自称『整備士』の異世界生活

九九 零

68


翌日。

「ない」

試験の結果が発表されたが、俺の持っている木札と同じ番号の物はなかった。

残念だ。

試験は上手くやれたと思っていたんだけど、そうではなかったみたいだ。

まぁいい。

学院に入ろうと思ったのは、先人の考えた知識を得る一番楽な方法だと思ったからだ。それが無理なら、そう言うのに詳しい人や少し触れた程度の人に聞けばいい。
あとは自己解釈でなんとかなる。いや、してみせればいい。

「あった!ねぇ!エル!あった!あったわ!」

どうやらフィーネは試験に合格したようで、嬉しさのあまり小躍りしている。

「そうか。良かったな」

「ねぇ、エルは?私はSクラスだったわ!エルのクラスは?」

「ない」

「ない?」

「ああ、ない」

「………?」

何を言ってるんだ?みたいな顔をするな。

「ちょっとそれ貸して」

木札を渡してやると、難しい顔をして掲示板と睨めっこをし始めるフィーネ。そして…。

「ない…」

絶望したような顔をして振り返った。

どうしてフィーネがそんな顔をするのか判らないけれど、書かれてないものは仕方がない。これが事実であり、何事も諦めは肝心だ。

俺は書かれてない事を知って、潔く諦めている。不合格だった事も何か理由があっての事だ。誰が悪いわけでもないはずだ。

「おーい!エル!エルはどこだ!?まだ残ってるなら返事してくれ!!大切な話があるんだ!!」

この声はラミラか?
何の用なんだ?

「こっちよ!ここにいるわ!」

そして、どうしてフィーネが反応して手を振っているんだ?

「エル!ラミラさんが呼んでるわ!行こ!」

俺の手を引いて人混みを掻き分け、ラミラの元へと向かうフィーネ。
そこに辿り着くと、ラミラ、サルダン、アルサの三人が揃って困ったような顔をしていた。

「ほら、アルサ」

ラミラに背を押されて一歩前に出るアルサ。引き笑いを浮かべて頬をかく。

「えーっと…エル君。良い話と悪い話があるんだけど、どっちから聞きたい?」

なんだそれ。取り敢えず聞いてみるか。

「良い話」

「良い話。うん、良い話ね。エル君。ついさっき学院長と話し合ったんだけどね、これから行われる闘技大会に参加してエル君が一勝でもできたら学院に入学できるんだって」

そうか。それで、どうした?
別に無理をしてまで入学したいとは思ってないから、別にどうでも良い話だが、まだ続きがあるんだろ?

「それで、悪い話の方なんだけどね、ごめん!実は、その提案を受けちゃったんだ。勿論、エル君が闘技大会を頑なに拒んでいたのは知ってるし、何か理由があったからなんだろうけど…」

「すまねぇ…。クソ野郎の挑発に腹が立ってしまってよ…つい…」

今の今まで黙り込んでいたサルダンが口を開けば言い訳を口にし、ゆっくりと頭を下げて言う。

「本当にすまないっ!」

「………」

暫くサルダンの脳天を見つめていたが、このままではサルダンは頭を上げないし、何も始まらないだろう。

納得はしたくないが、誰にだってミスはあるし、人である限り感情もあるんだ。些細な事で怒ってしまったサルダンだが、こうして頭を下げて謝罪していると言う事は、自分の責を認めているはず。

仕方ないから、許す。

「ルールを説明しろ」

ゆっくりとサルダンが俺の顔色を伺うように顔をあげるのが視界端に映るが、俺はアルサを視界中央に収めたままにする。

説明はサルダンよりもアルサの方が上手いだろうと考えてだ。
アルサは少し戸惑った素振りでチラリとサルダンに視線を向けたが、すぐに俺に向き直って返答する。

「あっ、えっと…武器は学院が用意したものを使い、個人の武器の持ち込みは禁止。魔法の使用は相手が死なない程度であれば使用可能で、相手が戦闘不能状態。または、降参か審判が止めた時点で試合は終了だね」

「ふむ。場所と時刻は?」

「場所は第一闘技場で、三つ目の鐘が鳴るまでに集合らしいよ」

「わかった」

要するに、第一闘技場とやらに朝の9時までに到着すればいいんだな。
で、第一闘技場ってどこだ?

どこかに地図か何か…あっ、あったな。地図の描かれた看板があちこちに。それを参考にして向かえば良いか。

さて、帰ろう。

「お、怒らねぇのか…?」

「ああ」

サルダンの声に振り向く事なく、彼等に背を向けて歩き出す。

どうしてこんなに急いでるのかと聞かれれば、アーティファクトってのが気になってる。と言うのが理由だ。

カナードの部下に当たるダートに入学試験で使用された魔力測定のアーティファクトを要求したが、残念な事に貸し出しはできないらしく自分で手に入れなければならないらしい。

