様……」
男の眼は虚で、心なしか手足がダラリとしているが、暗い場所で見る分には特に違和感を感じない。
「一振りで首を落とすとは、かなりの腕前のようですが、それはこの男の力ですか?」
「いえ……私、生前、剣士……でした」
「ほお……生前の記憶が残っているのですか!それはすごい!」
高位の魔物は会話ができると聞いたことがあるが、ただのゴースト程度が話をできるとは聞いたことも無い。
このゴーストも通常状態では会話は出来ないようだが、こうやって【憑依】させれば意思疎通ができる。
これも【魂魄魔法(7/10)】の力であろうと、アインは考えた。
「これは悩みますね。新しい魂は、スライムの強化に使おうと考えていたのですが……よし、やっぱりお前をもう少し強くしましょう」
どうやら、このゴーストは生前かなりの腕前の剣士であったらしい。
赤の他人の慣れない体でも、あれだけの剣技を見せたのだ。
アインは、【魂魄魔法】の能力が上がれば、動きがよりスムーズになり、更なる戦闘力を発揮すると期待した。
ゴーストの【魂魄魔法】 7/10
魂 1/100,000
↓
ゴーストの【魂魄魔法】 10/10
魂 0/100,000
「ご主人様。ありがとうございます。このご恩は一生忘れません」
アインが【等価交換】によりゴーストの【魂魄魔法】を最大値にした瞬間、そのゴースト(に憑依された男)がいきなり片膝をついて跪き、流暢に喋り出した。
「いや、一生も何も、お前はもう死んでいますが……まさか、完全に生前の人格も取り戻したのですか?」
「はっ!記憶は抜けている箇所が多々ありますが、剣士として戦った日々と、貴族共への恨み辛みだけはこの魂に染み付いているようであります!」
「そうですか、お前も貴族に……大変でしたね」
修羅に堕ちたアインであったが、この時ばかりは思わず聖職者としての顔でゴーストを慰めた。
「はっ。勿体無いお言葉でございます。つきましては、私のことはフィオナとお呼びください」
「フィオナ!?まさか、女性だったのですか!?」
「はっ。それが何か?」
まさかゴツい見た目と野太い声が原因だとは言えなかった。
何と言っても、そんなむさ苦しい男に【憑依】させてしまったのはアインなのだから。
「せめて館の中に、可愛らしい女性のーー屑がいればいいのですが」
アインはこれから攻め込む予定の館を見上げ、フィオナの新しい死体を探してやることを決意した。
真横にいかつい顔をした男がいるだけでも何となく息苦しいのに、その中に女性の魂が入っていると思うと心も苦しい。
アインは、スライム達に首無し死体の処理を急がせ、残った武装をスケルトンに持たせた。
「よし。やっぱりゴーストを強くしましょうか」
今回、衛兵達を一方的に虐殺できたのは、間違いなくゴースト達の奇襲のおかげである。
衛兵の1人が「白いものが見えた」と言っていたように、才能がある人間には薄っすら見えてしまうようだが。
それでも敵に感知されず攻撃できる手段があることは、戦闘能力をほとんど有しないアインにとって、大変貴重な存在であった。
一応、先程【剣術(2/10)】の効果を試して見たが、素人のアインからすれば、無いよりまし程度のものだったため、【剣術】のレベルアップは見送られた。
ゴーストの【魂魄魔法】 1/10
魂 2/100,000
↓
ゴーストの【魂魄魔法】 7/10
魂 0/100,000
ゴーストが衛兵に使った【憑依】とは、正確には【魂魄魔法】なるものだったようだ。
ミリアのおかげで、それなりに魔法に詳しいつもりだったが、アインは物心ついてから一度も聞いたことがない魔法だった。
「今更ですが、私が召喚した魔物は、私の【所有物】なんですね」
ゴーストを強化できる確信があったので気にしていなかったが、【数魔法】の【等価交換】には、アインが自分の所有物であると認めたものにしか効果がないと言う制約がある。
