この世には、数字にできないことがある

一刻一機

第3話 数魔法(マス・マジック)

『わかりました。やりましょう』
 アインは、悪魔の言葉に大きく頷いた。

『おや、迷いがありませんね』

『私の寿命程度で、ミリアの命が助かるなら安いものです』

『そうですか、そうですか!では、いよいよ契約と参りましょう!!アイン君――貴方に【数魔法マス・マジック】を授けるための対価は、人間の魂10万人分で結構です。こちらがその契約書で――』

『ちょ、ちょっと待ってください!人間の魂!?しかも10万人分!?どういうことですか!?私の寿命を捧げれば、ミリアが助かるのではないのですか!?』

『アイン君、私の話をきちんと聞いていましたか?貴方の寿命は、貴方の回復魔法を育てるために使うのです。そして、そもそも、そのためにはまず【数魔法マス・マジック】を習得しなければなりません』

『それは、確かにそんな話だったかもしれません――ですがっ、』

『ミリアさんと、見ず知らずの10万人。どちらが大切か、私の見込んだアイン君なら、もう正解が出ているでしょう?』

 必死に答えを探るが、本当は既に答えは決まっていた。

 今まで人として――聖職者として生きて理性が抵抗しているが、アインにとって見ず知らずの10万人なんて、家族ミリアの前では塵芥も同然だった。

『……わかりました。その【数魔法マス・マジック】とやらを頂戴しましょう』

『クククッ……アーッハッハッハ!!いいですよ!いいですよ、アイン君。その如何にも悩んで決めたような、嘘臭い表情が!本当は、とっくに決まっていたんでしょう?家族以外の全てを切り捨てる覚悟が。いや、切り捨てるどころか、眼中にすらないんでしたっけ?クククッ……ああ、これだから人間はオモシロイ・・・・・

 悪魔が哄笑をあげる度に、ポルトから黒い煙が吹き上がり、大きな人型を形成していく。

『10万人分の魂――期限は10年。10年後の今日までに10万人分の魂が集められなかったその時には、貴方の全て・・をいただきます。では、また逢う日まで』

 クククッ……アーッハッハッハ…………

 不愉快な笑い声を残し、悪魔は消えていった。

 それに合わせて、セピア色の世界も徐々に解除されていくが、まだ時は止まったままだった。

『これは今のうちに、初めての【数魔法マス・マジック】を使えと言うことでしょうか。悪魔のくせに、気遣いのできる奴ですね……』

 アインは目を凝らして、自分の体を見下ろすと、先程と同じ数値が現れた。

 回復魔法 2/10
 寿命 15/85

『単位が無いのでよくわかりませんが、私が今15歳なので、本当なら私は85歳まで生きられるはずだった、と言うことでしょうか。別に家族(ミリア)を見捨ててまで、長生きしたいとは思わないので、全く無意味なのですが……さて、やってみましょうか【等価交換】』

 気がつけば、アインは自然と【数魔法マス・マジック】の使い方を理解していた。

 【数魔法マス・マジック】には、大きく分類すると2つの能力があるようだ。

 【数値化】・・・この世の全てを数値として捉える。
 【等価交換】・・・「自己の所有物」と認識したモノの数値を、等しい価値で交換する。

 今回は、悪魔が提示した通り、アイン自身の寿命と回復魔法の力を交換したのである。

 回復魔法 10/10
 寿命 15/55

 その結果、回復魔法のレベルが8段階引き上げられた代わりに、寿命が30年縮んだ。
『ふむ。どうやら私は、後30年も生きれば、回復魔法を極められたのですね。今となってはどうでもいいことですが……おや、そろそろ止まった時間が戻るみたいですね』