しかし、入手可能な場所の情報は既に入手済み。あとは取りに行くだけだ。

「ねぇ、もう宿に帰るの?少し学院を見てまわらないの?」

「やる事がある」

「そう…。じゃあ、私一人で見て回ろうかなぁ〜?」

横目で俺を見てる暇があるなら、さっさと勝手に行ってこい。


○○○


渋々。本当に渋々だが、俺は新入生闘技大会に参加する事になってしまった。

そして、その第一試合目が俺の出番で、教師から簡単にルールの説明を受けて待機室で待たさせられている。

って言うのが、今の俺の現状だ。

相手の名前も素性も何も知らされていない。勿論、相手の強さも知らない。故に、色々と慎重にならなければならない。

教師は待機室を出る間際に『武器を選んでおくように』と言い残して出て行った。

そして、俺の目の前には武器が並んでいる。刃を潰した多種多様な鉄製の武器。当たれば怪我で済む程度のもの。

剣であったり、斧であったり、槍であったり、弓矢であったり…種類は武器屋並みに豊富だ。
しかし、俺は戦闘時に武器を選んだりはしない。どんな状況が訪れるか判らないからこそ、俺はどんな武器でも使えるように備えている。

だが…しかし…と色々と考えていると、外が騒がしくなり始めた。

『紳士淑女の皆々様!そして、新入生の皆さんとその親御さん!大変お待たせ致しました!!これより、毎年恒例の選ばれた新入生同士による闘技大会を開始いたします!!』

拡声器のような物でも使っているのか、会場全体に活気のある女性の声が響き渡ると一斉に歓声が地鳴りのように響く。

大きい声だ。大きい…。よし、決めた。一番大きいコイツにしよう。

『長ったらしい前置きはここまで!時間が惜しいので、さっさと一試合目の選び抜かれた選手を紹介しましょう!』

その武器を手に取ったタイミングで見計ったかのように待機室に教師が入ってきた。

「武器は選んだ…ようだな。もうすぐ出番だから付いてこい」

待機室を出て、長い廊下に出る。

『東方の剣術を受け継ぎ、その道一筋!まだ修行の身と語るが、試験官を威圧のみで気絶させて戦闘にすらならなかった!その実力は計り知れない!!ホノカァァ!ヤマモトォォ!!」

歓声が鳴り響く。

「おっと。まだだ。名前が呼ばれてから出るんだ。いいな?」

「ああ」

闘技場入口で教師に止められた。

『対するはぁぁっ!魔力適正なし!魔法も使えない!ないない尽しの無能者だ!しかぁぁぁし!無能者だからと甘く見てはいけないっ!試験官を一撃で倒し、その試験官から強い推薦を受けた!!その名は、エルゥゥゥ!!』

名前呼ばれたな。出ていいんだよな?出ていいんだよな…?

チラリと振り返って教師を見やると、深く頷いて手をヒラヒラとさせ、言外に「早く行け」と言ってきた。
行ってもいいと言う事と捉えてもいいだろう。そう考え、闘技場に一歩踏み出す。

静かだ。とても、静かだ。

「にぃにぃ!がんばれーーー!」
「にぃちゃん!がんばって…っ!」

背後から心地の良い応援の声が投げかけられた。軽く振り返って視界端で確認してみると、真ん中付近にアックとマリン。それから、母ちゃんとフィーネとフィーネの母ちゃんがいた。

再び顔を背けて、でも、手は振り返しておく。

何百。何千の声援よりも、こっちの方が俺にとって何万の声援よりも効果がある。

(兄ちゃん、頑張るぞ)

と、心の中で可愛い可愛い二人に応援の返事を返しつつ、審判が指定する位置まで歩いて向かう。

『第一試合!ホノカ・ヤマモト対エル!!ここでルールの簡単な説明です!相手に降参と言わせるか、あるいは戦闘不能になった時点で試合は終了となります!戦闘時に負った傷は、重症でない限りは待機している学院随一の回復魔法師が治してくれます!でも、もし、相手を殺してしまいかねない攻撃がされた場合っ!待機している教師陣が全力で止めに入りますっ!!なので、心配はいりません!全力で戦っちゃって下さいっ!!』

実況の声を聴きながら先に相手を観察しておく。

相手…ホノカ・ヤマモトは長く艶やかな黒髪の少女だ。身長は160cmぐらいだろうか。俺よりも少し高い。凛とした立ち居振る舞いで、重心に偏りはなく、直立してるだけで綺麗だと思える。
双眼は焦げ茶色。その奥に見えるマナは風に巻き上げられる水のような…竜巻のように見える。
服装は着物に袴。まるで、時代劇に感化されてコスプレしている子供のような格好で、そこに籠手などを装備しており、武器は片刃の湾曲した剣。確か湾剣だったか…?

世界観がバラバラで俺からすればチグハグな格好に見える。

ところで、ホノカ・ヤマモトって名前は日本人みたいな名前だ。って事は、ホノカが名前で、苗字がヤマモトか?

