自称『整備士』の異世界生活

九九 零

69




ヤマモトが動き出そうとする。今度は姿を消す技ーー縮地を使う技ではなく、体内のマナを右手に持つ剣先に集中させている。

「『エアーボム!』」

剣を杖と仮定して魔法を使用しているのか。だが、詠唱がないな。

その点は少し驚いた。

普通は専用の杖を用いて長々とした詠唱をすると魔法が発現する。と、父ちゃんに教わった。

であれば、だ。目の前のヤマモトは普通ではない、という事になる。
おそらく、これまでの剣技は付け焼き刃みたいなもので、こちらが本命だと考えてもいいはずだ。

『これは、詠唱破棄ぃぃ!?詠唱をしないから威力が半減!しかぁしっ!!会得が困難な高等な技だぁぁ!対するエルは動かない!いや!動けない!驚いて身を固めてしまったかぁ!?』

これは詠唱破棄と言うのか。確かに、言葉の通り詠唱をしない。だが、威力が弱くなるのは納得しがたいな。
マリンやアック。それに、フィーネとかも、詠唱してもしなくても、同程度の威力がある魔法を放てる。高等でもなんでもない、鮮明に発現させたい魔法をイメージできれば誰でも使える魔法使用方法だ。

ヤマモトが使用したのはエアーボム。それは空気を圧縮した球を前方に射出する魔法だ。対象物に当たれば圧縮されていた空気が一気に解放され、マナ爆発に似た爆発を起こす。
父ちゃんも使える魔法だ。っと言うか、建物の解体の時に使っていた。

ヤマモトが使用したのは、直径で30cmぐらいの空気の塊。目視で実態は確認はできないが、マナを感じる事はできる。

エアーボムに込められたマナ量はそこまで大きくなく、当たったとしても軽く宙を浮く程度で済むだろう。

だとすれば、これは囮で本命は別にあると考えた方が良さそうだ。

その本命だが…予測が付かない。ヤマモトが動く気配はない。次弾を用意している素振りもない。
まだ魔法を打った後の姿勢のまま硬直している。いや、違う。ヤマモトは次の魔法を発動させようとしている。

俺が思考速度を高速化させすぎたから遅く見えただけだ。

さて、若干思考が逸れた。本題に戻ろう。おそらく1秒後に俺の元に到達するであろうエアーボムをどうするか。
切ると爆発する。当たると爆発する。なら、避けるしかないと?

いいや、それは違う。避けなくても問題はない。

「停止しろ」

そう。たった一言発するだけで、エアーボムは俺の眼前で停止する。

『と、と、ととと、止まったぁぁ!?』

これは相手の魔法に込められた指示を上書きする、ちょっとした小技だ。相手の支配下から離れた魔法構築式を読み解き、逆算し、そのマナの波長に合わせたマナを込めた声で指示を出せば良いだけ。
少し思考速度を上げれば誰だって出来る簡単なものだ。

相手が魔法名や呪文を口に出すほどそれは簡単で、その魔法について詳しければ詳しいほど容易に行える。

「進行方向を変更し、再発進」

『どうなってるぅぅ!?魔法が反対方向に飛ぶ!飛ぶぅぅ!どんな魔法を使…いえ!エルは魔法が使えません!一体、何をしたのかわかりません!!』

まったく…喧しい。

見れば分かるだろ。"上書き"と言う名の魔法の乗っ取りだ。
これぐらいフィーネでも出来るぞ。

「ーーチッ!」

ヤマモトは準備していた次弾の魔法発動を諦めて帰ってきた魔法を難なく回避し、剣先を俺に向けて口を動かす。

「『エアインパクト』『エアスラッシュ』」

衝撃波と鎌鼬カマイタチか。エアインパクトで砂を巻き上げ、次弾の鎌鼬に混ぜて威力を底上げしているんだろう。

だが、先程の事で学ばなかったのか?