「そのあたりも、きちんと検証しておかなければなりませんが……それもみんな明日を乗り越えてからですか」
ゴダスの子飼いであった衛兵達が行方不明になったことを不審に思われる前に、ゴダスには自分の仕出かした事態の恐ろしさを、骨の髄までわからせなければならない。
アインは暗い愉悦に浸って、魔物(なかま)達に囲まれながら薄く笑った。
◆
翌日になっても、ミリアは目を覚まさなかった。
体の傷は、アインの回復魔法で治癒したはずだが、ミリアの精神が深く傷ついているせいかもしれない。
「悔しかったでしょうね」
本来なら、ミリアの実力であれば男爵家程度が囲う私兵なら、魔法で全員丸焼きにできたはずだ。
しかし、一般市民--しかも何の後ろ盾もない孤児が、貴族に攻撃魔法を使おうものなら、裁判も待たずにその場で首を刎ねられてもおかしくない。
そして、ミリアだけではなく、同じ教会で暮らすアインも処罰されていただろう。
理不尽極まりないが、それが貴族と言う存在である。
だからこそ、ミリアは耐えてくれたのだ。
だからこそーーアインは悪魔と契約したのだ。
もしも、アインが似たような、家族(ユースとミリア)のために、何かを耐えなければならない場面に出くわしたならば、それこそ腕をもがれようが、脚をもがれようが、死ぬその瞬間まで耐え続けるだろう。
「ミリア。もう少し待っていて下さいね。今日で、貴女を怖がらせるものは全て消えますから」
アインは紳士服を脱いで、黒いジャケットと、黒いズボンに着替えていた。
腰には人生で初めて巻いた剣帯と、衛兵から奪ったロングソードを佩いている。
街の全てが寝静まったであろう深夜。
安らぎと救いの象徴である教会は、30体ものおぞましい魔物と、1人の修羅を吐き出した。
◆
ゴダス男爵は、領地を持たない貴族である。
そのため、先代から遺された今の屋敷に、やむなく住んでいるが、本音では早くこの街ーー王都を早く出たかった。
現王であるハイドリック六世は真面目で愚直な人物のため、賄賂の類が一切通じないのだ。むしろ、賄賂がばれれば、即刻厳罰が下るレベルだ。
もともとただの商人だった先代は、その商才で稼いだ金を元に、先王への収賄で爵位を買ったが、その息子であるゴダスには商才どころか、何の才能も無い。
城で何の役職ももらえなかったゴダスは、貴族年金以外の収入が無く、ただただ、先代の遺した資産を食い潰す生活をしていた。
それでも、節約をすればゴダスが寿命を迎えるまでは、安定した生活が送れるほどの資産が残っているがーー残念ながら、ゴダスは我慢というものが出来なかった。
特に女に目が無く、金にものを言わせて、次から次へと女性を囲い、金で言いなりにならない女は、金で雇った私兵による暴力で脅す。
その循環で、ますます彼の資産は目減りする一方だった。
そんなゴダスに雇われている私兵達も、碌な存在では無かった。
まともな戦闘職に就く人間は、ゴダスに雇われたことで評判を落とすことを嫌うため、彼の私兵は街で仕事にあぶれたチンピラである。
犯罪者崩れで、まともな仕事に就けない、もしくは就くつもり無い。ただ、ゴダスのところに入れば、給金は少なくても、暴力が振るえるし、稀にゴダスが飽きた女が回ってくる。
そんな理由でゴダスを守る私兵達なので、当然そのモチベーションは低い。
「ふわあ……」
「おい。寝てんじゃねえぞ。今日は、一応いつもよりも警戒しろって言われてるだろ」
「あん?そんな話あったか?」
「ったく、お前は全然人の話を聞いてねえな。ゴダス様が裏で手を回してた衛兵達が、昨日から行方不明になったんだとよ。噂じゃ、遂に王様が汚職の一掃に動いたんじゃないかって話だが……」
「ふうん」
心配そうな男の話を聞き、もう1人の欠伸をしていた男はつまらなそうに相槌を打っていた。