実況が終わると共に、審判が片手を高々と挙げる。

「これより第一試合を開始します!両者、構え!」

ヤマモトが腰の帯に納めている鞘を片手で押さえ、右手を柄に添え、腰を落として地面を踏ん張るように構えた。

これは桐乃絵から教わったことがある。居合の構えだ。

目にも止まらない速さで抜剣し、攻撃範囲内にいる敵を刹那の内に斬る。そう言う技だ。

『おおっと!エルは構えないっ!これはホノカ・ヤマモトを挑発しているのかっ!?』

違う。これが構えている状態だ。

そんな事を言うから、ヤマモトの眼差しが険しくなったじゃないか。

俺はいつも通りポケットに手を突っ込んで立っている。これが俺の中では最も最適な構えだ。
ポケットはイベントリと接続している。故に、これが最も最適かつ適応力の大きな構えとなる。

だが…今回は武器の持ち込みが禁止されていたな。イベントリからの武器の取り出しは出来ないルールだった。

仕方ない。俺も構えるとしよう。

背中から俺の身長と同程度の大きさの大剣を抜き放ち、剣先を地面スレスレにするようにして構える。
この大剣は見た目だけで、実質そんなに重くはない。だから、片手で軽々と持ててしまう。

足は直立してた時から動かさない。動かしてしまえば、次の動作の範囲を絞ってしまうからだ。
どんな状況下でも動けるよう備える為、剣を抜くだけで終える。

審判が俺を見て困ったような顔をして溜息を吐きつつ、ゆっくりと挙げた片手を下ろす。

「始め!!」

開始の声が挙がる。刹那。ヤマモトの姿がかき消え、眼前に出現した。
構えはそのままだ。っと言う事は居合が来る。

慌てず、焦らず、大剣を盾にするよう構えを変える。

「ーーシッ!」

二撃の衝撃が剣を伝って腕に伝わってきた。

再びヤマモトの姿がかき消え、背後から風の音が鳴る。

なるほど。理解した。

剣の構えをそのままにして体を仰け反らせつつ両足を地面から離し、その場で反転。

「ーーシッ!」

地面を頭上にする形にする事で、背後からの奇襲を防ぐ。が、足が地に付いていない為、踏ん張る事ができずに吹き飛ばされる。

しかし、問題はない。吹き飛ばされつつ体制を立て直し、ヤマモトの次の一手に備える。

おそらく…。と次の予想を立てた途端にヤマモトの姿は掻き消える。

その一手の遅さから察して憶測を纏めると、おそらく俺の着地点で構えているだろう。

なので、次の居合をーー叩き潰す。

宙で体制を立て直しつつ、吹き飛ばされた勢いを利用しての振り下ろしだ。

「ーーっ!?」

俺の予想は殆ど的中し、ヤマモトの振るった剣を大剣で殴る事には成功した。だが、それだけだった。

剣を折るつもりだったが、そう上手くはいなかった。俺が攻撃に移る瞬間を見たヤマモトは咄嗟に剣の軌道を変えたのだ。
おかげで、ヤマモトを弾き飛ばすだけしかできず、俺は大剣を地面に強く打ち付けてしまった。

上手くいかないものだ。

刀身の半分程が地面に埋まる。地面が砂だから折れる心配はないだろうが、これが真剣であれば刃毀れの要因になってしまうだろう。
これではダメだ。地面に当たるまでに寸止めできるぐらいにはならないといけない。まだまだ改善しなければならない。

弾き飛ばしたヤマモトが空中で回転して体制を立て直し、上手く着地し、すぐに構えを取る。

今度は抜刀したままだ。そして、その構えを見るに、次に来る攻撃は…《斬波》と呼ばれる武技だろう。

「武技!《斬波スラッシュ》っ!!はああああっ!!」

予測通りだ。これは中距離攻撃であり、剣を振った軌跡に沿うように剣撃が飛んでくる武技だ。
これには弱点があり、一つは真っ直ぐにしか飛ばない。もう一つは、斬波で飛ばした剣撃は距離が開くほど威力が落ちる。

わざわざ避けるのも手間なので、その場から二歩背後に跳んで大剣の腹で攻撃を受ける。
石でも弾いたかのような感覚が腕に伝わってくる。

『凄い!凄いぞ!開始早々からなんだ!この連撃は!!舐めて掛かっていたエルは防戦一方だぁぁぁ!!』

斬波の連撃を受けていると、実況が声を上げ始めた。
まるで俺が負けているような言い方だ。しかし、それは違う。

それはヤマモトを見れば一目瞭然だ。

斬波の攻撃が俺に通用しないと悟って攻撃の手を止めると、一瞬だけ恨めしそうに実況者を横目で睨み付けた。
その心情を察するに、俺に一発も有効打が当たらずに歯噛みしているんだろう。

しかし、それも仕方のない事だ。

ヤマモトの戦い方は速度重視だ。開始からずっと防御主体で闘い続けている俺と違って、現時点で体力の消耗は俺よりもヤマモトの方が多いだろう。
このまま続けると、先にヤマモトが体力切れでリタイアするのは目に見えている。

それに、力の差。経験の差。その他諸々の差がヤマモトと俺とでは大きすぎる。
ここまで戦って理解した。現時点でヤマモトが俺を打ち破る事は不可能だ。




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