 アインが、初めての【数魔法マス・マジック】を無事に終えたタイミングで、計ったように時間の動きが戻ってきた。

『まるで見張られているようで不快ですが、実際あの悪魔ならどこかでこちらを見ていそうですね。面白そう、という理由だけで』

 アインの溜息と共に、世界に急速に色が戻り、赤色に塗れたミリアがアインの視界に突き刺さった。

 だが、アインは既にミリアの死を恐れることはなかった。

 今の自分なら、ミリアを助けられると理解していたからだ。

「皆さん、退いて下さい」

 町民達は――町民達の感覚では――ほんの僅かな一瞬の間でガラリと変わったアインの雰囲気に慄き、自然と足を下がらせた。

 さっきまでミリアの前で打ちひしがれていたアインが、今は憑き物が落ちたような穏やかな表情の中に、何かの覚悟を決めた人間特有の一種の凄味を宿しているのだ。

「ア、アイン?急にどうしたの?自棄になってはいけないよ?」

 心配する隣の宿屋の女将さんを無視して、アインはミリアに向けて両手をかざした。

 何せ、ミリアの生命力はどんどんと減少していく。

 ミリアの生命力 3/10

 ミリの生命力 2/10

 ミリアの生命力 1/10……

 最早一刻の猶予も無い。

 アインは、ミリアの上にかざした両手から、産まれて初めて、自分の意思で、全力で魔力を振り絞った。

「【完全治癒】」

 今までアインの魔力量が多すぎたために、無駄に魔力を撒き散らすだけで、十分な効果を発揮することができなかった回復魔法が、高いレベルに裏打ちされた技術力によって、その膨大な魔力を吸い取り劇的な変化をもたらした。

「おお……」
「神々しい……」
「なんてことだ!ミリアが、ミリアが見る見るうちに元の綺麗な顔に戻っていくぞ!」

 眩くばかりの白光と共に、ミリアの傷は逆再生するかのように塞がり、元の美しい顔立ちを取り戻していった。

「アイン……お前いつのまにこんな……」

 神の御業を彷彿とさせるような奇跡の光景に、何人かは、明らかに恐れ慄いている雰囲気すらある。

「ミリアを喪うかもしれない恐怖と、神への深い信心が、私に奇跡を授けて下さったようです」

 アインは、顔に貼り付けたような微笑と共に町民達に笑いかけた。

 実際には神どころか、神の天敵である悪魔に縋って得た力である。

 しかも、10万人もの人間の魂と引き換えに得た力だ。

 ◆

「ここにミリアなる女はいるか!」
「庇うと碌なことはないぞ!」

 ミリアの穏やかな寝顔を見て、幾分か明るくなった町民達の耳に、治療院の扉を乱暴に叩く音と、汚いダミ声が聞こえてきた。

(どうやら最初の生贄が、自らやってきたようですね)

 アインは、町民達の陰で笑みを深くした。

「おい!ここには怪我人がいるんだぞ!?」

 正義感の強い町民の1人が、教会関係者アインの代わりに玄関に出てくれたらしい。

「それがどうした!犯罪者を匿うなら共犯と見做し牢屋にぶち込むぞ!」

 無理矢理治療院に入ってきた集団を見ると、たまに町で見かける衛兵達だった。

 ただし、勤務態度は不真面目で、賄賂次第で犯罪を見逃す、評判の悪い連中だった。

「兵士様。今日は、これから大事な儀式がございます。今日はどうかお引き取り下さい」

「ん?お前は誰だ?」

 アインは、視界をふさぐように、隊長格と思われる男の前に立ち塞がった。
 
 そして、その醜い下卑た笑みを見て、アインは悟った。

 どうやら、例のゴダスとやらは、ミリアにあれ程の仕打ちをしただけではもの足りないらしい。

 これ以上、ミリアに何をするつもりか知らないが、相手はミリアが死にかけている(もしくは既に死んでいる)と思っているはずだ。

 アインとしては、まだ、元通りに回復したミリアを見せるわけにはいかなかった。

「この教会で見習いをしている、アインと申します。今日はここで死人が出ました。これから、敬虔なる信徒を神の御許へ返す用意をしなければなりません。兵士様も、神の御前で無為に騒がられるのは、本意ではないでしょう」

「さっきの怪我人と言うのは?」

「その怪我人--彼女なら、たった今息を引き取り、神の御許へと旅立たれました。重ねてお願いしますが、今日はこれでお引き取り下さい」

 そう言うと、アインは男に小さな袋を手渡した。

「そうか、死んだか……なら良し。お前は物の道理がわかっているな。今日は大人しく帰ってやろう。だが、女の死体は、後日犯罪者として広場に晒すので、勝手に埋葬などするんじゃない!わかったな!」