「……どうでもよさそうだな」
「ああ。俺達には関係ねえだろ。ゴダスが捕まれば、また只のチンピラに戻るだけさ。むしろ、お前がゴダスや王に様付けすることの方が、俺は面白いと思ってるよ」
「そりゃ、一応今は門番だからな。どこで誰が聞いてるかわかったもんじゃないだろ」
「はんっ。こんな夜中に誰が……」
「ん?おい、どうした?」
男は話をしていた相方が、急にぶるりと震えた後にだんまりを決め込んだことを訝しんだ。
「いや、何でも、ない……」
だが、静かな声ではあるが返事をしたため、眉をひそめただけで再び話を続けようとした。
「なあ、このままいつまで……」
そして、それが男の最後の言葉になった。
「ふむ。これが【魂魄魔法(7/10)】ですか。凄いですね、【憑依】した相手の動きを止めるだけではなく、剣を使ったり、会話までできるとは」
首が無い死体から流れる大量の血をスライムに吸わせながら、アインはゴーストに【憑依】させた男と向き合った。
「私がわかりますか?」
「はい、ご主人様……」
男の眼は虚で、心なしか手足がダラリとしているが、暗い場所で見る分には特に違和感を感じない。
「一振りで首を落とすとは、かなりの腕前のようですが、それはこの男の力ですか?」
「いえ……私、生前、剣士……でした」
「ほお……生前の記憶が残っているのですか!それはすごい!」
高位の魔物は会話ができると聞いたことがあるが、ただのゴースト程度が話をできるとは聞いたことも無い。
このゴーストも通常状態では会話は出来ないようだが、こうやって【憑依】させれば意思疎通ができる。
これも【魂魄魔法(7/10)】の力であろうと、アインは考えた。
「これは悩みますね。新しい魂は、スライムの強化に使おうと考えていたのですが……よし、やっぱりお前をもう少し強くしましょう」
どうやら、このゴーストは生前かなりの腕前の剣士であったらしい。
赤の他人の慣れない体でも、あれだけの剣技を見せたのだ。
アインは、【魂魄魔法】の能力が上がれば、動きがよりスムーズになり、更なる戦闘力を発揮すると期待した。
ゴーストの【魂魄魔法】 7/10
魂 1/100,000
↓
ゴーストの【魂魄魔法】 10/10
魂 0/100,000
「ご主人様。ありがとうございます。このご恩は一生忘れません」
アインが【等価交換】によりゴーストの【魂魄魔法】を最大値にした瞬間、そのゴースト(に憑依された男)がいきなり片膝をついて跪き、流暢に喋り出した。
「いや、一生も何も、お前はもう死んでいますが……まさか、完全に生前の人格も取り戻したのですか?」
「はっ!記憶は抜けている箇所が多々ありますが、剣士として戦った日々と、貴族共への恨み辛みだけはこの魂に染み付いているようであります!」
「そうですか、お前も貴族に……大変でしたね」
修羅に堕ちたアインであったが、この時ばかりは思わず聖職者としての顔でゴーストを慰めた。
「はっ。勿体無いお言葉でございます。つきましては、私のことはフィオナとお呼びください」
「フィオナ!?まさか、女性だったのですか!?」
「はっ。それが何か?」
まさかゴツい見た目と野太い声が原因だとは言えなかった。
何と言っても、そんなむさ苦しい男に【憑依】させてしまったのはアインなのだから。
「せめて館の中に、可愛らしい女性のーー屑がいればいいのですが」
アインはこれから攻め込む予定の館を見上げ、フィオナの新しい死体を探してやることを決意した。
真横にいかつい顔をした男がいるだけでも何となく息苦しいのに、その中に女性の魂が入っていると思うと心も苦しい。
アインは、スライム達に首無し死体の処理を急がせ、残った武装をスケルトンに持たせた。
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