「反転」

放たれたエアスラッシュの向きを変更。俺の頭上を掠めつつ空中でUターンをし、ヤマモト目掛けて飛んで行く。

これも舌打ち一つするも難なく回避するヤマモト。

『またもや魔法がひとりでに!こんなの見た事ありませんっ!急遽!解説を募集しますっ!!誰か分かる方がいらっしゃいましたら放送席までお願いしますっ!』

さっきので全てを出し切ってしまったのか、ヤマモトは俺を警戒するように守りの体制に入った。

もしかするとまだ奥の手を隠しているかもしれない。しかし、今までの応戦で大まかな力量は把握した。俺が負ける要素は一つも存在しない。

『ここで!ご紹介します!解説に来てくれました!ヘリーナ先生です!』

『この学院で魔法魔術専門の教師を務めているヘリーナです。それで、さっきの反魔法の事ですね?』

『はい!やっぱり、先生はすぐに分かったんですか?』

この戦いから学ぶ事もなさそうだし、これ以上続けても俺に意味はない。…そろそろ終わりにするか。

『いえ。ちょっと信じられないと言うか、目を疑ったと言うか…』

『どう言う事でしょう?』

動きに疎外の出る大剣を捨て、構えを取る。右足を少し曲げて前に。左足を後ろに。肩幅程度に開けてつつ、軽く前屈みになるよう。右腕を曲げて膝と膝を近付ける。

まるで走り出す前のポーズだ。特に意味はない。ただ素早く走るつもりだからそうしただけだ。

ヤマモトは未だに守りの構え。問題ない。隙を探す必要もない。

『理論上は可能ですが、普通に考えて不可能な事なんです。例えば、その辺りに落ちてる石を魔法で形を変えるように、彼は魔法のあるべき姿の意味を変えてしまったのです』

だが、いざ動き出そうとして、踏み止まる。
相手は魔物や盗賊ではない。殺してはならないんだ。だから、どう対処するか今再び考える。

『…はい?』

『要するに、魔法を乗っ取ったのです』

『はい!?』

『驚いてる暇はありませんよ。ほら、彼が動き出します』

『っ!?』

考えは纏まった。だから、再び動く。ヤマモトが使っていた技も使わせてもらおう。

縮地でヤマモトの懐に潜り込む。刹那、反射的なのだろう。意識が向いてないにも関わらず反応して潰れた刃を向けてくる。が、その行動は既に予測している。

もし相手が後退しながら剣を振るって来ていれば避ける動作が必要になっただろうが、そんな事はなかった。
構えたまま、その場で剣を振るった。

だから簡単だった。

更に一歩。大きく踏み込み、剣を持つヤマモトの右手を掴む。そして、体の向きを反転。大きく捻り、ヤマモトの手を無理矢理に上段へ引っ張りーー反対へと振り下ろす。

要は、力尽くの投げ技だ。

そのまま手にしたヤマモトの右手を捻ってうつ伏せにさせ、背中を足で押さえつつ、より捻る。本来なら曲がらない方向へと。

そうすると必然的に…。

「いたっ!いたたたたたたっ!!」

骨が折れる前に相手は根を上げる。人であるが故の弱点だ。
中には軟体生物並みに身体が柔らかい人や、関節を外せる人もいるだろうが、ヤマモトの戦い方からしてそれはないだろう。

確信ではないが、予測だ。

「降参しろ」

「わ、わかった!降参!降参する!!」

俺の勝ちだ。

子供の相手と言うのは思いの外、簡単であり、難しいものだ。

大人相手や魔物などとは違う。どれぐらいの力で対応すればいいのか分からない。言ってしまえば、弱すぎるんだ。

しかし、これで戦闘は終わりだ。これで入学はできるだろう。


○○○


舞台から退出し、控え室の前を素通り。そのまま会場外へ向かおうと思って足を進める。

小腹が減っているので外の屋台を回るつもりだ。
マリンやアック達の分も買ってこよう。

そう思って歩いていると、誰かを待つように廊下の壁に背を預けていたヤマモトが視界に映った。

「強いのね」

通り過ぎる間際に一言。皮肉染みた物言いだが、余り気にはならない。

「弱者には興味ないって顔ね。まるで自分が一番強いみたいに思ってるみたい」

そんな顔してるか?

「そんなことはない」

「いまさら謙遜?私との戦いで本気を出さなかったのに?」

何が言いたいんだ?