「そんな!?」
「横暴だ!!」

 町民達が衛兵の発言に憤りの声をぶつけるが、彼らは全く意に返さず、アインの渡した金の袋を持って機嫌良く帰って行った。

「アイン、何であんなやつらに金を渡したんだ!?」

「どうせ彼らは、そのゴダスとやらの飼い犬でしょう。犬は、金(エサ)さえ渡せばとりあえず、言う事をききますから。……しかし、今の口ぶりでは、ミリアが実際に生きていようが死んでいようが、死体・・として晒し者にするつもりのようです。今のうちにミリアを別の場所に隠すしかないでしょう」

「しかし、ミリアが見つからなければすぐにバレてしまうぞ?お前はどうするんだ?」

「私もどこかに隠れようと思います」

「そうか……なら、俺の家に来ればいい。空き部屋ならあるから心配するな」

「いえ……皆さんに迷惑をかけるわけにはいきません。それに、ここでやらなければならない事があるのです」

 肉屋の主人が、快くアイン達を匿うと申し出てくれたが、アインには断らなければならない理由があった。


 ◆

 その日の夜。

 心配する町民達を追い返し、アインは教会の礼拝堂に立っていた。

 暗い教会の中、結局何もしてくれなかった偶像の神がアインを見下しており、アインは生まれて初めて神の姿に嫌悪感を覚えた。

 この日、結局教会の神父は帰って来なかった。
 今回の件に、あの欲深い神父が関わっていないわけがない。
 帰ってこないのは逃げたか、ミリア勧誘(拉致)の失敗の責任を取って始末されたかどちらかだろうと、アインはのんびり考えていた。

 ただ、どうせなら逃げてくれていればいい。
 そうすれば、新たないけにえがまた1つ増えるからだ。

「さて、急がなければなりませんね……【等価交換】」

 寿命を犠牲に回復魔法を向上できたことから、他の能力についても底上げできると踏んでいた。

 召喚魔法 1/10
 寿命 15/55
 ↓
 召喚魔法 5/10
 寿命 15/46

 アインの予想通り、【回復魔法】と同様に【召喚魔法】も寿命を消費することでレベルを底上げできるらしい。

 アインとしては、寿命を使い切っても構わないつもりでいたが、他に上げたい能力が出た場合に備え、とりあえず9年分の寿命を消費することで、【召喚魔法】を5/10程度まで引き上げる形とした。

「召喚魔法も、このレベルに至れば紙が不要なのですね。【召喚】【召喚】【召喚】……」

 アインの魔法と共に、地面に赤い魔法陣が次から次へと浮かび上がっていく。

 昼間にミリアの治療のため大量の魔力を消費したが、夜までの間に大分回復していた。

 アインの人並外れて大きな魔力を使用しても、【召喚魔法】のレベルがそこまで高くないためか、強い魔物は喚び出せなかったが、相応の数を揃えることができた。

 どうやら、更なる上位の存在を喚び出すためには、召喚魔法の練度や魔力以外に条件があると、アインは感じていた。

・スライム × 10
・スケルトン × 10
・ゴースト × 10

 スライムとは、半透明の液状生物で、強力な溶解能力を持つ。体は脆いが、森や洞窟など、見通しが悪い場所での奇襲が得意で、集団になれば生半可な生物なら瞬く間に骨も残さず消すことができる。

 スケルトンは、放置された白骨死体に、現生に未練を残した霊が取り憑いたものと言われている。そのためか、生者に強い執着を持っており、生きた人間を見ると、なりふり構わず食らいついてくる。

 ゴーストは、そのスケルトンに取り憑く前の霊体そのものである。物理的な攻撃能力は有していないが、魔力に適正が無ければ、倒すどころかその姿を捉えることもできず、ある意味では最も厄介な存在である。

 と、物の見事に邪悪なカラーが出揃う形となった。

 アインは悪魔と契約した時点で、最早自分は聖職者では無いと認識していたため、もはや教義で「悪」とされる魔物を用いることに何の忌避感もない。

 ただし、神父見習いと言う立場は非常に便利なので、引き続き教会に居座り続けるつもりではあった。

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