そう思って足を止めて振り返る。と、なぜか険しい眼差しを向けてくるヤマモトと目があった。

「私の剣撃をいとも簡単に凌ぎ、奥の手の魔法まで訳の分からない方法で跳ね返し、最後には柔術まで…」

俺に負けたのがかなり悔しかったのだろう。拳を強く握りしめて、怒りを抑えるように歯を食いしばっている。

「教えて。誰に教わったの?」

誰?そんなの一人しかいないだろ。

「桐乃絵だ」

「キリノエ…それが貴方の師匠の名前?」

師匠?アイツがか?それはない。確かに桐乃絵の使う技は見て覚えたりもしてるが、子弟関係になった覚えはない。
桐乃絵は俺の友であり、同郷のよしみでもあり、模擬戦相手である。一言で例えるなら…。

「友…か?」

「は、ははは…。あなたも、あなたのそのお友達も、とんだ化物ね…」

唐突にヤマモトが乾いた笑いを溢し始めた。

どこかに笑う要素があったのだろうか?俺には理解ができない。
まぁいい。ヤマモトは笑うのに忙しそうだし、放っておいて外の屋台でも巡ろう。

ワッ!と会場が盛り上がり、爆音一つで静まり返るのをBGMにしながら俺はその場を後にした。


○○○


「にぃにっ!これ美味しい!」

「ああ」

「兄ぃちゃん…あの魔法…弱い?」

「ああ」

会場に戻ってマリンやアックと楽しく談笑しつつ、屋台で買ってきた焼き串などを頬張る。

時刻は夕刻。今、目の前で準決勝の戦闘が終了し、負けた者は大急ぎのタンカで運ばれ、勝った者は余裕の表情で四方を囲う壁を飛び越えて観客席ーーに、いる俺達の元にやってきた。

「勝ったわよ!」

ドヤっ!と全身で体現するフィーネだ。

「そうか」

相手はフィーネの放った魔法一発で瀕死になって運ばれて行ってしまった。

フィーネが俺の手から食べかけの焼き串を奪い取って食べてしまう。これまで勝ち続けだったから天狗になってしまっているのだろう。

しかし…そうなるのも仕方がないのかもしれない。

なにせ、この闘技大会が子供のお遊びかと問いたくなるほどレベルが低いから。
その戦闘から得るモノは何もなく、退屈で仕方がない。

俺がここにいるのはマリンとアックが模擬戦を観たいと言うから付き合っているだけだ。それがなければ、今頃は二人を連れて屋台巡りをしている。

「何よっ!もう少し喜んでくれたっていいじゃない!」

プンスカと怒りを体現しながら、またもや俺の手元から新たに取り出したばかりの焼き串を掻っ攫ってゆくフィーネ。

「ごめんね?フィーネちゃん。でも、私は決勝もフィーネちゃんが勝つって信じて応援してるわ」

頑張ってねっ。とフィーネにエールを送る母ちゃん。

「勿論よ!決勝も私が勝つわ!エル!見てなさい!決勝が終わった後はエルよ!今度こそエルに勝ってやるわっ!」

「そうか。頑張れ」

今度は俺が持ってた焼き串が挟まれた葉を丸ごと掻っ攫って、その内の一つを手に取ってパクリと食べ、呑み込んでからヤル気満々で言う。

「頑張るわ!」

まぁ、フィーネは次の相手に天狗の鼻をへし折られるだろうと予測してるがな。


○○○


翌日。

決勝戦は今日の午前に行われている。俺は興味がないので観に行っていない。結果も予想は付いてるしな。しかし、残念な事にマリンとアックは俺ではなく、母ちゃんを引き連れて行ってしまったが…。

まぁいい。

俺は一人楽しく屋台巡りでもしよう。まだ食べてない物が沢山あるんだ。

ここから見える第一闘技場では開始早々に騒がしい歓声と戦闘音が鳴り響いている。随分と白熱しているようだ。

それはさておきーー。

「あっ…」

「ん?」

屋台でスープを買い終えて次の屋台へ向かおうとすると、ヤマモトと出会った。

こんな人混みの中でバッタリと出会すなんて凄い偶然だ。
ヤマモトは俺と出会うや否や、気不味そうに視線を地面に向けた。が、すぐに俺と目を合わせる。

「奇遇ね」

「ああ」

本当にそうだな。それじゃあバイバイだ。俺は次の屋台に向かうとしよう。
そう思って歩き出そうとすると、それを遮るようにヤマモトが一歩踏み出して声を発した。

「ねぇ。昨日の事なんだけど、あなた、まだ何か隠してるわよね?」

隠す?隠すも何も、ヤマモトに全てを見せたわけでも、全てを話した覚えもないんだが?

「それがどうした?」

俺が図星を突かれて動揺すると思ったか?
平然と答えてやるとヤマモトは視線を漂わせ、なぜかヤマモトが動揺を露わにした。

「……教えろとは言わないわ…。でも、聴いて。自慢じゃないけど、私はオーガだって劣等竜だって倒したこともある。そんな私が全力を出しても足元に及ばなかった…。だから、一晩考えたの。あなた…いいえ。エル!もう一度、私とーー」

「断る」

この流れは戦闘をしてくれって流れだろう。バカバカしい。先頭については俺の役目ではない。そう言うのは全てメカニックの役割だ。

いや、そもそも島の連中に勝てるかどうかも怪しいヤマモトでは相手にもならない。
俺の全力を引き出させる?それならせめてドラゴンを連れてこい。三体を同時に相手するなら俺も苦労する。

あぁ、それはメカニックの話か。いや、メカニックは…違う?あれ?スライムの方だったか?それとも擬似精霊化?
どれがドラゴン三体を相手に…いや、そもそもドラゴンはどこから湧いた?なぜドラゴンを例えに挙げた?
ゴブリン相手でも…いや、アレは実験生物だ。であれば…なぜ例えを考えている?

多数の思考回路を直列に繋げたせいで思考がおかしくなってるな。

やはり並列に整えた方がいいか?だが、アレは負担が多い…。
仕方ない。一度リセットしよう。

「どうしたの?」

「ふむ…なんの話だったか?」

「だ、だから、私ともう一度戦って欲しいの!」

「断る」

「んなっ!?どうして2度も言わせた!?私をバカにして嘲笑ってるのかっ!?」

2度も言わせたのか…?

随分と険しい瞳だ。まるで今にも切り掛かってきそうなほど。
まぁいい。そんなのは些細な話だ。

「なぜ再戦を望む。それに何ら意味などありはしない」

「ある!」

ある…のか?

「次こそは全身全霊を掛けて戦うわ!私の全てを出し切る!だから、あなたもーーっ!?」

全力を出せと?冗談は程々にしておかないと命取りになるぞ?

そう教えてやるように、一歩でヤマモトの懐に踏み込み、右手でヤマモトの腰に携えられた刀の柄頭を押さえ、左手の人差し指と中指でヤマモトの双眼を指差す。

「お前は弱すぎる」

両手を下ろしてやると、ヤマモトは腰が抜けたように地面に膝を着いた。

「先に言っておく。戦闘は俺の役割ではない。だが、俺と戦いたいというなら…そうだな。先にフィーネに勝つ事だ」

フィーネもまだまだ発展途上だが、俺の未熟な教えだけで島の連中と同等に並ぶほど実力を付けてる天才だ。
島の連中は俺の教えと自分達の考えと研究や実験で得た知識を得て強くなる。それに肩を並べるのは相当な努力をしている証拠。

そんなフィーネに勝てたなら、一戦ぐらいはしよう。まぁ、フィーネはこれからもっと伸びるがな。
フィーネは今回の模擬戦で負ける。それはフィーネのヤル気に更に火を付ける事と同義。更に更にフィーネは上へと向かう。それをヤマモトが追い付けるかどうか…まぁ、無理だろうが、それなりの努力はしてみるんだな。

「話は以上だ」

「待て!いや、待って欲しい!そのフィーネと言うのは…誰なんだ?」

あぁ、知らないのも無理はないか。面識なんてない…いや、闘技場にいたなら観てるはず…観てないのか?まぁいい。

「観に行けば判る」

その目で観れば分かるだろう。現段階のフィーネの実力がな。






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